第35話 自分を振り返って①
「おーい喜代村ー!」
授業終わりのチャイムが鳴ったと同時に友人に呼ばれる。昼休みを一秒でも無駄にするのを防ぐためか、彼は授業が終わる一分前には片付けを開始していた。そして終了のチャイムが鳴るのと同時に昼食を広げ俺を呼ぶ。
そう、彼は毎回そうしていた。俺はと言うと席が教卓の目の前に位置するためそう言った小技はできない。そのせいで机の片付けなど全くできず、適当に机の中に押し込み、弁当を持って彼のところへ行く。
そうすると俺の席はすぐ女子が座り友人たちと昼食を開始する。俺のいる教室は昼休みになっても教室移動をする生徒は少なく、自身の席で食べるという人が多い。その上他クラスから来る人も多いので毎回席の取り合いになる。
そして敗者はもれなく床に座って昼食を食べる。俺たちはこれを楽しんで行っているが一人でゆっくりと昼食を食べている人からすればうるさいし混んでいるし下手に立ち歩けないので迷惑極まりないだろう。
「おいー!そのおかずくれよー」
「んじゃ俺はこれで」
「俺はこれで許してやろう」
「おいおい、これはお前らへの支給品じゃなくて俺の弁当なんですが・・・?」
毎回恒例の一連のこのくだり。俺は昼食を食べると午後の授業を必ず寝てしまう為ほとんど食べない。今までは毎回そのままで家に持ち帰っていたが、その事実を知った奴らが俺にたかってくる。俺はそれを拒否するわけではないがこういった返しをする。これが毎日のように行われている。
中には他クラスからよく知らない奴が来て俺のおかずだけもらって帰るということも発生している。俺の頭には?マークが浮かぶがこういったことで話せる人が増えているのも事実なので許容している。
この面白おかしい幸福な時間がチャイムの音と共に終わりを告げると皆、面倒くさそうな顔をしたまま各自次の授業の準備をする。そして午後の授業が始まると皆睡魔に負けて幸せ睡眠タイムを迎えるのだ。
どうせ寝るのなら授業前準備時間に「よっしゃー!昼寝だぁぁ!」ぐらいテンションを上げてもいいのではないかと思うが彼らはそう一筋縄ではいかない。一応毎回寝ないように最大限の努力をしているのだ。シャーペンを指に刺したり積極的に発言したりなど。しかしその努力は毎回報われずシャーペンを指に刺したまま寝る生徒が現れるのだ。
彼らの幸せそうな顔を眺めるうちに昼食を控えたはずの俺のもとにも眠気が訪れる。そして俺はそれに打ち勝つことなく微睡の中に入り込むのだ。
このようにぐだぐだなまま一日の授業をすべて終えると掃除が始まる。部活などがある人は掃除を全力で行い部活へ急行する。俺は部活には所属していないので後片付けを行った後、ゆっくりと帰宅する。
このように我ながら変化のなく、だが確実に順風満帆な楽しい生活を毎日過ごしていた。こうして特記することもないまま一年を過ごした。そうして二年になった。二年は皆高校にも慣れ、少しずつ自分以外のことにも目が行くようになる。皆友達と盛んに遊びに行くようになる。部活でも自分らしさを出せるようになる。
そして何より、恋だ。皆恋に走る。恋愛をするのだ。そのことがまるで世界の摂理であるかのように二年になると校内カップルが急増する。付き合えれば誰でもいいのかとツッコミたくなるほど急増する。生徒会の真面目という概念が人の形をかたどって制服を着ているのではと錯覚する人物でさえもサッカー部の男子と付き合う。そして俺もそう言った人達と同じ人種であった。少し違うとすればまだ付き合えていないということだ。
俺が二年になって約二か月が経って、ちょうど学園祭シーズン真っただ中となった。この季節は学園祭の魔術と言われるほど皆恋に落ち、カップルとなる。この現象は本当に不可思議でオカルト研究部の研究対象になるほどである。俺は簡単にその魔術に囚われ、その時同じクラスだった女子に恋をした。
彼女はとても優しく、おしとやかで綺麗だ。容姿は学年トップ層と比べると見劣りするという意見もあったが俺のストライクゾーンド真ん中。彼女はその雰囲気通り頭がよくテストで毎回上位十人に入っていた。しかし俺は生活通りの順位。全く良くない。このことがネックになり俺は彼女に気持ちを伝えられないでいた。
