第31話 いざ本番へ②

「見つけられない奴はそれこそ論外で見つけることができてようやくスタートラインに立てるって感じか。そんなすごい奴をいなくても探すとか言っちゃった俺が恥ずかしい。そしてそれよりも今から行うことへの不安が爆増しているのだが・・・」


「だから前にも一度聞いたじゃないか。その時にあんたが自分たちのぼろ負けでも気にしないって言ったんだよ?あたしはもう手加減せずいつものようにさせてもらうからね」


「あの時はさ、いつも通り小さな喧嘩や口論の後みたいに終わったらお互いすっきりして何もなかったかのようになると思っていたけど、あいつらの熱心な取り組みをこの目で見てしまった後だからそうなるとは少し考えづらくなっているんだよ。それこそ、部活に本気で取り組んだけど大会で負けた後みたいな空気感になりそうな気がする」


「それでも手加減はしなくていいと思っているんだろ?」


「ははっ。やっぱ夕月は俺の考えを容易に察することができるようだな。その通りだよ。前に言ったかどうかは忘れたけど失敗したら空気が重く、悪くなる可能性はあり得る。けれど必ずじゃない。でも俺がここで夕月に手加減するように頼んだことが知られたら絶対空気が悪くなるんだ。そうなれば俺もあいつらも仲良くすることが辛く苦痛になってしまう。それだけは避けたいんだ」


「本当に、彼らを大切にしているんだねぇ・・・」


「ん?まあ、そうだけど。俺が大切にしている以上にあいつらも俺のことを大切にしてくれているよ。お互いに大切にし合っているからこんな弾かれ者の集まりが生まれたのかもしれないな」


「なんだいなんだい?カッコつけちゃってさ。そういう雰囲気作りたがるお年頃なのかい?」


「きゅ、急に茶化すなよ・・・恥ずかしく感じるだろ。とにかくもういいからさ、そろそろみんなが来る時間だ。準備・・・は何もないからとりあえず俺の近くにいてくれ」


「はぁーい」


夕月が茶化したことで空気も壊れ、ちょうどいい時間だったので話はここで終わりにした。俺の指示に従う気があるのかないのかわからない夕月の間延びした声が俺の耳に届く。その余韻が消え切らないうちに彼らの足音が聞こえてくる。


 「うむ、ちょうどいい時間だな」


「そうだね薪下ー。あ、おはよー喜代村。元気にしてた?」


「おはよう、戸口、薪下・・・ってもうおはようの時間はとっくに過ぎているけどな。あと元気にしてたって言うけど午前中の授業で一緒だっただろ」


午後六時ちょうどに薪下と戸口がやってきた。二人とも緊張など欠片もないように感じられた。相変わらず戸口のボケは冴えていて、数時間ぶりに会って、少し会話しただけで大分疲れる。


「そうだねーあはは。やっぱ喜代村と話していても飽きないなー。ねぇ薪下もそう思うよね?」


「それには同意だ。飽きないということもあるが何より会話のリズムが作りやすいと感じる。いつも俺たち四人だとツッコミに回り俺たちを楽しませてくれる不思議沢がお前と二人きりの時はボケにも回る理由がよくわかる」


「えー!?そうなの!?ゲームの雑魚キャラポジの家臣の一人みたいな口調の不思議沢がボケをするのかぁ。聞いてみたいなー」


「いや不思議沢が四人の時にツッコミに回る理由は俺ではなく明らかにあなたたちにあると思うのですがね・・・」


真面目に言っているのか冗談で言っているのかわからない二人の言葉にとりあえず皮肉っぽく言っておく。それにしても戸口の言った不思議沢の口調の例、秀逸だな。


 「そう言えばだけど、不思議沢はまだいないの?」


「まあ、いつも通り二分後に来るんだろ。あいつにとって二分遅れ行動は習慣・・・と言うよりはもはや人生の一部だからな」


戸口の質問に軽く答える。メンツがメンツだし、その上理由もすべてお互い把握しているので特に気にすることもない。戸口も尋ねたというよりは確認の意味合いのほうが強いのだろう。


