第32話 いざ本番へ③

薪下の発言により俺たちに緊張が走る。なんだかんだ俺もしっかりと参加していたため皆と同じように俺も緊張する。


 薪下は何も言わない。何も言わないどころか表情一つ変わらない。夕月の姿をその目が映すことができていないからそのような反応になっているのか、それともいつものように無表情でいるからそうなっているのか俺には全くわからない。表情が変わらないのは薪下と対峙している夕月も同じで、彼女はずっと挑発的な笑みを浮かべているだけだ。ただお互いに相手のほうをじっと見続けている。その光景だけが続き、俺の目に映り続けている。


 ふと視線を対峙している二人から俺の隣で共に応援している不思議沢と戸口に移すと、戸口は相変わらずにこやかにしている。しかし、その表情をよく見るといつもとは明らかに目の雰囲気が異なっている。


期待や熱意が混ざっているからだろうか、いつもより強い眼差しに感じる。不思議沢は戸口とは対照的に熱意や祈りが顔に強く出ている。と言うよりは体全体から出ている。よくわからない琥珀色と紫色の石で作られたブレスレットを両手に付け、謎のマークが書かれた札を握りしめている。


そして謎の呪文を小声で唱え続けている。一見するとそれこそ霊能者のように感じた。ここまで強く応援しているくせに目は戸口よりも力が入っていないように見える。不思議沢からすれば薪下が氷柱で作られたステージの中で佇んでいるだけで実際どのような光景が繰り広げられているのかはわからない。


それ故にまだ脳がこの戦いの雰囲気を処理しきれていないのかもしれない。もしくは初めの頃の俺のように敗北することを薄々気づいているのか。


 ステージよりその外の観客席のほうが盛り上がっている謎の戦いは十分が経過した今でも続いている。応援している俺たちも少しづつ戸惑いや疲れが現れている。戦っている薪下は依然無表情のままでいるが、対峙している夕月の方は五分が経過したころから飽きが見え始め十分経った今では完全にやる気を失っている。


その証拠に先ほどからちょくちょくこちらを見てきては、薪下たちに自分の声が聞こえないことをいいことに「疲れちまった」や「もう帰ってもいいかい?」などと好き放題話しかけてくる。もう少し我慢してくれと言ってやりたいが俺の声はもちろん薪下達に聞こえるのでそうすることすらできない。


 そんな勝負もあっけなく終わりを迎えた。薪下が「・・・・終わった」と一言発したからだ。その言葉から俺たちが負けたことは一瞬で理解できたので戸口や不思議沢が結果を薪下に聞くこともなかった。戦った当人である薪下は疲れたという表情をかすかに表に出し、俺たちのいるほうにやってきた。


 「そうですか・・・私の軍用ライトの出番は結局来ないまま終わりましたね」


「あ、ああ。すまない」


「えっ、いや、そういう意味で言ったわけではないので気にしないでいただきたいのですが」


不思議沢が薪下を慰めるために言ったであろうセリフも真意は薪下に伝わることがなく直接の意味で薪下に届いてしまい、結果的に薪下をさらに暗くさせることとなってしまった。


「ま、まあさ、薪下は頑張ったし俺たちも頑張っただろ?結果はダメだったけどそんなこと気にすることないだろ。前にやった期限遅れのレポートを先生の机の中に滑り込ませる作戦も失敗したがそこまで気にしなかったじゃん。今回もそれと同じ感じでいいだろ」


「「「・・・・」」」


この暗い空気を変えるために昔の笑い話を引き合いに出しながら話したがどうやら失敗したらしく薪下どころか戸口や不思議沢も黙り込んでしまった。


 「・・・・ゆ、夕月!」


「・・・・・・」


皆が黙るというフォーカード結成して以来初めての空気に耐えられず、意味が分からなくなり夕月を呼ぶが夕月さえも黙ったまま答えてくれない。しかし、下を向いたまま黙った三人とは違い夕月は俺のほうを強く見て黙っている。俺には夕月が俺のほうを見たまま反応してくれない理由の真実はわからないが、三人を俺自身の力で元に戻せというメッセージだと勝手に受け取った。


