第28話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~不思議沢~③

 「・・・では、生姜焼き定食三人前、作るので頑張ってくださいね」


「「はい!」」


たまたま俺たちの返事が被ってしまい、少し恥ずかしく感じる。それにしてもたかが二人合わせて三人前の量で応援される俺たちは鈴村さんに今までどのような人間だと思われていたのか、少し気になった。


 「はい、生姜焼き定食三つできましたよ」


数分で定食が完成されお盆に並べられる。不思議沢はさすがにお盆二つは持てないだろということで一つの皿に二人前が乗せられているためキャベツと生姜焼きの山が中央の皿に生み出されている。持ちやすくはなったがその分重さが増したお盆ができあがった。ロープを引く距離が長くなる代わりに軽くなるてこの原理に少し似ているなと思ってしまう。特に意味はないけれど。


 「では食べましょうキョム氏」


「だな」


空いているのでどこに座ってもいいのだが近くのテーブルを選びそこに陣取る。


 「はっはっはー。キョム氏はこれをすごく欲しいと言うような目つきをしておりますが残念ながらこれをあげることはできません。何故なら私が全て食べてしまうからです!」


座っていただきますをしたのと同時に何故か不思議沢がそう宣言した。


「同じもの食べるんだから全然欲しいなんて思ってないんだが。まあ頑張ってくれ、けど無理はするなよ倒れられたら俺が対処しなきゃいけないんだからな」


「そんな心配などする必要はないですな。ほら、見てくださいこのスピードを!こう話している間にもキャベツが半分ほど減っているでしょう」


「結局食べ切れるかどうかなんだからスピードは全く関係ないと思うけどな。あとその食べ方は絶対失敗だと思うぞ。後半怒涛の生姜焼きラッシュにお前が耐えられるとは到底思えない」


「そうやって無理だとか言っているキョム氏のほうは大丈夫なのですか?さっきから箸が進んでいない気がするのですが」


「いや俺は一人前だし余裕だろ。まあいいや。とりあえず完食目指してがんばれ」


 食べ始めて約十分ほど。俺は食べ終わったので不思議沢のほうを見る。するとどうだろう。彼の皿にはキャベツは見つからず残ったのは一人前以上ある生姜焼きの群れだ。好きなものを最後に取っておくタイプなら別に余裕なのだろうが不思議沢の表情を見ると真っ白に燃え尽きている。俺の予想した通りの結末になってしまったらしい。


「おい、不思議沢。生きてるか?」


「ちょ、これは・・・うぶっ・・・難敵ですな。撤退の二文字が脳裏によぎりますぞ・・・・」


「おいおい、無理だけは本当にやめろよ?お前がいつも食う量の倍は軽く超えてんだから、この皿を鈴村さんに見せればお前の努力や熱意は通じるって。な?」


「な、なにを言っている・・・のですかぁ、キョム氏は。私はまだ・・・諦めた訳では。好きなものは最後に取っておく人間なのですよ・・・・」


「その理由使うには少し無理が過ぎるだろ・・・俺が残り食うからそれでいいだろ?」


「そ、そんなことは許されませんぞ!私の後ろを見てください。ほら、鈴村さんが私を見守っているでしょう・・・」


「いや普通に洗い物してるぞ。これっぽっちもこちらに視線は向けていない。ほら、諦めろ」


「・・・・なん・・・です、と・・・・」


その言葉を最後にして不思議沢は燃え尽きた。彼は表情を全て消して残った生姜焼きの皿を見つめていた。そもそも小食な人間だから無理だとわかっていたはずなのに、よくもここまで頑張ったと思う。普段のこいつを知っている俺からすれば祝砲を放ってやりたいレベルだ。彼の敵を討つため俺は不思議沢の皿に残った生姜焼きを赤子の手をひねるかのように蹂躙していく。そうしてあっという間に食べ終わる。


「ほら、敵は討ってやったぞ」


「おぉ、有難い」


「こちらこそありがとうと言いたい」


 不思議沢の燃え尽きた心に再び火が灯るのを待つ間とりあえず俺は食器を片付けたりネットニュースを見ていたりして時間を潰した。ネットニュースもこの学食と同じようにすっからかんとしていて面白い記事や衝撃を受ける記事は特にない。無名な芸人の愛犬がバック宙をしたことがネットニュースに流れている。芸能界のことは詳しく知らないが、まだ人気のない人達はこういった大きな話題がない瞬間に少しでも自分の名前が知られる様に努力をしているのだろう。


そう言った努力は自分にはできそうにないので尊敬する。俺も以前よりは少しはできるかもしれない、しかしそれは薪下や戸口、不思議沢がいて初めてできるのだろうと心の中で思う。もし一人になったら、自分はそう言った努力ができるどころか昔よりも酷い状況に陥る気もする。昔特にどうこうあったわけじゃなく平凡なので、酷いと言っても平凡が極平凡になるぐらいだろう。それに本当に今の自分がどれほどのことができるかなど考えたこともないので本当の答えは俺でさえわからない。


今言ったのはあくまで推測や思い込みの域を出ないだろう。本当の自分は予想より色々とできる人間なのかもしれないし予想よりできない人間なのかもしれない。しかし、とりあえずフォーカードの三人がいる限りそのようなことを考える必要さえない。そう思いながらも俺は心のどこかで三人がいない世界のことを考えて少し不安になってしまった。


 俺が不思議沢の残りを食べ終えてから三十分ほど経ち、ようやく不思議沢が話せるようになるまで回復した。一応もしもの時のビニール袋を準備していたが杞憂に終わり安心する。


「い、いやぁ、疲れましたぞ」


「飯食って疲れるとか難儀な性格だな。まあお前三十分はずっと動かずに黙ってたし、そこからどれだけ疲れたかは察することができた」


「あれだけ大口を叩いておきながら情けない結果に・・・本当に面目ない」


「そう思いながらもどうせ明日になればまた鈴村さんに会いに学食行くんだろ?」


「それはもちろんですとも」


「俺はそこまであの人のこと知ろうと思ったことないから何とも言えないけど、前より話すようになったよな、鈴村さん」


「あー、確かに。言われてみればそんな感じがしますな。最初の頃は私が先ほどと同じように聞いてもすいませんまだ入ったばかりでよくわからないですの一点張りだった気がします」


「それは学食で生徒と関わる職員としてどうかと少し思うが・・・まあとにかくさ、前より話すようになったってことは少なからずお前の行動が実を結んでいるってことだろ。お前自身今回のことはあまり気にしていないと思うけどもし気にしてるんなら、こんな感じでポジティブに捉えていけば?」


「おおぉ。キョム氏に励まされるとは・・・感動ですな」


「いやなんでだよ。ところで、不思議沢も復活したところだしそろそろこれからのことを考えるか」


「これからとは?」


「え、いや、どっか行くのかーとか、このまま帰っていいのかーとか」


「ああ、そう言うことでしたら。一つ話さなければいけないことがあるのでキョム氏にお時間がおありならば私に付き合っていただきたい」


「まあ、特にないので全然いいけど。話さなければいけないことって何さ」


「あー。場所は、もう面倒なのでここでいいですね?」


「お前がここでいいなら俺もいいけど。それよりその話さなければいけないことってのがとてつもなく気になるんだが」


「まあまあ、そう焦らないでください。別に焦らずとも私は全て話しますから。とりあえず場所はここで決定と。その話の内容なのですが、実はですね。薪下氏からこのような紙をいただいたのですよ」


 そう言って不思議沢が渡してきた紙を見ると、「喜代村と二人で行動するときに喜代村に何らかのヒント、もしくは助けとなる話をすること」と書かれていた。

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