第5話 リバイバー



「・・・えー・・・」


僕は小さなため息を漏らした。

うん、小さい子だけど火精霊が居る。


ゆっくりとグラスをテーブルに置きながら。

唐突な爆発にパニックになったお客さん達の叫び声を聴きつつ、爆発音がしたほうに意識を向けて拾った火精霊の独特な気配。

火の魔法が発動されたことを確信する。

それにしても大迷惑。


こんな人が多い中で魔法を、しかも火魔法を使うなんて・・・困った魔法師も居るんだなぁ。


学校で習ったけど、実際に外に出てみると実感する。魔法師にも色んな奴が居るんだね。

ほんと迷惑。

後先考えず放たれた魔法、背後から迫り来る熱風に思わず半眼し、少しだけ零してしまった薬草茶に意識を向ける。


よし!いざという時のために先に水精霊に“お願い”しとこう。

と、悠長に思いながらゆっくり振り向いた僕が見たのは。


爆発の影響で飛び散った木の破片、驚き仰け反り逃げ出す人々、そして。



「退け!!」



煙の中からこちらに突進してくる、黒尽くめの男だった。


「え」


僕は避けることもできないままただ目を見開いた。

退けと言われて直ぐに退けれるほど、正直僕は運動神経が良くない。あまり。

だから結局僕はその男に


弾き飛ばされた。



「ぶっ!?」


「邪魔だっつっただろ馬鹿が!!」



結構な勢いで怒声と共に思い切り突き飛ばされ、ガンッという鈍い音と共に思わずしりもちをつく。

痛い。かなり痛い。

思い切り石の床に落ちたからか打ち付けたお尻の痛みに目に涙が滲む。


しかもなんだか「馬鹿」って罵声を浴びせられた気がするんだけど・・・!


ハッと我に返った時には男は変わらないスピードでテーブルや椅子を引っくり返し走り去っていた。

うう、なんて乱暴な奴なんだろう。

でも踏まれないだけよかった…。


そんなことを思ってしまうくらい、僕を突き飛ばした時の男の剣幕はすごかった。


「・・・え?」


瞬間、僕はあることに気づいて痛みも忘れ目を見開いた。しりもちをついたまま。


バッと、自分の服の胸元を見る。


握り締めた手の中にきらめくのは、赤い輝石が嵌められた五芳星のペンダント。

鮮やかに赤く閃く輝石の光に息を呑む。

紛れもないこの反応は、“彼”だ!


次の瞬間、僕の顔には思わず一気に笑みがこぼれた。


「・・・見つけた!!」


沸き起こる、喜び。

なんという幸運だろう!こんな至近距離は滅多に無いチャンスだ。

自然と動悸が速まり、僕はすぐさま駆け出したくなる。


「う!!」


咄嗟に声を張り上げ飛び上がりそうになったその時、改めてしりもちをついた痛みを思い出して・・・同時に今の状況も思い出した。

店が思い切り燃えている。


あ!お茶!!


ハッと我に返った僕が見たのは、さっき突き飛ばされた衝撃でバシャリと床に零れている薬草茶。

そして少し離れた場所で益々燃え上がる炎。

瞬く間にここまで熱気が広がってくる。

・・・あーもう!まずはこっちを何とかしないと!!


黒尽くめの男に飛ばされた衝撃で、手にしていたグラスの中の薬草茶は空っぽになってしまっていた。しっかり握っていたグラスが吹き飛んで割れなかったのがせめてもの救いだ。

でもしまった、まだ“お願い”する前なのに!


「ええっと他に水は・・・!」


地団太を踏みたくなるも迷っている暇は無い。

爆発音がした周辺はすっかり炎が大きくなり、喫茶店内に瞬く間に燃え広がっている。

火の魔法自体は始めは小さいものだったけど、回りに良く燃えるものがあったからかなかなかの勢いで燃え広がり続けてる。


突然のことに逃げ惑う人々の悲鳴や怒声、みんな机や椅子を蹴飛ばしながらパニックになって店の外へを出ようとする中で、僕はとにかく水を探して店内のテーブルに視線を走らせた。


火精霊の炎は強い。

早く何とかしないとどんどん燃え広がってこのままじゃ町全体が火の海だ。


その時視界の隅に、ちらりと黒尽くめの男がそのまま逃げ去ろうとする様子が見えた。


「あった!」


未だ無事なテーブルの上に、吹っ飛ばされず水が残っているグラスをなんとか発見。

その間にもたまたま通りに居た魔法師が数人、火を消そうと呪文を唱えているようだ。

でもきっとそれじゃ間に合わない。炎は次々他の店を巻き込んでしまうだろう。


僕も直ぐにそのグラスを手に取り中の水に意識を集中する。

水の精霊に向かって“お願い”をするために。


急いで急いで・・・!



