第33話 いざ本番へ④

びしょびしょで使い物にならなくなったハンカチを近くのごみ箱に捨て、不思議沢は説明を始める。尤も、目が真っ赤になり、顔全体が涙や鼻水でぴかぴかになっているのでそれどころじゃない気もするが。


「う、うう・・・・あー、一応感情は全て爆発し終えたので冷静になったほうだと我ながら思っているのですが、それでいてもなおこの状況をキョム氏に説明するのは難しいように思えますな。いや、訂正しますが説明することは余裕なのですよ。


ただ私たちは今現在それをすることを封じられているのです。契約と言うか約束に近いものですが。その結果こうして悩むことになっているのです。詳しくはそこにいるであろう夕月さん・・・で合っていましたっけ?が教えてくれると思うので安心してください。


私たち・・・・いや私から言えることがあるとすれば、それは、今までこんな私と仲良くしてくださり本当にありがとうございましたってことだけですな」


「お、おいなんだよその別れの言葉みたいな感じはさ・・・この空気と相まって本当にお別れになるのかと錯覚してしまうだろ?」


「残念ながら本当にお別れなのですよ・・・・本当はお別れなんぞしたくないですよ私たちだって。ただ、ただ唐突にその時がやってきてしまったのですよ!


私たちも頑張りましたよ、必死に。必死に!だが力が及ばなかった。その結果がキョム氏との別れです。意味が分からないでしょう?私たちも本当にわかっている人なんていないでしょうよ・・・


これ以上話すと止まった涙がまた出そうになるのでやめますね!!ありがとうキョム氏!こんな、気持ち悪い私と仲良くしてくれたのはあなただけですぞ!ありがとう!」


堰を切ったかのように自分の思いを吐き出した不思議沢は、一通り伝え終えるとまた静かになってしまった。だが先ほどと違って少しにこやかな表情をしながら泣いていたのを見て、俺は別れと言う言葉の意味を理解することなく少し心が楽になった。


 「薪下はダメっぽいしなぁ、流れ的に次は僕か・・・はぁ」


不思議沢が黙った代わりに戸口が口を開いてくれた。


「ごめんね喜代村、僕たちこのことを何一つ教えられないんだ。まあ不思議沢が答えを言ったようなものだしそこから推測すれば妖怪から聞かなくてもわかると思うけどね。まあ、そのことを本当にごめんと思っているしそのことをここ一、二週間ずっと黙っていたこともごめんと思ってるよ」


「そ、そんな謝るなって。俺はよくわかっていないけどお前らが悪いことをしたわけじゃないってのはわかったからさ。何も責めないさ」


「ははは、ありがとう。それでさ、喜代村は僕と二人で喫茶店に行ったときに僕が話したこと覚えてる?もし忘れているんならそれでもいいんだけど」


「ああ、勿論覚えているさ。二年前に亡くなった友人の話だろ?」


「覚えてくれていたんだ。まあ亡くなってはいないけどね。喜代村、君が歩むのは・・・歩んでいたのはその人と同じ道だよ。とても大変だし辛いと思う。それはこれからも続くかもしれない。けどさ、絶対に死んじゃだめだからな!」


「え?同じ道・・・・・えっ?」


戸口の言葉を聞いて戸口が話していた人とは俺なのではないかと安直ながら思ってしまったため一瞬戸惑う。事実俺は消えてもいないし、数年前に戸口に出会っていた記憶もない。何一つ合ってはいないが何故か戸口の言葉からはその推測しか思い浮かべることができない。


「ははっ、今喜代村が思っていることが正解だよ。これがわかっちゃえばもう全て理解できるかな?じゃあね喜代村。これからはしっかり明るく人と接しな!言葉も少し硬いぐらいならいいけど薪下や不思議沢みたいにガッチガチじゃダメだからね!」


戸口はそう言うと不思議沢と同じく笑顔を浮かべていた。これがこいつらとの別れではなかったら、そして戸口が泣いていなかったら最高の笑顔として記録されたと思えるほど明るい表情だった。


 「・・・・俺は嫌だぞ。流れ的に俺がここで伝えられることを全て伝えてしまえば本当に別れとなってしまう。そうなるのなら俺はここで黙秘を貫く!!」


「薪下・・・・・・」


普段の能面をつけたような固い表情筋は消えてしまったのかと思えるほど感情を表に出して反抗し続ける薪下に、未だ詳細を把握しきれていなかった俺は何も言葉をかけることができなかった。