「不思議沢!アレ、ライト貸してくれ」


「はい、どうぞ・・・」


俺がそう言うと不思議沢が小さな返事とともに俺にライト渡す。終始無言で貫き通す気はなかったらしいが、重い空気のままなのは他の二人と変わらなかった。


「見てくれ!お化け」


ライトを使ったありきたりなギャグでみんなのツッコミを誘ったが失敗した。それどころか俺自身黙りそうになってしまう。


 「あ、あのさ、まあとりあえずさ、戸口が持ってきてくれたこの巨大な氷を使ってみんなでかき氷でも食おうぜ。季節はかき氷に適していないけどさ」


「「「・・・・」」」


皆で打ち上げ的な雰囲気に持っていこうとしたがこれも失敗した。かき氷ではなく焼き肉のほうがよかった?などと言う場違いなボケは流石に言うことを躊躇った。


 そろそろこの体に刺さる寒さが氷柱のせいなのか重い空気のせいなのかわからなくなってきた。いい加減いつもと違いすぎて俺も辛く、泣きたくなってくる。今までずっと笑っていたメンバーがいきなり黙ってしまうとここまで心に来るものがあるのかと痛感する。


「あ、あのさ。流石にこの状態はおかしくないか?もう十分は余裕で経ってしまったぞ?ここまで静かになる事なんて今までなかったじゃないか。なあ、誰でもいいからさ、俺に説明してくれよ。こうなった原因には夕月に負けた以外の理由が何かあるんだろ?」


もう何をやっても無駄だと思った俺は素直に全てを聞くことにした。いくら落ち込んでいても説明ぐらいはしてくれる人間であることはわかっているのでその優しさに期待する。


「あ、ああ。喜代村よ。お前にはこの状況がわからんだろうな・・・俺たちも似たようなものだ・・・・納得がいかない。ちくしょう・・・チクショウッッ!!」


俺の訴えにようやく薪下が答えてくれたかと思えば突如叫び怒りを露わにする。驚きのあまり薪下の顔を注視するとこれまで表情が全くなかった顔はどこにも面影がなく、目は見開き、そこから大粒の涙を零していた。


状況が理解できず、慌てて不思議沢と戸口のほうに目を向けると彼らも薪下と同じように泣いていた。


不思議沢はずぴーずぴーと鼻水を出しながら顔中ぐしゃぐしゃにして。手に持っていたハンカチ一枚では到底拭いきれる量ではない鼻水と涙をこぼしている。


戸口は普段とうってかわり、静かに、顔を右腕で隠すようにして泣いていた。さらに上を向いているため泣いているかどうかは一見するとわからないがよく見るとその袖が濡れていることから泣いているとわかった。


「悔しい・・・・うぐっ、悔しい・・・くそぅ・・・」


「うっ、まぁまぁ・・・少し落ち着きましょう」


「落ち着けるわけないだろ!!俺は・・・俺たちは負けちゃいけない戦いに負けたんだ!!そのことが悔しい・・・そして、何より・・・・何も喜代村に伝えられないのが何よりも悔しい!!!チクショウ・・・・ちくしょうぅぅ・・うぐぅ」


「おい、おい!伝えられないってどういうことだよ!泣いていてもいいからさ、俺に教えてくれよ!じゃなきゃ俺だけ仲間外れじゃないか!不思議沢!薪下!」


泣きじゃくる二人から出てきた伝えられないというワードが何を示すのか知りたい俺は二人に強く問いただす。


「・・・・・私が説明しましょう。リーダーである薪下氏がこの状態で、いつもはおしゃべりな戸口殿が黙ってしまっている・・・・本当は私も彼らのようにしていたいのですがそれだとキョム氏が混乱したままになりますので、私が説明しましょう。と言っても先ほど薪下氏が仰った通り説明できることはほぼないのですが」

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