第21話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~薪下~②

「・・・・・どうするのさ」


俺の呆れた感情を隠しきれなかった言葉から、少しの間俺たちの間に静寂が生まれた。おそらく彼は自分の作戦ばかりに囚われてここまで考えていなかったのだろう。その証拠に、普段から貫き通している無を体現したような顔に珍しく焦りが見て取れる。ここから薪下がどのような一手を打つのか、いつもの立場がアレなだけにとても興味を持つ。さあ、

どう来るんだい薪下君!


「・・・・はっ、ははっ、ははははははっ!良いところに視点を向けるではないか!実はな、それについても答えは出ているのだよ」


いきなり笑い出したのでついに本当におかしくなってしまったのかと思ったけどどうやら違ったらしい。俺に指摘されたということを認めたくないのか、とっさに嘘をついたようだ。だがそんなのは少し追及してしまえば容易に嘘だと認めざるを得なくなる。もう詰みですよ薪下君!


「へぇー。そうなのか。じゃあ教えてくれよ、その答えてやつをさ。あ、勿論全部食べ切るとかってのはナシだぞ?監視役の俺がそんな体に悪そうなことは許可しないし、何よりさっき自分で無理って言ってたしな」


澄ました顔でこう言ったものの正直どう頑張っても笑みが零れてしまいそうになる。とても悪い顔なのだろう。絶対に表には出さない様にするが。彼はもはや俺の手中で逃げ回っているに過ぎない。仕留めようと思えばいつでも仕留められる。その事実がもたらす悦楽が俺をさらに悪に仕立てようとしていた。


「では教えてやろう。だが喜代村、お前はそれでいいのか?こんな大切なことをすぐに聞いてしまっても。もっとゆっくり語りながら知りたいのなら私はそれでもいいんだぞ?」


自分が俺の思うがままになっているという自覚がないのか、それとも自覚があるが最後まで抵抗し続けようというスタンスなのか。薪下はあくまで普段の口調は崩さず俺と対話する。俺がじっくりといたぶるのが好きな人間だと思われているのか。こういう風に言って考える時間を得ようとしているのだと思うがあいにく俺にそんな趣味はない。ヒットマンの如くスタイリッシュに決めるのさ。


「いいや、どうせすぐ練習になるんだ。せっかくの時間をお無駄にしたくはないだろうから早く教えてくれよ」


「では、言おう。よく聞け喜代村・・・・」


答えを言う前に敢えて溜めを作っているのはとても好ましくない。どうせ答えなんてないのだから早くしてほしいというのが本心だ。それに薪下の顔がとても不快だ。なんだか俺が隠しているような表情と同じ表情をしている。ポーカーフェイスなのだろうがそれでは逆に焦りを隠しているのがバレバレだ。さあ、早く言うんだ。


「・・・・俺が残した分をお前が食うんだよ!!」


 薪下のこの言葉を聞いたとき俺の心の中で何か大きなものが瓦解していく音が聞こえた。パキンッタカタカタカタカタカタカタカ。その音は俺の敗北を告げると同時に俺の心に僅かに巣食った悪もろとも消し去っていった。


 「どうした喜代村。そんな呆けた顔をしても俺が導き出した答えは変わらないぞ?」


俺が完璧に勢いをなくしたことを感じ取った薪下はここぞとばかりに畳みかける。無と同時に存在できる限界の最高に悪い顔でだ。


「い、いやぁ、あのさ、それマジで言っているのか?」


「もちろんだとも。逆に尋ねるが、これ以外の答えをお前は提示することができるのか?」


「の、残せばいいんじゃないか?」


「おいおい、笑わせてくれるなよ。全部食べ切るのは禁止するくせに残すのは許すのか?それもカップラーメン十個分だ。残した量だけでも軽く五個分は超えるだろう。その量を廃棄するなど愚の骨頂だな。カップラーメンを作った会社への冒涜としか考えられない!」


「うぐっ、た、確かに」


「ほかに意見はないのか?先ほどまであれだけ元気のあった喜代村君だ。こんな誰でも思いつくような意見を出して終わりではないだろう。さぞ私が驚くようなものが来るはずだ」


