第25話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~薪下~⑥

 「すまない、まだ聞きたいことがあった」


薪下が再び静寂を壊す。


「何なに?なんでもいいぞ。でも今食いすぎで死にそうだから深く考えることはできないからそこんとこよろしく」


「ああ、そんな難しいことではない。ただ俺たちのこの本気の遊びに付き合ってくれる心の広い妖怪はどういう方なのだろうと思ってな。別に科学者の実験報告のように細かくする必要はない、大まかな感じでいい」


「それを俺に聞くのかぁ・・・・」


「喜代村以外にそいつのことを知っている人間が俺の周りにはいないからな。お前に聞くしかないんだ」


「まあそれはそうなんだけどさ。俺も最近出会ったばかりで詳しくはよくわからないんだよ。とりあえず外見は和風美人って言葉がぴったしな妖怪だな。でも和服とは少し違う服を着ている、それがなんて言う名前の服なのかはわからないけれど。話し方は凛とした強い女性みたいな感じ。けれど基本艶やかさを前面に出した優しい感じだからそこまで怖い感じじゃないんだ。


艶やかさと強さ、一見矛盾しているように思える二つの要素が両方存在するのはやはり妖怪だからできる事なのかもしれない。事実夕月自身とても強い妖怪らしいからその強さを口調が表しているのかもな。


性格はどうだろう、少し俺を揶揄う癖があるけどそれ以外は特に問題はないはず。俺を食べる気はないって言っていたし、攻撃的だったり本能的だったりということもない。話していると妖怪であることを忘れてしまうぐらい人間と変わらないよ」


「ははっ、お前その妖怪のことになるとやたら喋るな。食いすぎでずっと黙っていた奴には到底見えないぞ。もしかして喜代村はそいつのことが好きなのか?」


「はxtぐっ!?そ、そんなわけないだろ!?」


「ほら、指摘されただけでその慌てよう。言葉にならない奇声を発するほど動揺している。これは図星と言うことだな」


「おいおいおいおい、そんな邪推はやめてくれよ。第一俺が好きになる理由がないだろ!?最初に出会った時なんて死の恐怖が脳裏をよぎった程だぞ?絶対あり得ない」


「はぁ、お前は本当に無知で悲しい人間だよ。社会の・・・・いや世界の片鱗すら掴むことができていない可哀そうな奴だ。あのな、愛って言うのはな、動機や理由なんて存在しないのだよ。そいつの持つ世界に知らぬ間に両足どっぷり漬かってしまっているのさ。


この俺だって最初はただのカップラーメンを食べる少年だったよ。それが今じゃどうだ。人生の食事のほとんどをカップラーメンに捧げ、カップラーメンという世界の細部までも知ろうとしているレベルだ。な?これが愛ってことだ」


「いや恋愛とカップラーメンへの狂愛を同じものとして語られても困るんだけど。仮にその考え方を俺に当てはめると俺は夕月のことを詳しく知りたいとは思っていないし、夕月に人生なんて欠片も捧げていないから俺は好きじゃないってことになるぞ」


「はっ、二流」


「いや何がだよ!?」


「お前は自分の感情を理解しきれていないのだ。よく考えてみろ。別に興味もない人のところへ何度も通うなどあり得ないだろ?彼女を知りたいから逢瀬を重ねる。そしてそうやって時間を彼女に捧げている。どうだ?もう認めるしかないだろ」


 薪下の力説を聞いて考えてしまう。自分がなぜ彼女と何度も交流を重ねるのか。薄々はわかっていたし、少し自覚もしていた。だがそれを言葉で形作るというのはとても勇気のいることだと思った。高揚感が身を包む中で意固地になっていた自分はその熱気にどんどん溶かされていく。だめだ、自分でもよくない方向に思考が持っていかれているのがよくわかる。


「沈黙は肯定・・・か。良い成長だ喜代村、恥ずかしがることはない」


「は、ははっ。ありがとう」


「だがな、喜代村。空気を壊すようで悪いが、その恋は世界で最も珍しいカップラーメンを入手することよりも難易度が高いぞ」


「いや普通に富士山よりも高い、とかエベレストよりも険しいって言ってくれよ。微妙なたとえ過ぎて反応しづらいから」


「うむ、今のはカップラーメン上級者にしか伝わらない例えだった。とにかくそれほど難しいってことだ。それを覚悟するんだ。もしできないのなら今のうちに諦めておけ」


「相手が妖怪だからってことか?」


「うむ、それもある。妖怪と人間。生きる時の流れが違う。それにより幾多の悲しみが襲うかもしれない。あとは生き方や文化が違う。お互い赤子や子供なら溶け込め合えたかもな。だが両者大人だろう。それぞれの環境で十何年、何百年と生きてきたのだろう。それを簡単に変えることが余裕だとは全く思えない」


「確かに。そう言った壁に阻まれることは容易に考えられるな。少し浮かれていたのかな・・・・ってまだ俺が夕月を好きだと決まったわけじゃないけど」


「あともう一つ越えなければならない壁があるぞ」


「なんだそれは?」


「うむ、少し言葉を正しく紡ぐのに時間がかかるな。少し待ってくれ」


そう言うと薪下は黙ってしまった。いつもの無表情とは違って少し苦しんでいるようだ。言葉を紡ぐから時間をくれと言うのは嘘で本当は食べすぎによる体調不良で声を出すのも辛いのではないかと思い急いで薬を取りに行こうとしたところ、薪下に制止され、彼は再び話し出した。