しかしこの世界を作り上げた神は大層俺に優しいらしく、彼女と仲良くなるきっかけが掴めない俺にチャンスをくれた。チャンスと言ってもとても小さなもので学園祭ごみゼロプロジェクト委員会と言うその名の通り学園祭当日にごみが校内に散乱するのを防ぐために尽力する委員会に俺と彼女は選ばれた。
尤も、この委員会は内容的にはただごみ箱を製作したり、当日にごみを捨てないよう放送したりするだけのお祭り感ゼロのつまらない委員会だったので人が入らず仕方なく彼女は入ったらしいが。そしてそのとき俺は隣に座る友人とゲームについて話をしていたら知らないうちに入れられていた。
この機会を僥倖と見た俺は彼女に色々話しかけた。内容はその委員会での作業についてだ。「ごみ箱はどのように作れば皆作ってくれるかな?」「このごみ箱はどこに設置するべきだと思う?」よく考えるとごみ箱の話しかしていない・・・
会話の内容は残念だが彼女との距離は確実に縮まっていたらしく、初めの頃は事務的会話のテンプレ一辺倒だった彼女も本番一週間前には事務的会話だけでなく他の会話を俺としてくれるようになった。これをチャンスだと思っていた俺は流れを崩さないように自然に彼女の好きな人のタイプを聞き出してみることにした。
「あのさ、〇△さんって好きな男子のタイプとかあるの?」
「うーん、そうだねー・・・まず左利きでしょ?あと運動神経がよくて、カッコいい人かな」
「へぇ、左利きってところ以外は案外普通だ」
「あっ、それとー箸の持ち方がちゃんとできていない人かな?なんて言うんだっけアレ、交差箸?一見スマートでカッコいい人がそう言ったギャップがあるといいかな」
「また、えらくニッチなところを突く・・・・まあそういう人と出会えるといいね」
こうして彼女の好みを聞き出すことに成功した俺は翌日からその理想形に近づけるよう努力した。
まず利き腕の問題だが素晴らしいことに俺は左利きだったので何も策を練る必要がなかった。あの時左利きというワードが出たときは俺のことを言っているのではないかと勘違いしてしまった程左利きだ。よって最初の問題は運動神経である。
残念ながら俺の身体能力のステータスは基本的にどれも平均以下だ。短期間でこれを変えるのは無理だと察した俺は翌日から友人とスポーツの話題で盛り上がるという作戦を実行した。これならば運動神経が悪くても、スポーツ好きという運動神経抜群からはそれほど遠くもない称号を得られると考えたからだ。
前から好きだった野球の話題に加え、サッカーの情報もスポーツニュースアプリで読み漁った。さらに有事に備えここ十年ほどで開催されたサッカーワールドカップとオリンピックの情報も頭に叩き込んだ。これにより当日野球ファンである友人やサッカー部の人たちとの会話が面白いほど弾んだ。バスケ部の人たちが皆一様にバスケも観ろと俺に催促してきた時は少し焦ったが。
次は容姿の問題だが、化粧や髪染め、整髪剤の使用などが禁止されているこの学校では生まれ持った容姿以外で戦うことは不可能だった。もちろん俺はそれで勝てるほど恵まれていないのでこの点は簡単に諦めることができた。
そして最後は交差箸だ。交差箸は小さい頃、まだ正しい箸の持ち方を理解できない子供が行う持ち方であり、残念ながら俺は交差箸を十一歳の時に卒業してしまった。故に今現在交差箸とは十年近く絶縁状態となっている訳で、今更取り戻そうとしてそう簡単にできるものではなかった。一応好みを聞き出したその日の夜から特訓を続けたが翌日には間に合わなかった。
しかし諦めず三食全てを交差箸で食べるよう心掛けると少しずつだができるようになり四日目以降は苦労せずとも無意識に交差箸で食べられるようになった。その代償として正しい持ち方を思い出すのに苦労したが当時の俺はあまり気にしなかった。
このような努力をし続けて一週間。俺は彼女の理想に七割ほど適合した男になることができた。その変化は自覚するだけに留まらず一部の友人やクラスメートにも気づかれるほどであった。俺の変化に賛否両論あったが俺以外の人が変化に気づいているのなら彼女も気づいてくれているのでは思い、それが俺の背中を押してくれる要因にもなった。そして学園祭当日、俺は人生を変える一歩を踏み出すことになった。
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