第22話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~薪下~③

「次はこれだ。土岡製麺 塩の極み(ツチオカセイメン シオノキワミ)だ。これはすごいぞ。名前の通り土岡製麺という名前の製麺会社が作ったカップラーメンでな、麺のこだわりはもちろん、その麺が最大限目立つように作られた塩味のスープも素晴らしい。だがこだわりすぎた余り商品の数を多く作ることができず買う為には土岡製麺までわざわざ赴かなくてはいけないんだ。さらに値段も三百九十円とカップラーメンではありえない値段となっている」


「お、おおぅ。そのカップラーメンの値段も驚きだけどお前がそこまでハイテンションで饒舌になったのも同じぐらい驚きだよ・・・。それは置いておいて確かにそのカップラーメンは期待値が高いな。値段、入手難易度、味のどれもが聞いた限り高いし、なにより薪下が好きなやつだ」


「ああ、その通りだ。俺は土岡製麺が家から車で約一時間という比較的好立地なことからこれまで十回ほど買いに行かせてもらっているが、塩味カップラーメン部門では堂々の一位と言っても過言ではない。あの塩味がな、激しいほどの食欲と幸福感を与えてくれるのだよ。そのくせ塩スープはあくまで脇役。麺を目立たせるための材料でしかないというこの切なさがなんとも・・・」


「いいから早く食って実験に取り掛かってくれ」


薪下がひたすら語ろうとしてくるのでそれを止めて本題に無理やり戻した。一年以上交流があるがここまで自分の好みをよく語ることはなかったのでやはり驚きが強い。普通の人のように楽しそうに語るのならいいのだがこいつの場合やはり表情は無に限りなく近いのでそれがまた厄介だ。初めての経験だが、無表情で喜々として物事を語る人間を見るとどうやら人間は狂気を感じるらしい。


「うむ、少し興奮して趣旨を忘れていた。では」


薪下はそう言うと食べ始めた。もちろん少し食べるだけなのですぐ終わる・・・はずなのだがなかなか終わらず食べ続けている。


「おい、いい加減食べ終われよ。まだ二個目だぞ。そんな食べたら絶対最後のほうで地獄を見るぞ」


「いや、まだだ。せっかく自費で高級カップラーメンを買ったんだ。少し食べてお前にあげるなどできるわけないだろ」


「その気持ちはわかるけどさ、ほら、我慢して」


「無理だ!大体そんな風に真面目を気取った言い方をして本当はこの高級カップラーメンを多く食べたいだけだろ」


薪下が興奮のあまり浅慮な物言いをするが気にしていられない。カップラーメンがテーマとなっている時点でこうなることも想定できていたからだ。


「別にそんなことないって。まあ落ち着けよ。俺たちは何のためにカップラーメンを大量に食べるのか思い出せよ。な?」


「うぐっ、確かにそうだった。すまない。カップラーメンの究極体と言っても過言ではないコイツを食べることで少し我を忘れてしまっていたようだ。よし、では残りは頼んだ」


そう言って薪下は箸を置くと、先ほどと同じように窓の向こう、空なのか電柱なのかわからないがとにかく遠くをじっと見始めた。その間俺は薪下から渡されたこのカップラーメンを食べる。うん、何と言えばいいのかよくわからないがとにかく旨い。ラーメン屋さんの最も値段の高いスペシャルメニューとしてこれが出されても普通に食べてしまうレベルだ。容器がカップラーメンらしいプラスチック製だから今は気づけるだけで、店で出されたら本当に気付かない。


