第17話 少し学んだ俺と

 戸口の支援という名目上二人で歩き回り、喫茶店でコーヒーを飲んだ後、俺は一人で家に帰った。何も予定はないし、何かしようと思えるほど元気ではなかった。主に脳が。


二人で遊んでいたとは言え色々なことをあの時間で知ることができた。作戦のことも重要だが戸口の過去や俺自身の今まで気付かなかった面。あの数時間で得たとは思えないほどの量の情報を得た。これを放置してただ過去のことにしてしまうのはとても勿体ないと思うしそんなことはできない。だから何もせずゆっくりと情報の整理を行いたいのだが何故かできない。整理整頓をしたいのに何らかの力が働いてそれを阻止されてしまう。片付けを頑張りたいのに親に全否定された子供のような気持ちになる。まあ実際そんな親はいないのでこのように言っても理解できない人がほとんどであろう。


それでいい。俺自身も今自分に起きている現象が理解できていないから。あくまで俺の推測なので正しいのかはわからないが一日に得た情報の密度があまりに高すぎるため脳がショートしているのではないかと思う。今思えば、戸口の天才的な発想の作戦で一ダウン。突如知ることになった戸口の重要な過去で二ダウン。そして自分でも気づかなかった自分のことで三ダウン。ボクシングの試合ならTKO負けが通告されてもいいはずだ。そう思うと、それを一人で整理することは難しいと容易にわかったので家を飛び出し少し歩きながらゆっくりと消化していく作戦に変更した。


 やはりというべきか少し歩いた先に待っていたのはいつもの広場であった。何も意識せずに歩き始めると歩きなれたコースになってしまうのか。それかこの広場に着くまでのコースが考え事をしながら歩くのに適しているコースなのか。それともその二つの原因が合わさった結果なのか。とにかくここに着いてしまった。


ここに来ると夕月が必ずいるので正直考え事には適さない。彼女は考え事を妨害する側の存在なので厄介だ。もう少し静かで淑やかな妖怪だったらその知性を使って色々と相談に乗ってくれたかもしれないが彼女は少し脳筋の節がある。一応自称上級妖怪なので知的戦略を立てずとも勝つことができるためこうなってしまうのも仕方ないがもう少し、何と言えばいいのだろう・・・・。とにかく、正直に言わせてもらうと揶揄われたくない。恥ずかしい。嫌だ。


 中学生ぐらいまでだったら異性に揶揄われても、話のタネになるのでいいやと思えただろう。それがきっかけになって恋愛に発展するかもしれないというしょうもない打算も働いている可能性もある。しかし、高校、大学となって次第に男としての意地、プライドが少しずつ身についてくる。そうなると、異性に揶揄われた時に「男である俺が会話の主導権を握らなくてはいけないのに女子に完璧にリードされてしまっている・・・」といった今では少し性差別とも捉えられる考え方に囚われてしまう。


なので夕月と話していても度々この何とも言えないこそばゆいような悔しさを感じる。これが続いてしまっては正直思考の整理どころではなくなってしまうので勘弁願いたい。と言う訳なので歩きながら全く整理できなかったが仕方なく帰ろうとしたところ


「おやまあ、せっかくここまで来たのにあたしに会わずに帰ってしまうのかい?」


・・・捕まってしまった。


「あはははは・・・」


とりあえず違和感しかない対応で何とか煙に巻くことに挑戦する。これですんなりと返してくれたら有難いと逆に感謝できるレベルだが。


「なんだいそのつれない態度は?まさか本当に帰るつもりだったのかい?」


勿論その通りでございます。何せ私は今考え事をしておりましてね。貴方と戯れている余裕はないんですよ。こう簡単に言えたらどれだけ楽なことか。俺は今この感情を妖怪に向けているが俺よりしっかりと生きている人たちは会社の上司や学校の先輩に向けているという人も多いかもしれない。思っていることがあったら圧力に屈せず言えばいいのにと今まで思っていたが自分も同じような状況に遭遇して彼らの考えが痛いほどわかった。そんなことを言ってしまった日には、消えるという未来が待っているだけだ。まあ俺の場合社会からの抹殺ではなく現世からの抹殺になるが。