もうだめだ。負けがわかった瞬間頭が凍りきっているのに、この状態で意見など出せるはずもない。今出せるとしたら自分の意見を撤回して薪下に倒れてもいいから全部食べてもらうことぐらいしか考え付かない。しかしこの意見を出したところでたいした反撃にはならないだろうし、逆に薪下に自分の意見を撤回したという部分をことごとく突かれてボロボロに言われる未来しか見えない。頭は凍って心はハチの巣、そんなのはいやだ。その結果俺の口から出た最後の言葉は


「・・・・参りました」


であった。


 「うむ、それでいいだろう。この俺にこういった戦いを挑むのはまだ早い。世の中挑戦は大事だがそれはしっかりと敵の力量を把握してからだ。ゲームのゾンビ戦法のように何度も挑むことなどリアルではできん。自分に失敗した代償が必ず及ぶからな。今回はそのことを知る貴重な時間だったということにしておけ」


明らかに世の中を語ってはいけない人間である薪下に世の中について諭された。ゲームキャラクター寄りの人間である薪下の言葉も、今の俺の頭を溶かすには十分なようだ。これが通常状態ならおそらくあまり聞く耳を持てなかっただろう。


「よし、喜代村の反省も終わったようなので本題に移ろう。喜代村、準備はいいか?」


「いやまあ、準備というよりは覚悟だろうよ。もちろんとは言いたくないけどできているよ」


「では、まず最初のカップラーメンはこれだ」


そういって出てきたのは俺も普段スーパーで見かけるやつだった。名前や見た目、味にインパクトがあるわけでなく、赤と白のいかにもカップラーメンとでも言うような配色、片手で持てるタイプの形。値段は百二十円ほど。そう言ったラーメンだ。


「これはもうわかっていると思うが、名前は一食ラーメン(イッショクラーメン)だ。このラーメンを好んで食べる人はあまりいないだろう。ただよく見かけるから買ってしまうだけだ。俺もそうだ。これを今から食べて能力を使えるか確かめるわけだが喜代村にはその際、俺の体に何か変化が起きていないかをチェックしてほしい。目や体の色が変わっていないか。髪の毛が逆立っていないか。筋骨隆々になっていないかなどを見てほしい。そういった変化があるならおそらく成功しているという証拠だろう」


そう言って薪下は黙々と一食ラーメンを食べ始めた。二、三口食べた後箸を置き遠くを見る。よくわからないがたぶん能力が発言するか否かのチェックをするタイミングなのだろうと思った俺は薪下に注目する。


「どうだ、喜代村から見て何か目立った変化あるか」


「どうだろう。とりあえず今は目立った変化はないね。食べてから能力が出るまでに少し時間がかかるんじゃないか?」


「ふむ、確かにその可能性も否定はできないな。しかし、そうなると一時間や二時間、下手したら一日待たなくてはいけない可能性もある。それは作業的に非効率だな。よし、十分待って変化がなかったらそのカップラーメンは適していないと断定しよう」


「そうだな、そうするしかないか」


 薪下の意見を採用して十分待つことにした。薪下はその時間集中していたのか一言も発さなかったので俺も仕方なく黙ったまま薪下の残した一食ラーメンを食べることにした。正直腹が減っていない状況で食べたくもないカップラーメンを食べるというのはなかなか辛い。更によく考えると狭い部屋の中で、カップラーメンを少し食べ遠くをずっと見る男と、その男をずっと見ながらカップラーメンを食べる男。第三者が今来たとしたらさぞ驚き、恐怖を抱きかねない光景だが仕方のないことなので誰も来ないことを願うしかない。


 「喜代村、時間になったぞ。変化はあるか?」


家にある時計がちょうど十分進んだのと同時に薪下に質問された。


「なんの変化もない普通におかしい男がいるだけです」


「そうか。やはり一食ラーメンでは無理か。薄々わかっていたことなので気にする必要もない。次のカップラーメンに行こう」


そう言って薪下は次のラーメンの準備をした。僅かにだが薪下が笑っているように見えたので次のカップラーメンは薪下が好きなやつなのだろうと想像できた。


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