 俺が黙々と美味しい美味しいと心の中で言いながらこのカップラーメンを食べているうちに十分が経った。すると薪下が視線を俺に戻す。


「どうだ、何か変化は?」


「特にないかな。心なしか笑顔に見えるけど」


「最高ランクのカップラーメンを食べても駄目だというのか。少し目元が熱いと感じるのだがどうなっている?」


「うーん、見る限り変化はないな。カップラーメンに感動して泣きそうになっているだけじゃないか?」


「・・・そうか、では次に行こう」


 薪下が次に用意したのは何度も見たことはあるが購入することはあまりない商品だった。


「これはわかめラーメンだ」


「うん、わかってるけどさ。もうちょっと説明とかないの?じゃないとさっきの品との格差がありすぎてついていけなくなりそうなんだが」


「あるわけないだろ。普通にどこでも買えるわかめラーメンだぞ。店頭での目撃率だけで言えば一食ラーメンのほうがわずかに高いという情報は必要か?」


「それこそ要らない情報だよ・・・俺が聞きたいのはさ、このわかめラーメンが選抜メンバーに選ばれた理由だよ。ありきたりというか普及率が高いというか。有名カップラーメン枠としては一食ラーメンで十分な気がするし、味も一食ラーメンと同じ醤油。正直これを入れたのはミスなんじゃないか?」


「喜代村がそこまで真摯に考えているとは・・・嬉しい限りだ。ではその気概に応じてしっかり答えてやろう。理由一つ、わかめだ。このわかめがあるとないとでは大きな違いが存在すると考えている。事実この二つのカップラーメンはどちらも需要があるからどの店頭でも並べられているんだ。つまりわかめを求めている客と求めていない客の両方が存在するということだ。ならば、そのわかめを含めて考えずに実験するというのもおかしな話だろう」


「言われてみれば確かにそうだな。うん。今まで全く考えてこなかったが、改めてそう言った状況を考えると薪下の言っていることは正しいかもしれないな」


「もういいか?早く実験に移りたい」


「ああ、いいぞ」


 薪下は俺の言葉を聞き終えると黙って食べ始めた。なぜかはわからないが箸で掴む際のわかめと麺のバランスが完璧に思えるのは薪下がその技術を有しているからか、それとも俺がこの時間でカップラーメンについての知識を着々と身につけているからなのか。


 そうして二口食べ、箸を置いた。その後同じく遠くを見つめる。その間に俺は残りを食べる。三回目にしてカップラーメンとこの光景に慣れ、飽きてしまった自分がいる。


 「うむ、喜代村。確認してくれ。と言ってもおそらく変化はないだろうが」


「その通りです薪下さん。変化ゼロだ」


「だろうな。次に行くぞ。あと少し提案があるのだが」


「何?」


「うむ、この先あと七回同じくだりが続くわけだ。さすがに毎回話すことも厳しくなるだろう。そこでだ、紹介などはなくしてもいいか?」


「おいおい、それこそ地獄の光景が無音で繰り返されるだけだろ。さすがに紹介がないとやってられないぞこれ。主に俺が」


「・・・そうか、ならこのまま続けよう。次はこれだ」


そう言って次に出してきたのは容器の真ん中に大きく竜の字が書かれたカップラーメンだった。


「これはわかると思うがここの近くの町のご当地ラーメンだ。その名も竜王ラーメン(リュウオウラーメン)。竜王町で作られたラーメンは全て竜王ラーメンになるらしいので味は店ごとでまばらだ。しかし幸いなことにカップラーメン化されているのはこれだけなので全てをコンプリートする必要はないな」


「はは、確かにそれはありがたいね。それにこれは俺たちは特に食べ慣れてるから地元補正みたいな感じで能力発動するかもな」


「だな、それに期待しよう」


そして全く同じように少し食べて箸を置き、その後遠くを見つめる作業に移る。俺はその間に残りの竜王ラーメンを食べる。カップラーメンとして食べるのは初めてなので少し面白い感じがした。味は竜王ラーメンでは多数派を占める醤油味。実際に食べに行ったことはない店が出していた。


 「うむ、十分経ったな。どうだ、何か変化はあるか?」


「残念ながらこれもハズレだったようだね。何も変化はないよ」



「竜王ラーメンでも発動しないか・・・いよいよ今回の作戦に暗雲が立ち込めて来たな」


「まあ、元から薪下のその発動するかわからない能力に頼り切った作戦だからな」


「まあいい、まだ六個も残っている。気にせず次に行こう」

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