「え、えーっと。俺ちょうど今考え事している最中でさ、一人でゆっくりと考えたいと言うか何と言うか・・・」


「へぇ。そうなのかい。じゃあなんでわざわざあたしがいるここに来たんだい?」


「それは俺もよくわからなくて。考え事したくて歩いていたらここにたどり着いちゃっただけで、特に理由はなく」


「ふーん、本当に偶然かい?心のどっかで自分一人じゃ解決するのは無理だと思ってるんじゃないかい?」


何故夕月はこういう時に勘が鋭いのか。やはり強い妖怪だから独自の気の察知や相手の僅かな変化も察知できる器官があるのだろうか。確かに俺は一人で部屋で考えることを諦めたから外に出たのだが心中で誰かに出会って助けてもらおうとしていたのかもしれない。たぶんそうだ。これを本人よりも先に知覚できる夕月はやはりすごいと思う。そして、これもたぶんだが俺はそんな夕月に助けてもらおうと思っていたのかもしれない。


「あ、あぁ。そうなのかもしれないな。ありがとうな夕月、お前に教えてもらわなきゃ普通にこのまま帰ってたかもしれない」


「やけに素直だねぇ。なんかあったのかい?」


「あったよ。そのことでさ、夕月に頼みがあるんだ」


「なんだい?あたしにできることがあったら手伝うよ。と言ってもできないことなんてほぼないんだけどねぇ」


「ははは。それは頼りになるな。まあそこまで難しい話じゃないよ。たださ、俺の話を聞いてくれないか?そしてさ、俺が求めてる答えってのがあるんならそれを俺に教えてくれないか?」


「それは簡単なことだねぇ。勿論さ。さあ話してみな」


そう言うと夕月は目を閉じてそっと聞く態勢に移る。俺がよほど深刻そうな顔をしているのか、いつもの揶揄いはほとんどなくすんなりと協力してくれる。おかげで俺も煩わしさを感じることがなく話せるのでとてもありがたい。話し終わった後に対価を要求されるのかもしれないという恐怖はほんの少しあるが。


「あのさ、今日の昼間の話なんだけど、俺夕月を見るための作戦の練習をするってことで友達の一人と一日を過ごしたんだよ。それでそいつの作戦ってどんな作戦なんだろうって思ってたらさ、予想より単純で下手したら小学生でもできるようなことだったんだよな。


そんな単純なものなのに俺は教えてもらうまで全く考え付きもしなくてさ、俺ってショボいなって。んでその後にそいつと店に入って話したんだ。内容はそいつの過去の話なんだけど、大切な人が消えたっていう結構重い話だったんだよ。俺その衝撃に負けてぼーっとしちゃってさ。そいつはいつもおちゃらけているからまさかそいつからそんな暗い話が出るとは思ってもなかったのかも。そいつはその大切な人の死について思い悩んでたよ。んでその時思ったんだ。


もしかしたら俺が見ていたそいつはその事件によって変わってしまった後のそいつなんじゃないかって。もしその事件がなければそいつは俺なんかと仲良くせず、その大事な人と毎日を楽しんでたんじゃないかって。俺が今見ているそいつは本当のそいつじゃないのかもしれないって。


それで最後に何故か俺の話になったんだよな。俺が素を出していないとかなんとか。んで話の結果最終的に素を出さなくてもいいとか言ってくるんだよ。なんか素を出しても出さなくても俺には変わりないとか言ってた。まあ、嬉しかったよな。あーだめだ。自分でも全く整理ついてないからか起きた出来事全部話してるだけになった。本当にすまない。答えを教えてくれとか言っちゃったけど無理しなくていいぞ」

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