第34話 いざ本番へ⑤
「さぁ、もう答えは出ただろう?最後に伝えることはその叫びでいいのかい?最後に見せる表情はその泣き顔でいいのかい?」
「ああ、喜代村。お前との関係はもうこれで終わりだ、と言っても元の形に戻るだけだ。消えるわけではない。もう知っていると思うが向こうの世界には誰もが戸口のように明るく、不思議沢のように寄り添い続けてくれる人間ばかりではない。俺のように無口で表情が乏しく態度が悪い奴もいるだろう。
そして優しさの欠片もない奴や自分が生きることしか考えていない奴らもたくさんいる。お前が接していた俺たちはお前の理想の具現化に過ぎない。偽りなんだ。これからはこんな楽しい生活ではなくなるかもしれない。だが安心しろ、お前は強くなった。賢くなった。もうあのような苦しみは二度と味わうことはないだろう。ではさよならだ・・・」
「薪下・・・・本当にお別れなのか?」
全てを理解してもなお受け付けることのできない事実に俺は心が折れそうになり薪下を訪ねる」
「ふっ、何度も言うが事実なんだよ。おいっ!不思議沢!戸口!お前らも後ろにいないで喜代村の船出ぐらい笑顔で見送ってやれ!」
薪下がそう言うと後ろにいた二人が集まってくる。
「よし、みんな集まったな。では最後に俺たちから一言言わせてもらおう。準備はいいか?」
「うん!」
「もちろんですとも!」
「いくぞ、せーのっ!」
「「「ありがとう!」」」
三人の息がぴったしと合い一つの言葉が紡がれた。その言葉は波のように俺の心にじんわりと響いてくる。意味なんかどうでもいい、長さなんかどうでもいい。ただ、その言葉が最も大事で最もふさわしい言葉だと直感が伝えている。頭のてっぺんからつま先の先の端っこまで伝わる。それを感じ終え、自然に閉じていた目を開くとそこに彼らは存在せず、ただ温かい感覚だけが残っていた。
「どうだい。別れって言うのは」
どれぐらいの時が経っただろう。あいつらがいた場所をぼーっと見続けていたところ夕月が話しかけてきた。
「なんて言えばいいんだろう。辛いんだけどその言葉だけじゃ表しきれないな。あいつらの表情、最後はちゃんと笑ってたんだ。涙も流さず、しっかり笑っていた。そんな姿見たらさ、こっちも泣けなくなるよ。事実今もこうしているけど涙は出ていない。本当の別れは涙が出ないものなのかもしれないな」
「・・・あたしのこと、憎んでいるかい?」
唐突に夕月が聞いてくる。
「それはないかな。話を聞く限り俺のことを思っての事なんだろ?あいつらは本当の目的と、俺が享受していたかりそめの幸せの間で葛藤していて、それを正すために夕月が来たってことだろ。あくまで俺の推測だけどな」
「そう思ってくれるならこちらも有難いね。じゃあ、もう大体は把握していると思うけど、あたしなりのけじめとして今からこの世界のこと、そして真実の全てをおまえさんに伝えるよ」
「おう。よろしく頼むよ」
「まずはあたしがどういう存在かについて話していこうか。前にも話した通りあたしはまあまあ強い妖怪でね、名前は変臉って言うのさ」
「変臉って、中国のお面がコロコロ変わるやつ?」
「あれはあたしたちの一族を見た人間が作ったものだね。あたしはそのルーツとなる妖怪なのさ」
「へぇ、結構すごいな」
「あたしたち変臉は本来顔を自由に変え人間として生きたり、他の妖怪になりきったりして生きていく弱い妖怪なんだけど、もう一つの力として人間の心にある仮面を外すこともできるのさ。優しかった国王がいきなり暴言を吐くようになったり、悪党がいきなり人助けを始めたりしたことが昔は稀にあったんだけどそれはあたしたちが心の面を取っちまったからなんだよ」
「すごいことをする妖怪なのな。でも夕月は強いじゃないか」
