第24話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~薪下~⑤

「そうだな。ちょっと待ってくれ・・・・・次はこれだ」


そう言って見せてきたのはあまり見覚えのないカップラーメンだった。またどこかのご当地カップラーメンなのだろうか。


「これはな、出禁ラーメン(デキンラーメン)という商品だ。鶏ガラベースの醤油味でな、一昔前に流行ったのだがここ最近はカップラーメンにも本格的な質を求める風潮が強くなっているためか昔ながらのカップラーメンである出禁ラーメンは販売数がどんどん低下してしまって今じゃめったに出会えないレアカップラーメンとなってしまった。俺はこういったジャンクオブジャンクと言うようなカップラーメンも好きなのだがな。


実はこれ三日ほどかけて色々なスーパーに行ってようやく見つけたモノなのだよ。正直早く食べたい」


「あはは。別に止めたりしないから食べ始めていいよ。どうせ俺は残りを食う役目だしな」


俺がそう言っている間に薪下は食べ始めていて、俺がそのセリフを言い終わる頃には残りがそっと置かれていた。カップラーメン業界やフードロスを掲げている人たちには申し訳ないが正直もう食べれないので俺も少しだけいただく。俺が少し減らす事ですべて残すよりは罪悪感が減るだろうという身勝手な気持ちで食べ始める。


味は醤油なのだがこれまでの商品よりも麺の食感が薪下の言う通りジャンク感が強い。ラーメンというよりは出禁ラーメンそのものを食べているといった感じだ。溶き卵のような食感は麺のコシの欠片もない。


レベルで言ったら圧倒的に負けるものの、食べているときの安心感や湧き上がる懐かしさで言えばこちらのほうが上だと思う。一昔前流行ったと言っていたがその理由が少しわかる気がした。販売数を減らすに維持していたら今どきの若い人や当時のファンがこぞって買いそうな気もするがそんな簡単にはいかない世界なのだろう。


ちなみにこれは薪下が教えてくれなかったため自分で調べた情報なのだが、出禁ラーメンの名前の由来はここまで麺を伸ばして食べる人がいたら出禁になるだろうということからその名がつけられたらしい。


 「どうだ?これが九個目なのだがそろそろ変化は・・・」


十分経ったので薪下が俺に聞いてきた。


「残念ながら変化なし。ラストの商品に期待しようか」


「だな。まあ最後は期待できる。なんてったって俺が最後にふさわしい存在と認めたカップラーメンだからな」


「ほう、それは期待大だね」


「これだ!マル君ラーメン(マルクンラーメン)だ。この商品は醤油味の赤、味噌味の黄色、塩味の緑と三色展開をしているが俺が選んだのは緑だ。理由は単純、ラスト一個となった状況でも胃に入りそうな味、それが塩だと思ったからだ!」


「おおー。マル君ラーメンか。そのカラーバリエーションから通称信号機とも呼ばれる有名なカップラーメン。これは俺も好きでよく買って食べているよ。俺は赤が好きだな」


「ふむ、色は違えど二人とも好きな商品だ。これはいける気がするぞ。というよりいってもらわなくては困るのだ。では、実食」


薪下はそう言って食べて、またいつもの態勢に移る。俺も本来なら残りを食べなくてはいけないのだが、とうに限界を超えているので薪下が食べる量よりもさらに少ない量しか食べることができなかった。残してしまう罪悪感から豆知識をまた言わせてもらうと、マル君ラーメンは当初文の最後に付ける。を使って。君ラーメンとしていたが、意味が分からない、何と読めばいいのかわからない、などと言った苦情が殺到したためマル君に変更したらしい。ここからは噂だが、今でも社員は商品名を表記するときに。君と書くらしい。


 俺たちがこれまでと変わらず、同じように待っていた時、その奇妙な事態は緑マル君を食べ終えてから十分経たずして起きた。


「おい喜代村!これは、正解だ!来たぞ!発現した!」


「ま、マジか!?ちょっと、見た感じでは変化はわからないが」


「な、なんだと?体にここまでの変化が起こっているのに外見的変化はないのか!」


「うん、本当にわからないから教えてくれよ。どういう感じの変化がお前の体に起きているのかをさ」


俺がそう言うと薪下は医者に自分の病状を説明するときと同じように俺に自身に起こっている現象について教えてくれた。


「まず何と言えばいいのかよくわからないが体が強くなった感じがするぞ!暑いとは少し違う・・・・日焼けした後の肌の感覚に近いな。あのピリピリジリジリした感覚だ。次の日皮が向けるのではないかと思ってしまうほど近い状態にある。あとやたら喉が渇くぞ、何か飲み物をくれ!」


