第20話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~薪下~①
全員集まって作戦会議をしてから三日後、俺は今日薪下の練習に付き合うことになった。そして場所はここ、俺の家だ。なぜかわからないけど今日の朝いきなりメールで「今日十時 練習を開催 場所 喜代村の家」と送られてきた。
よくわからないが否定の電話を入れたとしても絶対に場所が変わることはないので諦めて時間が来るまで家で待つことにする。本来なら薪下に命じられ、薪下が俺の家に来た時用に食すカップラーメンを常備しているのだが盗聴器が入っていないかを確かめるため全て蓋を開けてしまったため今はゼロだ。このことで怒り狂っても原因はあちら側にあるのでまったく気にしないが、作戦のための練習が進まずに停滞してしまったら嫌だなとは思うので買いに行くか悩む。
そんな悩みも束の間、ブブーというチャイムの音が俺の部屋に響く。
「おい、開けろ。早く。俺だ」
ドアの向こうから常識人を装った常識から逸脱した友人の声が聞こえてくる。同時にノックする音も聞こえてくる。ノックするのならチャイム鳴らす必要なかったじゃないかと思いながらも薪下を家に入れるためにカギを開ける。
「ふむ、遅かったじゃないか」
「えぇー。ここ俺の家だし、遅いも何もない気がするんだけど・・・・」
「何を言っているんだ。俺がドアをノックする前に扉を開けるのは常識だろう。何の為に俺が最初誰も使わないであろうチャイムをわざわざ使ったのか考えればわかっただろうに」
「わかるか!それにわかったとしても時間的猶予なさすぎだろ。第一そんな厳しいルール今どきコールセンターでも存在しないぞ」
会って早々に謎の叱責が始まる。正直この始まり方は色々なパターンで何度も経験しているが薪下の表情の無さや言葉の波の無さから冗談なのか本気なのか全くわからない。仮に同じくだりが起こったとしても薪下は同じ注意をするだけで苛立ちを全く見せないので改善はしない。しないしできない。怒らないから多分冗談なのだろうと俺たち三人は思っている。
「まあいい。家に入らせろ。ちょっと荷物が重いのでな、早く降ろして楽になりたい」
そう言って背負っていたリュックを俺に見せる。登山家が好みそうなとても大きいサイズのリュックだ。おそらく練習に使うのだろうがどんな道具を持ってきたのか気になる。
「まあとりあえず座ってよ」
「うむ」
薪下を座らせ、リュックは俺が近くに置いておく。本来客には茶の一つや二つ出すものだが薪下はそうされるのを好まない。何故かと理由を聞いたことがあるが明確な理由はないらしい。よくわからないがそれからは出さないようにしている。
一度座って落ち着いたところで本題に入る。
「んで、いきなり聞くけどこれは何に使うんだ?」
「まあ見たまえ」
そう言って薪下はリュックの中身を取り出した。彼がゆっくりと一個ずつ見せていくものはカップラーメン、カップラーメン。その次もカップラーメン。そして最後は・・・カップラーメン。カップラーメンしか入っていなかった。一応リュックの中を確認したが空だった。自分がリュックを持った時には3キロほどはあると思っていたので予想外だった。もしかしてと思い空になったリュックを持ち上げてみると、予想通りさっきと同じぐらいの重量を感じた。
「どうだ?なかなかの種類をそろえてきた。味、メーカー。全く同じ商品は今回持ってきていない。というよりリュックの容量的に持ってこれなかったと言うほうが正しいな」
「うーん、一つ言ってもいいか?」
「なんだ。自由に言ってくれ」
「お、じゃあ言わせてもらうよ。お前馬鹿だな」
「ははっ、自覚はあるが敢えて肯定はしないでおこう。そう言われた原因も理解しているのでな。だが一つだけ言い訳をさせてほしい。俺の家にはこれしかリュックがなかったのだよ」