「僕の名前はセン!


 お願い水精霊、今すぐあの火を消して!!」



燃え盛る炎の音の合間に響く僕の声。

瞬間。


ザアン!!


それとほぼ当時に、燃え上がる炎の頭上から滝のような大量の水が塊になって落ちてきた。

炎は一瞬で水に押しつぶされ、瞬く間に鎮火。

じゅわっというい盛大な音と共に上がる白い水蒸気。


「「……」」


店の外で、皆がぽかんと火のあった場所に釘付けになっている。

未だ呪文を唱える最中だった魔法師達も、誰も未だ、魔法を放つところまで行き着いていなかった。

僕以外は。


無事に消えて良かった・・・。


そんな周囲の戸惑いは置いといて、僕は大量の水蒸気を吐き出す目の前の真っ白な景色を見ながらふうと小さく安堵の溜息を漏らした。

・・・水精霊が来てくれて助かった。

あとでお礼言わなきゃ。


そんな、何が起きたのかまだ良く分からずに立ち尽くす人々の中で。

ただ一人…こちらを見ている男が居た。


あの、黒尽くめの男。


「・・・・・・」


男は通りに佇んだまま、じっとこちらを見ていた。

射るような濃く青い瞳。

そしてふと気づいた僕と目が合うなり。


盛大に、顔を顰めた。


「な・・・っ」


なに、その顔!!


いきなりそんな超絶嫌そうな顔を全面でされて、僕は思わず口をあんぐりと開けて絶句した。

だってだって!「げぇ」とでも言いたそうな顔だ。酷くない?

目が合うなりこんな嫌そうに顔を顰められれば驚きもするし絶句もしたくなる。


でもそんな悠長にして居られたのもつかの間。



「いたぞ!!


 リバイバー!!」


「!!」



瞬間、僕の胸元はまたぼうっと火がついたように熱を帯びる。


“リバイバー”


叫ばれた黒尽くめの男はすぐさま身を翻した。

その後を人混みの中から現れた二人の魔法師が追いかける。男を“リバイバー”と呼んだのはこの魔法師達。


「っ、待って!!」


瞬間、僕もまた弾かれたように駆け出していた。

“リバイバー”と呼ばれた黒尽くめの男。


間違いない、本人だ!!


やっと見つけた。

逃がすわけにはいかない。


僕の“目的”を。



「っシェリル!」



走りながら馴染みの風精霊の名を呼ぶ。

瞬間、僕の傍に寄り添うように淡い光が現れる。

ひゅっと耳元で鳴る風に感じる“気配”。


「お願い!

 僕をあの黒尽くめの男の元まで運んで!」


男を追って全力で走りながら、僕は隣を飛ぶ風精霊に“お願い”していた。


ゴオッ


直後ものすごい突風が一気に僕を包みこみ、体を前へ吹き飛ばした。

浮いた足の下で地面が物凄い速さで掻き消える。


「うわっ!?」


風精霊の風は人が走るよりも数段速かった。

まさに風のごとく瞬く間に横を通り過ぎた魔法師達の、驚きに満ちた悲鳴が後ろへと流れていく。

耳元で鳴る風の音、舞い上がる土ぼこり。


風に乗る僕の身体は裏通りを逃げる黒尽くめの男を物凄い速さで追いかけ、軽々と通りを突き進んでいく。

そんな中、突風に薄目を開けながら、僕はただただ黒尽くめの男の背中を見失わないよう必死だった。

一瞬のチャンスを逃すまいとぐっと両手に力を込める。


絶対絶対、捕まえるんだ!!


舞い踊る風の中で思い切り手を伸ばして、走る男に追い縋る。


「!?」


追いつくと同時に風が解かれる間際。

僕のかむしゃらに伸ばした手が男の腕をがっしりと掴んでいた。


やった!


「っ、おま・・・!?」


驚きに見開かれた青い瞳が僕を移す、瞬間。


ドオッ


僕は男の腕を掴んだまま、思い切り男に体当たりをかましていた。

もちろん逃がさないためにわざとだ。

あとちょっとだけ、さっき突き飛ばされたことへの仕返し!


ドンッと身体に走る衝撃と盛大に舞い上がる土ぼこり。


「ぐっ!?」

「っ、ごめん!

 でも貴方を逃がすわけにいかないんだ!」


勢いあまってうっかり男を潰しながらも、僕は必死で叫ぶ。

何が何でも、絶対に彼を逃がしたくなかったから。決して離すまいと、渾身の力を込めてぐっと彼の闇色のローブを握り締める。


とにかくこれだけは言わないと!



「リバイバー!


 僕を貴方の弟子にして!!」



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