俺は慌てて飲み物を取りに行き薪下に渡す。


「ああ、ありがとう。そうだな、この症状が当日も起こる可能性があるのなら飲料水の携帯は絶対だな。うぅむ、後目に何らかの症状があってもいいはずなのだが・・・アドレナリンによって感覚が麻痺している為か感じることはできん。本番に妖怪を見ることができるかどうかはまだわからないということだ。とりあえずこのぐらいだ、また何か起きたら報告するとしよう」


そう言い終えると渡したお茶を全て飲み干す。


 「とりあえず、俺はよかったとしか言うことができないよ」


「ああ、本当にその一言に尽きると思う。これが最後の選抜メンバーだった。もしこいつで反応が無かったら、残念ながら今回の壮大な実験は全て白紙ということになっていただろうからな」


「とりあえず、望みは繋いだってところだね」


「望み、か・・・・ああ、その通りだ。すまないが、安心してしまったせいか少し横になりたい、いいだろうか?」


「ああ、勿論だとも。俺も薪下も、今日は少し食いすぎているしな」


そう言うと二人同時に床に横たわる。本当に今日は食べすぎている、特に俺が。たとえ全部ではなかったとしても一日でカップラーメン十個を食べる人間は滅多にいない。それを自称大食いでもなんでもないただの平凡な人間が成し遂げたというのは奇跡に近い、というよりは異常だ。正直今も少し目が回っているのだがこれも平凡な人間の体の反応としては正常なのだとわかる。


 薪下も、俺より量を食べてはいないと言えど能力を発現するのに、と言うよりは発現させるためにだいぶ疲労したのだろう。漫画やアニメで見た限りの情報でしか判断できないが大体そう言った異能の力を用いるには相当な精神力を使う。それを十回も挑戦し、最後には成功させたのだ。疲れないわけがないだろう。


 「ああ、そういえば喜代村、少し聞きたいのだが」


二人で寝転がって天井を無言で見続けている不思議空間を薪下の一言が唐突に切り裂く。


「ん?なんだよ」


「これは発案者故の不安なのかもしれんが、俺はずっと失敗したくないと思いながらも失敗するかもしれないと思ってこの数日過ごしてきた。それは今も変わらない。謎の症状がカップラーメンの過剰摂取による拒絶反応かもしれないからな。結局この不安は本番やってみるまで消えることはないのだが。喜代村はこの作戦をどう思っていたんだ?」


「薪下に全く似つかわしくない思考回路だな。俺は言ったかどうか忘れたけど最初は不安だったよ。それよりも馬鹿げているとすら思っていた。だって普通の人はカップラーメンで超能力が手に入るなんて欠片も思わないからな。けどなんだろう、戸口と薪下、お前らの活躍と言うより行動か。それを見てそれまでの考え方はすごい勢いで消えていったよ。なんかさ、お前らなら絶対成功させるんだろって思えてきてさ。今もそれは同じで、あと楽しいってのがあるかな」


「ふっ、変わったな、お前も」


「はははっ、なんだろうな。戸口に言われたことが響いているのかな」


「そうか。まあ良い方向に変わったのなら俺たちも嬉しい限りだ。その調子で成長し続けたまえ」


「お前は俺の師匠か何かかよ・・・まあ、更に良くなるように頑張りますよ」


俺のこの言葉を始まりにまた静寂が訪れる。しかし、改めて反芻してみても薪下が不安という感情を持っていたのはとても不思議に感じた。彼はいつも自分の信じた道を突き進む事だけに特化した人間だ。人の気など考慮に入れないのが当たり前だった。そして俺たちもそれを不快とは感じなかった。実害が出ない限り。そうやって今まで交流してきた仲だったからまさかそんなことを考えているとは思わなかったのだ。


いつものように行動して、失敗したとしてもその原因を突き止めることだけに夢中になり俺たちは置いてけぼりを食らう。仮に失敗してもこうなると思っていた。だが今回は違う。俺にはその原因がわからない、だが薪下を初めみんながこの作戦にいつも以上に真剣に向き合っているのなら俺もそれに並べるように頑張っていかなければならないと思った。

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