 「はいどうもです御三方。そしてこんばんは」


ジャスト二分遅れで不思議沢がやってくる。ここまで正確だと近くで時間になるまで待機していたのではと疑いたくなるレベルだ。


「よし、これで全員揃ったようだな。確認だが喜代村、今回最も重要となる私たちに協力してくれる妖怪・・・夕月と言ったか。その方はしっかりここらにいるのか?」


「ここらにいるというよりはもうここにいるよ。俺の隣に」


薪下の問いに答えながら俺は自分の左隣を指さす。


「よく来たね。今日はあたしも楽しみにしていたんだ。この気持ちが損なわれないようにせいぜい頑張ってちょうだいよ」


「そうか、いるのならそれでいい」


どうやら三人には夕月の姿どころか声も聞こえないらしいことがこのやり取りでわかった。


「よし、それでは準備を始めたいと思う。喜代村、夕月さんにはお前が指定の場所に行くように伝えてくれ。では各々準備に取り掛かれ」


薪下の一言で各自準備に取り掛かる。


 「ねえねえみんな、僕のこれ見てよ!」


「ん?これはただの茂みではないか」


戸口の呼びかけに各々準備のためバラバラになっていた俺たちが全員戸口のもとへ集まる。


「これはさ、実はさっき準備しといたんだけど・・・じゃじゃーん!!」


そう言って戸口が茂みの中から取り出したのは大量の氷のブロックだった。


「おお、そうか。氷をスクリーン状にすることではなく部屋の気温を下げて湯気が目立つようにすることに注力したのか。これは名案じゃないか戸口」


「でしょでしょー?いやぁ、薪下に素直に褒められるとは光栄だよー。まあこれは喜代村のおかげなんだけどね。ね?」


「えっ?え・・・そう、なのか」


戸口にいきなり言われて思うように言葉が出なかった。そもそも俺はあの場にいただけで何もしていない。強いて言えば、戸口の話の聞き役になったぐらいだ。それにあの場では氷柱を使うという案は一度も出ていない。


「喜代村、お前の活躍もあるのか。流石だぞ」


「い、いやぁ。身に覚えがないというか。本当にないんですが・・・」


「なんだそのはっきりしない感じは。まあ良い。戸口、この大量の氷柱は夕月さんと俺たちを取り囲むように配置すればいいのか?」


「そうだよー。そうすれば真ん中はキンキンになるだろうし、あとステージっぽくなってカッコいいからね!」


「了解した。では俺達も設置に協力しよう」


十本以上は軽く超えているであろう氷柱をみんなで並べることにした。夕月にも手伝ってもらおうと思ったが、氷柱が浮いている光景を見るのは三人にとってなかなかの衝撃映像となり、作戦どころではなくなる可能性が浮上したためやめた。


 「よし、こんな感じでどうだろうか」


「うん、いいと思うよー。俺の準備はこれで終わりだから後はみんなのを手伝うね」


「私はただ光を当てるだけで準備と言った準備が特にないので」


「まあ俺も。夕月にこのステージの真ん中に立ってもらうだけだし特にはないかな」


「俺はカップラーメンを食うだけだ。お湯も箸も全て持ってきている。よって緊急事態が起きない限りやることはないな」


「なんだよー。みんなそんな感じなのー?ド派手な演出とかないのー?手抜きじゃん」


自分だけしっかりとした準備をしていたことが気に食わなかったのか、暇になった戸口がぶつくさと文句を言い始める。

 

「夕月、今ステージが完成したからその真ん中に立ってくれ」


「はいよ。でも何だいこの氷の量は。寒くてたまらないよ」


「まあそれは我慢してくれ」


ステージが完成したので夕月を真ん中に立たせる。夕月は本当に寒いのか、それともふざけてなのかはわからないがずっと両手を抱え込み寒いというジェスチャーで俺に訴えかけている。


「不思議沢、薪下、夕月はもうステージの真ん中にいるからあとはお前らだけだぞ」


「了解した。では今からマル君の緑を食べるので静かにしていてくれ」


俺の呼びかけに応答した薪下がカップラーメンを食べ始める。もちろん種類は前に効果が発動したと思われる緑マル君だった。薪下がカップラーメンを食べ始める中俺たちはじっと静かに待っているため、この空間には草木が揺れて擦れる音と薪下のカップラーメンを吸うズゾゾゾゾと言う音だけが響き渡る。


 「うっ・・・・来たぞ、成功だ。この独特の冴えた感覚。前回の時と全く同じだ。よし、俺の準備は完了だ。不思議沢、用意はいいか」


「はい!もう完了しておりますぞ。あと薪下氏がポジションに着くだけです」


前回と同じく、カップラーメンを食べてから十分程経過したのち、突如薪下が口を開いた。


不思議沢は不意を突かれた形となり、少し驚いていたがすぐにいつも通りになり薪下の呼びかけに応じる。


「では皆、準備は全て整った。ようやく始められるぞ」


「夕月、薪下の言っていた通りもうすぐ始まるからよろしくな」


「任せておきなって。まああたしはいつも通りの姿でいるだけだから特別な準備は何もないんだけどねぇ」


薪下がいよいよ開始の合図を告げたので俺は夕月に最後の確認を取った。彼女の言う通り今回彼女が特に何かをするということはないのでわざわざ確認する必要もないのだが、礼儀としてするべきだと人間の俺は判断した。


 「では始める・・・・」

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