第27話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~不思議沢~②

「・・・・うん、俺にはよくわからないな。ははっ」


「やはりキョム氏もですか。薪下氏と一日行動を共にしたのでてっきり何か教えてもらっているのかと思いましたが」


「ああ、何も聞いていないからわからない。けどさ、なんだろう。曖昧でとりとめのない推測なんだけど、俺少しわかるような気がする」


「本当ですか!是非教えていただきたい」


「うん、あのさ、俺たちってもう一年以上一緒にいるだろ。それでさ、最初は自分が絶対的権力者にあることを至上の幸福だと思っていた薪下の心境に何か変化があったんじゃないのかな?仲間と何かするのも同じぐらい楽しいみたいな、さ・・・・まあ薪下は絶対自分の口からはそんなことは言わないと思うけどな」


「まさかそこまで推測するとは・・・どうやら心の変化、成長したのは薪下氏だけではなくキョム氏も同じようですな。いやぁ、友人として嬉しいですな」


そう言った不思議沢の表情は嬉しさと言うよりも悲しさのほうが強く出ている気がした。勝手に俺の親目線となっているのだろうか。


「ま、とにかく実践してみよう。なんだかんだ話しているだけで全く進めてないぞ」


 とりあえず理科の実験でやるようにライトと夕月の代用として用いるペットボトル、スクリーン役を務めるカップラーメンを一直線に並べる。凸レンズを用いていないのでどちらかというと影絵の準備に近い。


「キョム氏ー。思ったのですが妖怪は光を通すのですか?妖怪で光が止まってしまって湯気にまで光が届かないということは起きないでしょうか」


「あー、そう言うことまで詳しく聞いておくべきだったな、すまん。とりあえず今日は一直線にしておこう。本番前か本番の時に夕月に聞いてみるから変更があったらその時伝える」


「そうですか、わかりました。ではとりあえずの準備はできたのでいざ参りましょう」


 サン、ニ、イチ、ゼロと俺が言うとそのタイミングにぴったし合わせてライトをつける。


「どうだ!?」


結果は少しだけぼんやりしたものがカップラーメンの湯気に影として現れただけでそれがペットボトルの影だとわかることは不可能だった。


「うむむ、これは失敗と言えばいいのか成功と言えばいいのかどっちでしょう」


「あー、確かに判別しづらいラインだな。でも本番はこんな明るい時間帯じゃないだろうしそれに戸口の作戦もある。とりあえず光担当としては現時点で成功じゃないか?」


「まあ、そう言うことでいいのならそうしましょう・・・って私ほぼ何もしていないんですけど!?」


「俺が何も言っていないのに自分からダメージ負ってどうすんだよ。別にそれでいいだろ。俺だって何もしていないし」


「キョム氏はみんなの協力をしっかりやっていると思いますが。まあキョム氏がそう言うのならいいのでしょう」


「じゃあ、なんだかあっさり終わってしまったけど不思議沢の協力兼監視はこれで終わりと言うことで。これからどうする?飯・・・ってお前と行くとすると学食か。行く?それか解散か」


「もちろん鈴村さんに会いに行くに決まっているでしょう!そしてキョム氏がそれについて行くことも既に決まったことなのですよ」


「俺に拒否権はないのか・・・って言いたいけど俺から言い出したことだしな。んじゃ行こうか」


 あっけない実践練習を終え大学内の学食に向かった。学食にたどり着くと人はまばらだ。祝日と言う訳でなく授業がある人もいるはずなのだが明らかに人が少ない。授業を入れる曜日を調整して平日のどこかに休日を一日作るという作戦は多くの学生が取る常套手段だがここまで曜日が被ることがあるのだろうか。それか曜日によって来客人数に大きな差が存在するのか。どちらもあまり考えにくいことだがどちらかと言うと後者の方があり得そうな気がする。


 「キョム氏は食べたいものは何かありますか?」


「いや、ないけどさ・・・・」


「なら私と同じものでいいですね!」


不思議沢が俺の発言を遮って話を進める。


「ま、じゃあそれでいいです」


「鈴村さーん!」


「あ、はい。どうしましたか?」


「本日の鈴村さんのおすすめはどの料理でございますか?」


そう。不思議沢はここで飯を食べるときは毎回このように鈴村さんにおすすめを直接聞くのだ。なんでも鈴村さんが本当に食べてもらいたいと願っている料理を食べたいらしい。鈴村さんの願いとは異なる料理を食べると美味しさが半減するとかなんとか。


