第41話 目覚め③
「まあまあ、あまり泣かないでくださいよ。俺も対応に困りますから」
「くぅーっ。辛辣だなー。けどよ、ここからする話は少しお前が不快に思うかもしれないけどまさかお前が、喜代村悠人がこうやって大学合格するとは思ってなかったよ」
「確かにそうですね。俺自身がそれは一番強く思っていましたし、何より勉強してませんでしたからね」
「いや勉強しているしていないはともかく、お前は学校であまり人と喋らないだろ?てっきり人間が嫌いだとばかり思っていてさ。大学なんて今と比べることができないほど多くの人間と関わる場だから行かないと思っていたよ」
「・・・それは、ちょっと色々ありましてね。基本的には人と関わるのは好きなほうですよ」
「あっ、マジか・・・そう言う感じな。俺が気づけなかっただけでお前は問題を抱えていたわけだ。もう謝るのも今更かもしれないが、気付かずに本当にすまなかった」
「先生が謝る必要はないですよ。俺自身が勝手に皆との距離を置いて生活していただけですから」
「学校休みがちになっていたのも、そう言った理由があったからなのか。この時期だと家や塾で勉強したいっていう理由で不登校になる奴がいるから判別が難しくって。一応一週間過ぎて連絡がなければ教員のほうから連絡するっていう決まりがあるんだけど。お前の場合連絡するかしないかのギリギリの感覚で休むからわからなくって」
「その件は俺自身も反省しています。今思えばしょうもない理由で休んでいたのは情けないなと」
「まあでもその休んでいた期間がお前を変えたんだろ?何をしたのかはよくわからないけどさ」
「その通りですね。この短い不登校モドキ期間が俺を変えてくれました。何かしたといっても自分の殻にこもって長い夢を見ていただけなんですけどね」
「男らしくない可愛いこと言うねぇ。まあそれがお前を大きく変えてくれたんなら俺たち教員一同はその夢に感謝をしなくてはいけないな。腐りかけていた喜代村を復活させてくれてありがとうって」
「腐りかけって・・・事実ですけど文字にすると酷いですね」
「復活できただけマシだろ。あー、ところでさ、なんであの大学に行こうと思ったんだ?本当はこの質問はお前がここに飛び込んできたあの瞬間に聞かなきゃいけないことだったんだけど、お前のやる気と迫力に負けてつい聞くのを忘れていたわ」
「ちょっと信じてもらえない話だと思うんですけど・・・あの大学、俺が引き籠った時に見た夢の中に出て来たんですよ。その夢の中でなくてはならない場所の一つでしてね。だから夢から覚めた後必死にネットで調べたらこの大学だったと言う訳です」
「夢に出てきた思い出の地に合格するために死ぬ気で努力したのか・・・・何と言うか、結構真面目にその夢に感謝しなくてはいけない気がしてきたぞ」
「先生も俺と同じぐらい頭のおかしいことを今発言していることに気づいたほうがいいですよ」
「そう言うこと言うなよ・・・まあいいや、これからどうするんだ?発表された当日に学校に飛び込んで報告する奴なんてお前ぐらいしかいないから他の生徒待っても無駄だと思うぞ」
「うーん、仲のいい友人なんてどうせいないので関係ないですね。今日はもう帰って休もうと思います。明日あの場所へちょっと電車で向かおうかと」
「お、いいじゃんかそれ。先生もついていきたいよぉ」
「先生は仕事してください。もうすぐ結果報告の電話が殺到しますよ。明日になればこの職員室にも生徒がたくさん来るでしょう」
「嫌だー!自分のクラスの生徒が泣きそうな顔で落ちましたって言ってくるの耐えられない!地理でコケましたとか言われた日には教師やめたくなるんだよ・・・古賀ちゃんなんて去年生徒のほとんどが国語コケたって報告してきた後、自分のせいだって思い詰めて胃潰瘍になったんだからな!」
「柳先生!去年の地獄の話はしないって約束でしょう!あれ思い出すだけで胃が痛くなるんだから・・・」
「ごめんね古賀ちゃん!でもとにかく話し続けないとこれから来る恐怖に心が耐えられないの!」
「教師が生徒の不合格前提で心構えしてどうするんですか・・・まあ先生はそれに備えてください。俺はもう帰りますね」
「お、もう帰ってしまうのか。毎年来いとは言わないからさ、暇なときとか、成人式の日とか、就職決まった日とかには来てくれよ」
「そのころまで覚えていられる気がしないんですが。先生も忘れるでしょ」
「俺は忘れないよ!喜代村悠人。俺の教員人生の中で最も波の激しい、ある意味で最高に教師を楽しませてくれた生徒だから。お前が俺たちに感謝しているのと同じぐらい、いやそれ以上に俺たちはお前に感謝しているから。マジで」
「・・・まあそこまで言ってくれるのなら俺も忘れないよう努力します。こんな俺にも気兼ねなく接してくれるのは先生方だけでしたし」
「おうおう、ありがたいねー。ま、合格祝いの品なんて用意していないけど、このセリフと俺たちと言う存在が祝いの品と言うことで。大学生活、大変なこともあると思うが少しでも夢での思い出に近づけるよう頑張ってくれ」
「本当に、ありがとうございました。先生、そして皆さん。残念な高校生活だったけど最後の数か月だけは本当に楽しかったです」
こう言った後、俺は職員室を出た。少しすると俺の担任と古賀先生が慰め合うような声が聞こえたが聞こえないふりをしてそのまま去った。
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