第30話 いざ本番へ

 不思議沢と二人で行った呆気ない形で終えた練習から三日後、土曜日になってしまった。時間を聞いたところ夕方の六時らしい。この時期だと六時でも十分暗いので夕方と言う表現は誤りなのかもしれない。とにかくその時間に現地集合と言うことになった。しかし俺は会場のセッティング・・・夕月を呼んだり指定の位置に彼女を配置したりなどしくてはいけないので余裕を持って一時間前に広場に着くように向かうこととした。


 約五時。詳しく言うと午後五時十分に広場に到着した。予定よりは少し遅れたがどうせ俺しかいないのであまり気にしない。とりあえずまずは今回の作戦と言う名を使った遊びに付き合ってくれる夕月を呼ばなくてはならない。


「おーい、夕月ー。いるかー」


「はいよ。って呼ばなくても普通に現れるから待ちなって。傍から見ればただ一人で大声出している人だよあんた。恥ずかしくないのかい」


妖怪特有の感知能力があるのか、夕月は呼んだらすぐに来た。夕月がいない場合を少し想定して、どうしようか悩んでいたので杞憂に終わり安心する。


「まあ、こんなところに来る人なんてこの時間いないだろうし別に気にしていないな。ところで夕月、前に相談した俺の友人たちがお前を目視するという挑戦を実行する日が今日なんだがいいか?」


「別にいつでもいいさ。答えはやる前から決まっているからね」


「そう言ってもらえると有難い。今日は無理と言われたら俺が全員にそれを伝えなければならないから面倒臭くて仕方がない。助かるよ」


「ははっ、そんな面白いことになるんだったら断っておけばよかったねぇ。損したよ。まあいいさ。でも肝心の友人たちはどこに行っちまったんだい?」


「あいつらはここに六時集合と言うことになっているからまだ来ないと思うよ。俺が早く来たのはさ」


「あたしに会いたかったからだろ?」


「違うわ!」


夕月が俺の話に被せるようにして軽口を叩いたのですぐさま否定する。その言葉を発するのと同時にそれすらも心の中で否定し訂正する。正しくは、違ってはいないが一番の理由ではない、だ。


「・・・まあいつものその揶揄いはスルーするとして俺がここに他の人より早く来た理由は俺がその作戦をするにあたっての会場作りを任されたからだ」


「会場作りって、なんか舞台だったりその装置だったりを作るのかい?」


「さすがにそんな大掛かりなことはしないって・・・ただ薪下たちが来た時に夕月がちょうど薪下の目の前に来るように配置するだけだよ」


「それならあんただけ早く来る必要はなかったんじゃないかい・・・・ああ、そういうことかい。やっぱりあたしに会いたかったんだね。けどそれを正直に言うのは恥ずかしくてってとこだろ?」


「だから違うって言ってるだろ」


そう否定しながらも自分の本意はわからずに来た。確かに夕月を配置するのはそれこそ薪下達が来てからでいいではないか。自分一人だけが来ても何も進まないし進めることはできない。


では何故俺は早く来ようと思っていたのか。会場作り、セッティングという言葉のニュアンスに引っ張られすぎてつい事前にするものだと思い込んでいたから?それもあるだろう。でも理由はそれだけなのだろうか・・・まさか夕月の言う通り俺は夕月に会いたかったのか?そう言えば昨日も夕月に会おうとしていた。


そしてそれができなくなり抑圧された分感情が高まり今日早く来てしまったと・・・十分にあり得る。と言うかそれが正解としか思えなくなってしまった。俺と言う存在の表面部分は辛うじて普段の自分を装えているが中の部分はどうやら恋色におもいっきし染まっていたらしい。それに今になって気づいた自分がとても恥ずかしい。


「あ、あのなぁ、あれだよ。もしかしたら夕月がいない可能性もあったわけだろ?それにあいつらよりも先に気づいていれば何か手を打つことができるかもと思って早く来たんだよ。まあ、それは杞憂に終わったけど」


何も考えることができなかったのでとりあえず先程考えていたことを適当に話す。少し冷静になって考えてみると俺が消えた彼女を見つけ出すことなど不可能だと容易にわかる。俺は彼女が見えるがそれは彼女が俺の前に姿を現してくれているときに限る。彼女が姿を隠していて、その状態を俺が探し出す能力は持っていない。