正直俺には全くわからない次元の話だ。好きな人の料理が一番美味しいとインタビューで言っていたカップルがいたがそれと同じような状況に不思議沢は陥っているのだろう。もちろん不思議沢の場合はカップルではなく片思いだが。


「それでしたら、入口にあるボードにある通り、生姜焼き定食がおすすめですが・・・」


「いや、私が食べたいのは学食の方の総意によって推薦された料理ではないのです。鈴村さんが私たちに、いや私に食べてもらいたい料理を私は食したいのです」


「おいおい不思議沢、さすがにそこまでグイグイ来られると相手も迷惑に思うぞ・・・」


「あ、いえ別に迷惑だとは全く思っていないので気にしなくていいですよ。本当に迷惑だと思っていたらこんなことを言い出した初日にきっぱりと言いますし。彼、不思議沢君は毎日こう聞いてくるのでもう慣れました」


「あっ、そういうものなんですか。けれどうちの不思議沢がこれまで大変迷惑をかけたと思いますのでその点は本当に申し訳ないです。しかし彼の気持ちは本物なのでそれを理解したうえでこれからも彼の対処をよろしくお願いします」


「いえいえ、まだこの職場に慣れていない私に最も真剣に何度も話しかけてきてくれるのは彼ぐらいですので。こちらこそよろしくと言いたいところですよ」


「ちょ、ちょっと!何私を差し置いて良い雰囲気になっているのですか!キョム氏!これは糾弾に値する案件ですぞ!」


「あ、ごめんなさいね不思議沢君。私のおすすめの話だったですよね。やっぱり私のおすすめも同じく生姜焼き定食です。不思議沢君も言ってくれたようにこのおすすめは私たち学食の職員の総意なので私の意見も含まれているんですよ。あとあまりこういうのは不思議沢君に失礼かなと思うのですが、今日はやたら生徒数が少なくてたくさん余ってしまったんです。ですからこの定食一つでも不思議沢君に減らしてもらえたら私としても助かるかな、と・・・」


「う、うおおぉぉぉぉぉぉ!!感動、感動しましたぞ鈴村さん!!是非、是非注文させてください。私、生姜焼き定食を今日は二つ注文させていただきます!そして隣にいるキョム氏の分も合わせて三つください!」


「おい不思議沢!お前基本小食の非力なんだからさ、無理だって二人前は!鈴村さんの前でカッコつけたいのもわかるけどさ、残すのは目に見えているんだからやめろって」


「何を言っているのですかキョム氏は。鈴村さんが私を頼ってくれるのですぞ?それに応えるのが男と言うものでしょう」


まさか不思議沢に男について語られるとは思ってもいなかったので唖然とする。恋の力と言うのはここまで人を強くするのか。それとも限界を超えるトリガーを止めるセーフティーを壊してしまうのか。どっちにしろ恋と言うものはとても恐ろしいなと感じた。


「本当に大丈夫なんですか?倒れてしまったりは・・・」


「本当に大丈夫なので安心してください!若い男が二人もいるのですぞ?定食の三人前や十人前なぞ余裕のよっちゃんですぞ!」


「まあ本人もこう言っているしどうかお願いしますよ。こいつ基本小食だけどやる気になった時は人以上に食べるはずなんで。それにもしぶっ倒れても俺が責任取るんでね」


不思議沢は明らかに虚栄を張っていたがその心意気を俺が潰してしまうのも躊躇われたため俺も嘘をついて鈴村さんを納得させる。不思議沢がスポーツ青年のような見た目だったらこんな大事にならずともすっと二人前出してくれたであろう。いや、やせの大食いは世の中意外といるか。


不思議沢がなぜ二人前すら出すことを躊躇われてしまうのか。それは毎日一人前の料理に「うっ」や「くっ」など辛そうな声をあげながら頑張って食べている姿を目撃されているからだろう。やせの大食いと対極の位置に座すふとの小食、今作った造語だが不思議沢を形容するのにぴったしな言葉だ。

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