「それは長く生きていると強くなるものさ。あと最も強い人間という存在に深く触れているから力を貰っているのかもしれないねぇ。詳しくはあたしにもわからないさ」
「そうなのか。それで人の心の面を取ってどうするんだ?」
「いい質問だねぇ。あたしたちは手持ちの面が少なくなったり、時代に適した面を持っていなかった時に面を集めるのさ。特に後者、人の心も流行と同じで流行り廃りが激しくてねぇ。昔の面だと人間に溶け込めないことも多いんだよ。だから人間の心の面を貰ってそれに少し手を加えてあたしたちが使うんだよ。今回あんたの心の世界に入ったのも同じと言う訳さ」
「・・・えーっとつまりここは俺の心の世界で、その中にある面を取るために中に入ってきたってことか?」
「結構異常なことを言っているはずなんだけど、意外と冷静だねぇ。まあ、その通りさ」
「理解できたが、それだと何故薪下達と争うことになったのかについての説明にはなっていないんじゃないか?」
「そこが複雑でねぇ。あんた、現実世界での事は覚えているかい?」
「うーん、戸口の話から推測するに俺は高校の頃学校に行かなくなったんだろ。死んではないらしいけど、不登校ってことかな。ともかくそうだろうなとは思っているけど自覚は全くないんだ」
「だろうねぇ。あんたは現実でなんらかの大きなショックを抱え塞ぎ込んじまったんだよ。そして現実から逃げるためにこの精神世界を作り上げ、この中で平穏を手に入れていたんだ。あんたはそれでいいかもしれないけど面をもらう側のあたしは大変だったんだよ?
普通なら心を覆っている面を取って出ていけばいいだけなのにあんたの面を取るためにはまず心の中の世界に入って中の世界からあんたを連れ出す。そして面が心から外せる状態になったら取るんだよ。あたしがあんたを現実に戻すために中に入った時あいつらに会ったんだ。
最初はあの子たちもひどく驚いていたよ。なんでこの世界に!?とか言って驚きを隠そうともしていなかったねぇ。それで事情を話したらリーダーのあの子がすごく怒ってね、この世界に生まれた役目を果たすために他人の力を借りずに喜代村を強くする必要があるんだ!って言ってあたしを追い返そうとしたのさ。
横の二人もあたしに反対したからあたしから条件を突きつけたんだ。それが今回のあたしを見ることができるかどうかの戦いさ。あんたを強くする事は元から同意見だった彼らはすぐ賛成したよ。あの世界じゃ絶対に勝てる自信も少なからずあったんだろうねぇ。
そうしてお互いこのことを直接あんたには言わないルールでこの争いが始まったんだよ。そして結果はあんたの知る通りさ。どうだいこれで一応全ての流れは話したと思うけど」
夕月の話を聞いて少しの間考えこむ。内容は質問などではない。ただ改めて彼らの思いに触れ感傷に浸っているだけだ。彼らは夕月が来た時、そして先ほど別れるまで。どれほどの葛藤を抱えたのだろう。
俺と言う存在のためだけにどれほど苦労しただろう。俺のためだけに生まれ俺のために消える。言葉にすると自由も何もなく辛いことのはずなのに彼らはいつも笑顔で楽しく、そして消える間際にありがとうという言葉を残して消えた。
どれだけの強い思いがあればそこまで尽くせるのか俺に理解することは不可能だがそう考えただけで再び涙が出そうになる。しかし、あいつらのことを思うと泣いてはいけないこともわかっている。彼らは俺を泣かせるために消えたわけではない。この事実が俺を漸次的にだが強くしてくれる。
「ああ、あいつらの思いも含めてほとんど理解できたよ。後は俺がこの世界から出て、夕月が俺の心から面を取ればすべて終わりってことか?」