重いリュックで大量のカップラーメンを持ち運ぶか、それとも個数は減らして楽に行くか。薪下にとっては苦渋の選択だったのだろう。一般人からすれば苦渋となる要素は皆無なのだが。一般論を彼に言うだけ無駄だしそれだけ彼がやる気に満ち溢れているということなので水を差す必要もない。とりあえず俺は自分が飲む用のお茶を用意するために一度立ち上がった。
「あー、ごめん。さっきの発言はあまり気にしないでくれ。それよりさ、本題に入ろう。まずそれだよ。その十種類あるカップラーメンはどのように使うんだ?」
とりあえず用意を終え、薪下との会話に戻る。
「喜代村、お前はカップラーメンを食す以外の方法で使うことがあるのか?」
「いやないんだけどさ。だからこその質問だよ。なぜそんな多い量を持ってきたんだ。別に食べるだけなら自分用の一個もしくは二個、それに俺用を入れた最高三個で収まっただろうに」
「俺が来た目的は説明しただろ。練習だよ、練習。それ以外にない。あとお前の分もない」
「練習でそんなに使うのか?前聞いた限りだとカップラーメン食って妖怪を見る力を手に入れるための練習だろ?そんなに必要ない気がするんだが」
「はぁ。喜代村よ、お前は何もわかっていない。そのことが残念でならない。何と言えばいいのだ・・・あ、そうだ。井の中の蛙大海を知らずだ。お前は井の中の蛙だよ。いや、やはり井の中の蛙の胃の中の羽虫だな」
「いや、そう言われても対応に困るし、井の中の蛙の胃の中の羽虫は無知かどうか以前に死んでるよね」
「まあそうなのだが俺が伝えたいのはお前は無知すぎるということだ。言葉の意味で伝わらないのなら雰囲気を感じたまえ」
「えぇー。まあ頑張ってみるけど。とりあえずカップラーメンを十個持ってきた理由を俺にわかるように説明してくれ。それがわからなければ監視も協力も絶対にできない。いくら元から頭がおかしい友人だと理解していたとしてもそいつがカップラーメン十個を終始食い続けているのを見守るのは不可能だぞ。見守るどころか視界にすら入れたくないかもしれない」
井の中の蛙の胃の中の羽虫なりに正直に、冷酷に友人の力になろうという声明を発表すると、薪下は少し固まった。驚きやショックで固まったかにも思えたがこいつに限ってそんなことが起こるわけないのでおおよそ俺でも理解できるように自分の頭の中で考えていた計画を言語化している最中なのだろうと推測できた。
「ふむ、まあ簡単に言えば実験だよ。エクスペリエンスだ。俺自身カップラーメンを食べて力を纏い妖怪を目視するということを不可能だとは思っていない。だから何も考えず一つカップラーメンを手に取り、それを食べて練習するのでもいいのかもしれない。だがもしそれで能力が発現しなかったらどうだろう。それは考えずとも最悪なパターンとなる。そうなるのを防ぐために俺は十個の選抜メンバーを持ってきた。選抜と言っても好きなものだけでなく嫌いな商品、今まで興味を持たなかった商品と、偏りが出ないようにしている。こうすれば先ほど述べたミスが起こる確率は著しく下がると思われる。どうかな、これで俺が大量に持ってきた理由を理解したか?」
「まあすごくわかりやすく説明してくれてありがとう。おかげで理解することはできたんだけどさ、逆にわからないところが増えたというか根本的な疑問が解決していないというか。とにかく一つ聞きたいことがあるんだけど」
俺のこの発言を聞いた薪下はこんな丁寧に説明してもまだわからない部分があるのかと言いたげな表情で一言
「ふむ、言ってみろ」
といった。
「あのさ、十個も用意したのはいいんと思うんだが、全部食えるのか?」
俺もそう簡単に聞いた。
「うむ、食えないな。無理だ」
薪下がこれ以上なく簡単に返してきた。
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