全てを理解しているはずの不思議沢と戸口も薪下に対して何も言うことはなかった。彼も俺に最後の言葉を伝えたかった一方でお別れなどしたくないという本心が強く存在するのだろう。それは言葉を受け取る側の俺も同じだった。だからこの場にいる誰もが固い言葉のまま子供のように駄々をこねる薪下を宥めることなく見つめ続けているのだと思う。


「俺は・・・・・俺はな、お前らが、大好きなんだ!この世界が偽物だと知っていても、俺自身が喜代村によって作られた存在だとしても、俺は・・・お前に、お前らに会ったとき死ぬほど嬉しかったしそれからの生活も死ぬほど楽しかった!


だから、だから今回いきなり奴が現れて俺たちに話を持ち掛けてきた時も反対したんだ!けれど最後は承諾することになった!それが、それが喜代村の為になるとわかっていたから!!だからこの戦いも受けて立った。これで勝てば俺たちは成長した喜代村と再びあの、あの楽しい日常に戻ることができたはずだったんだ!だから!だから俺が最も重要な役に就き戦うことを決意したんだ。


幸いこの世界は現実ではないから努力次第で何でもできる。そして戦った今、ついさっき、結果はどうだ!俺たちは・・・・俺は負けたんだ!!何も、何も見えなかった・・・・


チクショウ。これで終わりだなんて嫌だ!おい妖怪!喜代村はまだ完全に回復してはいない!だから!だからもう少し時間をくれよ!おいいるんだろ?反応してくれよぉぉぉっっっ!」


叫ぶかのように薪下は自身の思いを吐露した。その言葉は鉛で作られた弾丸の如く空気を裂き俺に届く。その言葉は反芻する必要なく俺の脳に届き俺の知りえなかった真実を教えてくれた。そして言葉に含まれた感情の激流が落ち着くとその後に残ったのはつらい別れと言う事実であり、わかっていたはずのそれは俺を再び刺す。


「薪下氏!それは説明してはいけない約束のはずだったでしょう!何故仰ってしまうのですか!」


「不思議沢、よく考えてみろ。この話を秘密にしなければいけないというルールは奴に俺達が勝ち日常が戻ってきた際に喜代村を混乱させないためのルールにしかすぎない。でなければ奴がそうするメリットがないからな。そして俺たちが敗れた今必要のないルールなんだよ。そうだろ?いい加減出てきてくれよ」


薪下が再び夕月に呼びかけると今まで黙ったまま動かなかった夕月が少し考える仕草をした後に薪下の目の前に移動した。そうすると薪下や不思議沢、戸口が一斉に夕月のほうを向き反応を示したため夕月がみんなの前に姿を現したのだと理解する。


「あれだけ叫んでいたくせにやけに冷静に物事を把握しているじゃないかい、リーダーさんよ」


「うるさい、お前の考えていることは話した時にある程度理解していたからな。それでだ、先ほども言ったが喜代村はまだ出すべきではない!頼む!もう少し時間をくれ!」


そう言うと薪下は夕月に対して頭を下げた。普段誰に対しても高圧的な態度を取っていた人間とは思えない変貌に驚きを隠せない。


「ふぅん。じゃあさ、リーダーさんに聞くけど、あんたはこの期間で悠人、喜代村悠人がまだ未熟だと思うのかい?一番身近にいて変化したこと、成長したことは理解しているんじゃないのかい?それでもまだ足りないと?」


「・・・・ぐっ・・・だが、だが・・・・」


夕月のセリフが的を射ているのか、薪下は全く言い返せないでいた。


「はぁ、じゃあ言わせてもらうけどあんたたちと一緒にこのままでいるのと、現実に戻ってもらうの、この少年にとって必要なのはどっちだい?」


「・・・くそっ!くそっ!あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!ああぁっ!」


夕月の問いかけに対して薪下は言葉にすることができなかったのか、強い、長い咆哮で返した。その答え方は自身でも答えが明確になっているため葛藤が起こり、それをそのまま伝えたのだとわかった。答えは薪下もわかっているのだ。ただそれを認められない自分がいるだけで。薪下の弱さが前面に出た姿を見て、俺は泣いてしまった。


俺も全て把握して、彼らの感情も理解して、同じ気持ちになり抑えきれなくなってしまった。

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