第40話 目覚め②

 一日の授業を終え放課後になると皆それぞれが最善だと考える場所で勉強を始める。図書室や自習室、また学校を出て家や塾で勉強する人もいる。学習塾などには通っておらず、尚且つ自分一人で勉強するのが困難な俺は放課後になると当然職員室に向かう。


先生に基本問題を質問するのは恥ずかしいし、自分があなたの授業を真面目に受けていませんでしたと公表するようなもので情けなくもあるが自分のしょうもないプライドなど守っている暇はないので早速聞く。聞くと言っても質問して理解して終了と言ったエリートな感じではなく、先生の机の隣に俺用の机を置きそこでマンツーマン指導を受けるという傍から見たら制裁を受けているような光景だ。


担任の先生が各教科の先生と協力して曜日ごとに違う科目を指導してもらえることになっている。もちろん三年生担当の教師は他の生徒の対応や特別授業の開催などで忙しいため他学年担当の先生が主だが。


 木曜日である今日は英語だ。今俺の目の前にいる先生は担任から渡された俺の過去のテストの点数と間違えた問題の傾向から俺の現状を瞬時に理解してくれたらしく、初回とは思えないほどはっきりとした姿勢で俺に教えてくれた。もう本番まで時間がないということから覚える必要がある部分とない部分を徹底的に説明された。


そして参考書のこの部分はやれ、この部分は時間が余ったらやれと全て指示してくれた。そのスピーディーな光景を見て、勉強というのはまんべんなくやらないといけないものだと思い込んでいた俺は衝撃を受ける。呆気に取られていると注意を受けたので慌ててやるべき部分をペンで囲む。


 終始驚かされていると、あっという間に最終下校時刻である午後六時になってしまった。代替わりした新たな生徒会長が放送で下校を促すと先生もそれに気づき今日のマンツーマン授業を終わりにした。先生の話を事細かにメモを取り続けた、授業を受ける側の俺より授業する側の先生のほうが達成感を強く出していたのは少し不思議だった。


気になったので話を聞いたところどうやらここまで自由に授業をすることができたのは初めてらしく、とても楽しく、興奮しているらしい。それを聞いた俺はこの優秀な先生が数年後に学習塾の教師や家庭教師に転職してしまうのではないかと不安に思った。


 家に帰って用意された夕食を食べ、一通り寝る準備を終えるとまた勉強に取り掛かる。これまで夜に勉強したいなどと思ったことは一度としてなかったはずなのに今は自然と勉強しようと思える。これもすべてあいつらのおかげ、そして夕月のおかげだと思うと感謝しきれない。


 勉強すると言っても不登校明け初日でどう勉強すればいいかわかっていない俺は今日教わった英語の勉強を指示通りにしっかりこなした。単語帳を使って英単語を覚えるのは一日の一番最後にしろという俺には理解できない指示もあったが教師の教えに忠実になる事しか生きる道のない俺はそれに従う。そうして寝るまでの数時間狂ったようにただ英語と対峙し続けた。


 そうして次の日は国語、次の日は数学、化学、生物、歴史、公民と毎日取り組んでいるとあっという間に本番前最後の定期テストの日になった。模試とは異なるものの、テストには変わりないので本気で取り組んだところ、まあまあできてしまった。後日結果を知ると成績がこれまで学年の下の中から下の下をうろついていたのが中の中まで爆上がりしてしまった。この結果を見て担任の先生ととんだインフレだなと言って笑いあった。


 そんなこんなであっという間に本番になった。担任は最後まで俺に優しく、俺と周囲の人たちとの関係性を考慮して当日試験を受ける場所を俺だけ別会場で他校の生徒と受けることができるように配慮してくれた。そして前日俺が学校に行ったときには「ここでお前が何点取ろうがお前の志望校に願書出せるようにするから。気にすんな」と言葉をくれた。


その言葉は受け取り方によっては失敗した時の逃げ道はないぞと言う脅しにも聞こえるが俺は純粋に応援メッセージとして受け取ることができた。たぶん慣れない勉強のし過ぎで思考回路がマヒしているのだろう。


