第4話 銀髪の少年






サクラ。


君を失ってから、1000年が過ぎたよ。













「はるか東の彼方に、ヤマトノクニという小国があった。

 1000年前、その小国は『スバル』という名の若き君主が治めていた。


 スバルは“愚かな君主”として国中で有名であった。


 君主スバルは年若く臆病で優柔不断、武術も不得手、唯一のとりえはその“魔力”であった。

 しかし魔力だけで国を治めることなど到底できるはずも無く、ヤマトノクニはスバルが君主であることを不服とする者による反乱が起き、400年近く続いた歴史あるこの国は瞬く間に滅びたのだった」



カラン


陽の光を受けて、透明なグラスに浮かぶ氷がゆっくりと揺れる。


太陽が真上から地上を照らす明るい午後。

人でにぎわう通りに面したカフェテラスで、僕は独り古い歴史書を読みふけっていた。


優しい陽光が肌に暖かく、心地よい空気にほっと息を漏らし口元に笑みを浮かべる。


古びた歴史書の紙面に視線を落とす僕の視界には、柔らかな陽に透けて自身の薄い銀の前髪がきらきらと光っていた。

穏やかな午後の昼下がり。

周囲はそこそこ賑やかだが、いつものように歴史書の内容にすっかり夢中になっている僕には周りの雑踏は気にならない。


僕は独りで旅をしていた。

出身はセルヴィスというそれなりに大きな都市。

元々孤児だった僕は、物心付いた頃にはそのセルヴィスにある『魔法師協会』と呼ばれる巨大な組織の本部に拾われて居た。だから僕には両親の記憶が無い。

僕を拾ってくれのは魔法師協会の協会長で、協会長曰く僕は生まれて間もない時に魔法師協会の門の前に棄てられてたんだって。


魔法師協会は、この世の魔法師達を束ねる組織・・・その協会長はいわば魔法師のトップ。

数多の魔法師達から崇拝される存在だ。

当然協会長は魔法師としても超一流。魔法師なら誰もが憧れる。

だけどそんな協会長は、僕にとっては優しい父親みたいな存在だった。


魔法師協会では、全国の魔法の素質のある子達を引き取っては養成する役割も担っていた。だからセルヴィスの魔法師協会本部には魔法師を養成する学校があり、ついこの間まで僕はそこの生徒だった。

魔法師学校には孤児出身の者たちも多く、僕も魔法の資質があったからこそ協会長に拾ってもらって魔法師学校に入れたのだった。


どうやら僕は幸いな事に生まれつき魔法の素質があったらしく、それを協会長に見出してもらい、魔法師学校でそれは大事に育ててもらった。

本当にありがたい。


そうしてずっと魔法師協会に育ててもらって、協会長に可愛がってもらって、同じ年頃の生徒達と過ごして、正直両親のことがさっぱり解らなくても苦じゃなかった。

僕にとっては協会長が父親だったし、魔法師協会全体が僕にとって家族だったから。


だから今でも僕は協会長にとても感謝している。尊敬もしている。

協会長はこれまでに沢山の魔法師を育て、協会長自身も凄腕の魔法師でもあるしなにより立派な人格者なのだ。

・・・ちょっとお茶目?なところもあるけど。


そしてその魔法師学校で魔法についての教育を受け、すくすくと育ち、卒業して独立が許される歳…18歳になった僕は、こうして駆け出しの魔法師として晴れて念願の独り旅に出ることにした。


独りで旅に出ることは、怖くは無かった。



僕には何よりも大切な“目的”があったから。



協会長も魔法師学校の先生達も生徒達も、僕が旅に出ることを応援してくれた。

一部何故か泣かれたけど・・・。

でも協会長は僕がずっと“目的”を追いたがっている事は知っていたし、独立が許される18歳になる日を今か今かと待っていたのを知ってるから、18歳の誕生日を迎えるなり魔法師学校を飛び出して行った僕をにこやかに見送ってくれた。