「それもおかしな話だ。あたしが姿を隠せばあんたに見つかることはないってのに。もしあたしが隠れちまったらあんたはどうしてたんだい」


ちょうど考えていたことを聞かれる。なんかこの感じは嫌だな。まるで逃げ道を一つずつ潰されて最後は一つの道だけが残されていくような感覚。その最後の道が夕月のことを好きと認めるという道なのだからなおさら嫌だ。


「ま、まあ。そうなったら何もできない。と、とにかくさ!俺が、あまり深く考えずに来ただけだから。気にするなよ」


「えぇー?せっかくもう少しであんたがあたしのことを好きだと認める面白い展開になったのにさ」


そうなるのを避けたいから話を断ち切ったんだよというツッコミは心の中に留めておいた。


 「あぁ、そこまで困った顔をしないでおくれよ。揶揄ったこっちが申し訳なくなるじゃないか。この話はもうやめにしようか」


自分ではあまり気づかなかったがどうやら俺は困っていたらしい。夕月が揶揄うのをやめたほどだからよほどそういう感情が顔に出ていたのだろう。


「まあ、幸い時間はとても余っているから、暇だな」


「あたしは少しあんたに聞きたいことがあったんだよ。ここ数日あんたはここに来なかったけど、って別に責めているわけじゃないよ?ただその間何をしていたのかに興味があるのさ。おそらく今日のための準備ということはわかるんだけどね」


「何をしていたかって・・・それこそ準備としか言いようがないのだが。俺は三人の練習にそれぞれ付き合っただけだけど。最初は意味不明な企画だと思っていたけど意外とそうした時間は面白かったよ」


「へぇ、呪いの類か何かを学んだのかい?それとも陰陽術かい?」


「いやそこまで本格的なことは一切学ばなかったよ。ただコーヒー飲んでカップラーメン食べて、定食を食った・・・・あれ、準備期間中碌な事していない気がする」


「あははっ、そんなんで大丈夫かい?盛り上がりの欠片もなく予想通りに終わっちまうね」


「まあ、そうなりそうな気は今でも少しするんだけどな。でも何だろう、あいつらならできるんじゃないかとも少し思ってしまうんだよ。特に準備を一緒にしてからそう思う気持ちが強くなったかな」


「ほぅ。まともな準備は全くしていないがお互いの友情は深めたから可能になると。心のほうを鍛えたわけだね」


「鍛えたっていうほどでもないけどな。まあそう言うことだ」


「そんなことであたしが見えるようになってしまったら昔の陰陽師や陰陽術に携わっていた人たちは何をしていたんだろうと悲しくなってしまうに違いないねぇ。彼らは元から見える人間が生業として行っていた家もあるけど毎日の特訓や秘術によって後天的に見えるようになった人間が家業として行うことも少なくなかったからねぇ。けれど大体そういう人たちは陰陽師として長く活躍することはできていなかった気がするよ」


「そんな昔の人たちとも関わりがあるのか。え、でも普通妖怪はそう言った人たちに封印や退治されたんじゃないのか?ま、まさか・・・・無敗!?」


「すごい顔で驚いているところ申し訳ないけれど、そのまさかだよ。当時からあたしは無敗だったからこの時代もこうして生きているのさ」


「ええええっっ!!!そんなことがあり得るのか!?だって有名な妖怪だって結局はみんな封印されたんだろ?詳しくないが妲己とか土蜘蛛だって最後は・・・」


「なんでまたそんな地味に有名かマイナーかわかりづらいところから名前を出すのさ・・・普通に酒呑童子とかでいいじゃないか。まあそれは置いといて彼らは有名になりすぎたんだよ。人を殺しちゃそりゃ有名になるさね。そうなったら人間が討伐にやってくるのは当たり前じゃないか。


だから退治されてしまうのさ。その点あたしは人間なんて襲わないから全く有名にならなくてね。討伐軍や有名な武将が来ることもなく済んだわけさ。まあそれでも噂が立っちまって陰陽師が呼ばれたりすることも何度かあったけどねぇ」


「はぁ。そういう理由もあるのか。でも夕月のもとにも陰陽師が来たんだろ?それには勝ったってことか?」


「まあ戦って勝ったこともあるけどさ、基本は隠れてやり過ごすのが多かったかねぇ。隠れる気が失せた時と隠れているのがバレてしまった時だけは仕方なく戦ってたよ」


「隠れている状態の夕月を見つける陰陽師って相当強かったんじゃないのか?」


「そうだねぇ、なんて言えばわかるんだろうか。わかりやすく例えて言うとあたしを見つけることさえもできない者は戦っても二秒。あたしを見つけることができた者は戦うと十秒。数字はでたらめだけど大体理解できただろう?」

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