「そう言うことになるねぇ。ほんと大変だったよ。今の世界に溶け込むのに必要なすべての表情を備えた心の面があったから入ってみればこんな出来事に巻き込まれてさ。このあたしが悪役だよ?人を殺めた回数なんてほぼないのに酷い扱いを神はするねぇと思っちまったよ」
「はははっ。甘い話にはそれ相応の裏があるってことか。まあそれを招いた俺が言えることじゃないけど」
「まあいいさ。あたしも生まれてはじめてこんな面白い出来事を体験したからね、この先ずっとつまらなくても我慢できるさ」
「ならよかった」
「じゃあ、もうこれでいいかい?」
一通り話し終えた後夕月にそう聞かれた。その時ふと一つの感情が表に出て言葉にしろと俺に主張してくる。その感情は前に薪下と二人で話した時に言葉にして表すことができるようになった感情だった。
「あ、あのさ!」
「なんだい?」
「あ、あー・・・質問なんだけど、もし俺がこの世界から出ていったらもう夕月と会うことはできないのか?」
「まぁ、無理だろうねぇ。今のあんたはこの世界の主だから見えているだけさ。普通の人間に戻ったらあたしから干渉しない限り無理だと思うよ」
「そ、そうなのか・・・・」
「なんだい、あたしともう会えなくなるのが寂しいのかい?」
「・・・・その通りだよっ!俺は、お前と会えなくなるのが嫌だ!話せなくなるのが嫌なんだ!それくらい、それくらい好きなんだ!」
隠し持っていたその感情を夕月に直接ぶつける。それを聞いた夕月は少し驚きながらもやはり妖怪として長年生きていたからか、すぐに表情をいつも通りに戻した。
「あはははっ、面白いこと言うねぇ。妖怪に愛を伝えた人間なんて世界中どこ見てもあんたぐらいしかいないんじゃないかい?いやぁまさか最後にここまで楽しいことが起こるとは。妖怪として生きてて本当に良かったよ」
「てことはまさか・・・」
「答えから言わせてもらうと、ごめんなさい。その願いを叶えることは無理だね」
「な、なんで!これからも二人でずっと楽しく過ごそうよ!」
「あんたは馬鹿なのかい?向こうの世界に戻って、あんたがすることは何だい?あの少年たちが望んだことは何だい?あたしと結ばれることかい?違うだろ」
「・・・・・あぁ、そうだな」
夕月に諭されて、本来の目的を思い出す。俺は現実の世界で人生をしっかり歩み直さなければいけない。そのためにあいつらは消えたんだ。すべては俺が再び歩めるようになるため。彼らの顔を思い出し俺は自分の考えていたことを一蹴した。
「本当にその通りだよ。すまない、少し馬鹿だった。もう大丈夫だ。今言ったことは忘れてくれ」
「その調子だよ。じゃあ、そろそろこの世界を終わりにしてくれないかい?」
「そのことなんだが・・・俺終わり方なんて学んでないんだけど。どうすればいいか知っているか?」
「そんなの簡単にできるさ。ただ目を閉じ、この世界を閉じるイメージをするだけさ。そうすれば目を開いたとき元の世界に戻っているよ」
「そんな簡単なことなのか。やってみるよ」
「一応忠告だけど、元に戻る時に封じ込めていた現実での出来事が全て蘇ると思うよ。辛いと思うし苦しいとも思うけど今のあんたなら乗り越えられるさ。その壁さえ乗り越えれば後はあんたの人生再始動ってわけさ」
「忠告ありがとうな。じゃ、今まで本当にありがとう。俺の仮面外すときは優しくしてくれよな?」
「そんだけ冗談言う力があるなら大丈夫だね。元の世界に行ってきな」
夕月のその言葉を聞き終わり、俺は目を閉じた。何も見えず真っ暗な中、俺はこの世界の扉を閉じ、鍵をかけるイメージを強く思い浮かべる。しばらくたった時、不意にガチャッと鍵の掛かる音がした。
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