そうして半年前に魔法師学校を旅立って、今はその“目的”の足取りを辿りあちこちの町を転々と旅している。


幸いな事にその“目的”はいろんな意味でとても目立つし、顔もかなり知れ渡っているため足取りを辿るのは楽だった。

・・・本来だったら相手の魔力を拾ってどの辺りにいるか知ることができるんだけど。

“目的”は相当手練れの魔法師だからか、魔力がうまく隠されていて辿ることができない。

でも僕は余裕だった。


それはそんなことをしなくてもいいくらい“目的”が目立つことと、あと僕にはその“目的”の居場所を教えてくれるとっておきの秘密兵器もあったから。


「ヤマトノクニが滅びた際のことは詳細には記されては居ない。

 だが直接の原因は、“君主スバルの逃亡”と言われている。

 才覚も無く臆病であった君主スバルは、勃発した内乱を収めることもできず、民や臣下を置いて逃亡し、姿を眩ました。

 その後の君主スバルの行方を知る者は居なかった。

 噂では、唯一の取り得であった魔力を使い、その行方を眩ませたとも言われている・・・」


でもなにぶんその“目的”は逃げ足(?)が早い。

なので最近ずっと歩き通しだった僕は、“目的”がこの辺りに居ることを把握してとりあえずカフェで一休みをしているのだった。

長期戦を考えたら休憩も大事。

先日立ち寄った町の古書店でたまたま見つけた、この一冊の歴史書を読みながらのんびりとした時間を過ごす。


別に焦ってはいなかった。

こういうのは最後は運だって、協会長も言ってたし。


正直一人旅ってとっても面白い。


これまで基本、魔法師学校から出たことがなかったから色んな街を見れるのはとても面白いし、授業だけでは分からないことがこの世界にはまだまだいっぱいある。

協会長が居る魔法師学校は魔法師協会の本部も隣接していたから、魔法師達と会う機会も話を聴く機会もあったけど。

色んな生き物、色んな魔法、色んな土地や文化や言語・・・。

本や話の中でしか知らなかった事が現実にあると思うと・・・わくわくしてくるんだ。


そんなことを思いながら、僕は口元に笑みを浮かべまたぱらりと本の紙をめくった。


「全てを棄てて逃亡した君主。

 今でも、歴史においてヤマトノクニのスバルは、“この世で最も愚かな君主”として記録に残されている・・・ふーん」


“この世で最も愚かな君主”だなんて、随分な言われよう。

そんな肩書きで歴史に名が残ってしまっているなんて、なんだかこのスバルという人が少し可哀想に思えてきた。

まぁ、今から1000年も前の話だし・・・きっと当時も色々あったんだろうけど。


でも今更それを知る由も無い。

当時を知っている人間はもう居ないのだから。


思わず小さなため息を漏らして、手にしていたグラスの薬草茶を口に含んだ。

滑らかに磨かれた黒い木のテーブル。その上の冷えた薬草茶のグラスに浮かぶ氷がからりと音を立てる。

水滴で湿った透明なグラスに手をかけたまま、ふと歴史書のある一説に目を留めた。

かさり、指先の紙が乾いた音を僅かに立てる。


「・・・惜しむべきは、ヤマトノクニ独特の文化が失われたことだろう。ヤマトノクニは、古来より特殊な文化が栄えていた。

 特に挙げておくべきは“ワメイ”であろう。

 ヤマトノクニでは、人の名に“ワメイ”と呼ばれる特徴的な響きをした名を付けていた」


ワメイ・・・特徴的な、響き。


今しがた目で追った言葉を頭の中で反芻して。

ふとよぎった“考え”に意識を向けながら、僕は薬草茶の入ったグラスを手に取り再び口へ運んだ。


おいしい。


口に含むなりすーっと鼻に抜ける爽やかさと甘い香りに、思わず顔が綻ぶ。

僕は薬草茶が大好きだ。そもそも薬草が大好き。

時には甘く時にはみずみずしい薬草の芳醇な香りは、渇いた喉を優しく潤す他に、安らぎや元気ももたらしてくれる。他にも魔法薬にはなるわ女性にとっては化粧薬になるわ、料理にも染料にもなるわで植物ってほんと凄い。


「・・・綺麗だな」


カラン、と光に透かしてグラスの中の金色を帯びた薬草茶を眺める。

これはレムグラスとピアメンが調合されたお茶。

レムグラスの鎮静効果とピアメンの緊張を和らげる効果のおかげで、落ち着いて書物を読みたいときに丁度いい。

更にはこのレムグラスはとても優秀な薬草で、抗菌・抗炎症効果もあるから怪我をした時の応急処置にも



バアン!



「!!」



すっかり薬草茶に夢中になっていたら。

背後から、突然爆発音がした。


ああ・・・これは魔法の音。



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