第39話 目覚め
ゆっくりと目が開く。その怠慢な動きはまるで自分が本当の世界に帰るのを恐れているかのようだった。しかしそんな抵抗むなしく俺の脳は覚醒し、目は完全に開いた。俺は大学二年生か?いや違う。高校三年だ。
少々個性を自由に伸ばしすぎた友人たちとフォーカードを名乗って毎日楽しく過ごしたことは?ない。俺にそんな友人もそんな時間もなかった。俺の運命を色々と変えるきっかけとなった妖怪に出会ったことは?それもない。俺は生まれてから一度として人ならざるモノを見たことはない。
俺自身が作った精神世界での記憶は経験した事実かのように覚えているものの、この世界でそのことを思い出しても実感が湧かない。どうやら脳は向こうでの出来事を夢として処理するつもりらしい。普通ならここでメモなどに残して忘れないよう努力するところだが俺の体にはあれらの経験が染みついているという自信があるため俺はそう言ったことはしない。
とりあえず自分の学生証をチェックする・・・・高校三年生で間違いない。頭でわかっていたとしても実物を見て確固たる事実としてしまうとなんだか悲しくなってきた。
話し方と見た目は気持ち悪いけれど誰よりも人に寄り添ってくれる天才、すげー明るくてうるさくて空気読めないけれどそれを通して俺に人との接するときの雰囲気の作り方を教えてくれていた天才、カップラーメンばかり食っていて自己中の権化で表情がないけれど仲間のことが大好きで、大切で自分の力全て使ってでも俺たちとその世界を守ろうとしていた天才。
世界一最高の仲間が存在しない世界で俺が生きる意味があるのか・・・・ないのではと強く思う。なにしろ先ほど思い出した現実での出来事から鑑みるに俺の人生は今のところ何一つとして楽しいことがない。それどころか地獄のような毎日が待っているだけだ。
そんな毎日を送るのなら今からもう一度あの世界を作り上げてあいつらと楽しく夢の中で過ごしたほうがいい気もしてきた。そう思ったときちょうど目の前にロープがあるのを見つけた。
「これを使えばずっと向こうに行けるじゃないか」
そんな言葉が自分でも知らないうちに口から出てきた。確かにそうだ。夕月やあいつらには申し訳ないがどうやら俺はこの世界に適合できていなかったらしい。だってそうじゃないか。本当に、何度も言うがここは地獄でしかない。自分が作り上げてしまった地獄だ。どうせどちらも夢の世界のようなものなのなら俺は楽しく幸せな方を選びたい。本当にごめんみんな。
俺がここで生きるのを諦めようとした瞬間、ふと夕月との別れ間際の言葉を思い出した。
『あんたは馬鹿なのかい?向こうの世界に戻って、あんたがすることは何だい?あの少年たちが望んだことは何だい?あたしと結ばれることかい?違うだろ』
・・・そうだった。俺はこんなことをするために戻ってきた・・・・あいつらを消したわけじゃないんだ。全てはあいつらの望む通り俺が再び歩き始めること。地獄に見える世界を再び元に戻していくこと。それをするための力はあいつらから貰った。もうできる。俺は、この世界を変えることができるんだ!
俺はすぐに準備に取り掛かる。まずドアノブに引っ掛けて準備万端となっていたロープを速攻で外しそのままごみ箱に捨てる。いつのものかわすれたが新品だったので引きこもり期間に購入したのだろう。
次にテレビをつけて日にちを確認した。十月二日。俺が引きこもりを開始してからまだ三日しか経っていない。向こうの世界で経験した時の流れは完全に独自の流れだったと理解した。まあ起きて大学二年だったらそれはそれで恐怖を感じ死にたくなるが。
日を確認した後、スマホのマップ機能を立ち上げる。そうしてあいつらと過ごした大学、ファミレス、喫茶店、そして夕月と出会った広場。その思い出の地がどこにあるのかひたすら探した。夢で経験した世界が現実にあるわけないだろと思うが、俺はそれでも探す。少し前に夢というのは記憶を整理しているときに起こる現象と聞いた。つまり脳内にない景色が出てくるはずがないという確信と期待が俺の中に存在している。
俺の予想通りその景色は実在していて、約二時間探してようやく見つけることができた。あの田舎で、静かで、幸せだったあの世界は俺が今いる県の隣に位置する県だった。その県の県庁所在地から約三十分ほど動いたところに俺の見た光景は存在していた。何故この景色が夢の中に出て来たかと考えたところ俺が幼少時代祖父の家が存在した街だった。
祖父は亡くなってしまいもう十年以上行っていなかったが母親が居間の箪笥の上に皆でそこで撮影した写真が今でもある。その写真によっていつまでも脳内に景色が場所ごと残っていたのだろう。
場所を探し当てると次はその大学のレベルを調べる。元から勉強をしておらず、さらにこの重要な時期に不登校となっていた俺にはどこも無理だろうが一応希望があるのかを知るために見る。調べた限りだと難関という訳でもないので死ぬほど努力すれば、もしくは来年頑張れば行けそうな大学だった。
だが夕月とあいつらの思い、経験を胸に宿している俺は前者を選んだ。それは客観的に考えると無理難題で絶望的な話だがあいにく俺は今現在絶望の淵に身を置いている為全く慄くこともなかった。
目が覚めた時は既に夜だったので一通りの作業を終えた俺は寝て朝を迎えた。とりあえず適当に用意されていた朝食を食べ、外に出る準備をした後久しぶりの制服を着て学校に向かった。この首元にある詰襟が首に触れて気持ち悪い感じがするが我慢する。
教室のドアを開け中に入ると皆俺のほうを見て、俺だと認識した途端ざわつきだす。これは予想していた展開なので俺は気にせず自分の席に荷物を置き職員室に向かう。
職員室に行くとちょうど俺の担任が目の前にいたので声をかける。先生は俺が来たことにとても驚いていたが俺はそれを気にせず今まで休んでいたことへの謝罪と勉学を受ける態度に対しての謝罪をした。それを聞いた先生は笑い出し、なんだかよくわからないが快活な雰囲気で俺の肩を叩き、そのまま職員室を出ていった。
そんな先生を見送った後、俺は各科目の授業担当の先生にも先ほどと同じようにこれまでの態度を謝り、これからの努力を誓った。俺を取り巻く教師たちは地獄の住人ではなかったらしく、俺の言葉を受け取ると皆笑顔で応援してくれた。そのついでに先生たちからこれからどの教材を使って勉強すればいいのかなども詳しく聞いた。
真面目に授業に取り組んでいたらあっという間に昼休みになってしまった。これまでの俺なら昼休み開始のチャイムとともに友人のもとへ行き昼食を食べ始めていたが、友人なんていう存在をこの世界で持っていない新たな俺は飯を食わず一人せっせと参考書の空白を埋めていく。
真面目に取り組んでみてわかったのだが俺の参考書はどれも赤文字か空白が大半を占めていた。普通に取り組んでいたらもう少しまともな、黒色が大半を占める参考書が出来上がったのではないかと思うとこれまでの自分の行いを後悔した。心の世界に行く力は持っていても過去に戻る力は持っていない俺は昔のことを嘆いていても何も変えることができないので気持ちを切り替えて頑張る。
だが残念なことに基礎も応用も何も身についていない自分は二行ほどしか問題が書かれていない一見簡単そうな数学の問題も余裕で十分以上かかってしまう。この情けなさが自分をさらに勉強嫌いにしていたのだと改めて気づく。
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