 本番はこれまで勉強していた日々と比べてもさらにあっという間に感じた。本当に頭がおかしくなってしまっているのかもしれない。もしかしたらテストは全て白紙で提出してしまったのかもしれないと思えるほどに時の流れは速かった。


通常なら勉強したところが問題として出た喜びや、わからない問題に接敵した時の苦しみ、悩みなどが存在するはずだがそれすらも感じることができなかった。そんな感情を抱く余裕がないほど俺は切迫した状況に陥っていたのかもしれない。二日間あったはずなのにその空き時間何をしていたかも思い出せない。とにかくどのような感情も抱くことができなかったのが二日間の本番を終えた後の素直な感想だった。


 その後俺はこのテストでどれぐらい取ることができたのかさえも知ろうとせずすぐさま志望校が出す問題の対策を始めた。幸い俺の志望する大学は特殊な問題などはなく、基本に忠実な問題構成が主だったのでこれまでの勉強とさほど変わりはなかった。強いて言えば国語の先生が古文をこれまで以上に熱心に細かく教えてくれたぐらいだ。なんでも大学の古文の先生がその先生の師匠らしく、教え子である俺が恥ずかしい点を取るのは許されないそうだ。


 そうして二次試験を迎えた。何故かはよくわからないがセンターと比べて空気が緩い気がする。後センターでの点数が悪かったのかテストを受ける前から落ち込んでいる生徒も見受けられた。残念ながらここはテスト会場なので精神的有利に立っているとしても全く有益なことには繋がらない。自分にできることをするだけの場だと念じ、彼らを視界から消した。


 問題は面白いほどこれまでの勉強した形式が採用されていた。特に国語。テスト中に笑ってしまいそうになるほど国語教師の言っていた通りの問題が出た。師弟関係を結んでいるから自然と問題の作りや出題傾向などが似ているのだろう。おかげで対策はばっちしであったため自信をもって取り組むことができた。


 あの日から数週間ほどして、結果発表の日になった。志望した大学の中庭で結果が掲示されるのを待っていた俺はガッチガチに緊張した状態でその瞬間を迎える。周りの人たちは俺のように一人でその瞬間を迎える人よりも複数人で待っている人のほうが多かった。友人がもうできたのか、それとも元から知り合いだからそうしているのかわからないが羨ましいと思ってしまった。


そんなことを考えているのも束の間、大学の職員と思われる人がボードの前にやってきて、そこにいた警備員と交代する。そして少しだけ緊張しているような雰囲気でボードに大きな紙を貼る。それが張り終わると皆それを凝視して嬉しくて発狂したり、悲しくて発狂したりしていた。


もちろん悲しくて発狂している人はほんの一部で残念だった人の大半は唖然としたり、露骨に肩を落とし背を曲げて帰ったりしていた。俺はそんな人たちを見届けた後、急いで自分の番号があるかどうかを確認する。その確認が終わった後走るようにして大学を飛び出し、高校に向かった。


 「ありがとうございました!!」


「・・・・・・え、本当に!?本当に受かったのか!?」


「はい。本当です!先生方のおかげです!」


「佐々木先生!工藤先生!古賀ちゃん!みんな聞いた!?喜代村受かったって!!」


「「「おおー。よかったよかった。おめでとうございます」」」


「先生、さすがにそんな大声で言われると恥ずかしいのですが。それに今から皆さんにも報告する予定でしたし」


「まあまあ、ちょうどここにはお前に協力してくれた先生の多くが集まっているし、先にお礼を言ってから、ゆっくり話すか」


そう担任が言ってくれたのでここにいる人たちにお礼を言う。化学と生物を教えてくれた二人がこの場にいないのが少し残念だった。


 「よし、全員に言い終わったんだ。ここからは俺ともその喜びを共感させろよな」


「まあ確かに。先生は地理を普段は担当しているから俺に教えることはなかったですもんね。でもそれ以外の準備だったり、他の先生に協力を仰いでくれたりしてくれたことで十分助けてもらいましたから」


「いいこと言うねぇ。教師として生きて二十年。この学校に来て十三年。担任を持つようになって八年。まだ若いと思っていたんだけど、もうおっちゃんになってしまったのかなぁ。すぐ泣きそうになるよ」

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