 「あぁ、喜代村、お前には越えなくてはいけない壁がある。それはとてつもなく巨大な壁だ。今のお前では到底超えることなどできないレベルだ。俺と戸口、不思議沢の三人が協力したとしても不可能だ。お前が抱いている感情が恋なのか、そうでないのかを決めるのはその後だ。それをクリアしなければ何も始まらない。これが俺が今言える全てだ」


薪下の表情、口調がいつもと違って明らかに真面目だったので俺も集中して全て聞いた。戸口の話を聞き終わった後とはまた少し異なる感情が聞き終わった後の俺を覆う。正体不明の越えられない壁をゼロから探し見つけ出し、越えなくてはならない。言葉にすると理解が追い付かないし、希望が持てないがそれをやり遂げなくてはならない。そんな意味不明な使命感が俺を襲う。


「一応聞くけど、それは真面目な話?それとも冗談?」


「まずはこの話を信じてくれたこと。そしてこれを聞いても心が折れなかったこと。評価に値するぞ。その質問に答えるとしよう。答えは簡単だ。お前が本当だと信じれば事実になる。お前が戯言だと思い俺の言葉から逃げるのならば冗談となる。それだけだ」


「言い回しからして明らかに真実じゃないか。でもさっき俺たち四人で挑んでも無理って言ったよな?やってみなきゃ無理かどうかなんてわからないじゃないか。それともこれまでに挑戦したことがあったっけ?俺には四人でそんな難しいことに挑戦した記憶がないんだけど」


「よく思い出せ」


「え?もしかしてあれか?年明けてカニ食べるかエビ食べるかカップラーメン食べるかで揉めた時か?」


「あんな事は比べ物にならない」


「じゃああれか、泣いていた少女に不思議沢が声を掛けたら周囲の人に勘違いされて通報されて警察が来たときか?そして来た警察官とお前が論戦始めて周囲はさらに不審な感じになっている中戸口だけ大爆笑していた時か?」


「いや、あれも大事件だったが・・・あれと比べると、どうだろう。あの問題を一人の力で乗り越えたお前なら余裕で越えられるんじゃないかと思えてきてしまった」


「薪下が警察と戦うんじゃなくて警察を納得させることにその口を使っていたら俺があそこまで苦労することもなかったけどな」


「あれはあの警察官が不思議沢を悪と決めつけていたのが気に食わなかったから仕方がないだろう。それにお前の成長に繋がったのだから結果として俺の選んだ選択肢は正解だったわけだ」


「物は言いようだな。まあとにかくさ、あれを乗り越えることができたんだ。仮にこれから起きる災難がどれほど俺を苦しめる出来事であろうともなんとか乗り切ってみせるさ」


「ははっ、その調子だ。俺も少し気分がいい、ヒントをやろう」


「そこで答えを言わないあたり薪下らしいな」


「そう茶化すな。ヒントを言うぞ。ヒントはな・・・うむ、やはり言わない事としよう」


「は?おいおいそれはナシだろ。勿体ぶるのはよくないぞ」


「いや、よく考えたら、ここでヒントを言った場合、お前はそのヒントに心当たりがあるかどうかをこれから会う不思議沢やその夕月と言う妖怪に聞くだろう。それはお前の教育上良くない。だからやはり言わないことにしたのだ」


「はぁ、まあいいけどさ。ところで話変わるけど今日の実験はもうこれで終了なのか?」


「ああ、もう終わりだ。お前は後日暇な日でも不思議沢の様子でも見に行け。あと今日から不思議沢に会うまでの間あの妖怪と接触するのは我慢してくれ」


「はぁ、まあいいけどさ。何か理由があってのことなんだろ?」


「いや、特にはないさ。ただ俺の話を少し忘れた状態でその妖怪と交流してほしいからだけさ」


「そこまで嫌がるなら俺は絶対に夕月に壁の正体を聞いたりなんかしないけどな」


「まあ、とにかくだ。とりあえず俺の見張り兼協力役は終了。次に会うのは本番か、もしくは学校か」


「お前がさぼらない限り絶対後者だと思うけどな」


「では、私は帰らせてもらう。また会おう」


「んじゃあな」


そう言うと薪下はすっと立ち上がり、ラーメンを十種類食べた人間とは思えないほど軽やかな足取りで帰っていった。その動きがあまりにもスムーズだったので自分にもできるかと思い立ち上がろうとしたところ、胃が逆流しそうな雰囲気を感じたのですかさず動きを止める。そう言えば今回の実験で俺は薪下よりも食べたのだとこの瞬間になって再び思い出した。


 「おい、喜代村」


「ん?」


やはり立ち上がれなかったので座ったまま薪下の呼びかけに応答した。


「そういえばだ、これは俺からの感謝の印なのだが、愛に理由はなくとも出会いには必ず理由が存在すると言う言葉が世の中には存在するのだよ。ではまた」


そう言ってあいつはドアを閉めて帰っていった。


「明らかにヒントじゃねえか」


俺がこう返した時にはもうとっくにいなくなっていた。薪下でもこういうキザな感じを求めるときがあるのかと感心する。心にしっかり受け止めたがとりあえず今はまだ推測はしない。薪下が不思議沢に会うまでは夕月に会うなと言っていたことが気にかかっている為か夕月に関連していそうなこの行為もするのが躊躇われた。先ほどのヒントらしき言葉を敢えて伝えることで、とりあえず今は俺たちの遊びに集中しろと言う薪下からのメッセージなのだと受け取っておく。おそらくこれが正解だ。


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今回内容の区切れ上量が少し多くなってしまいました。

2000字で二つでもよかったんですが。

どちらがいいなど意見があったら教えてください。

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