第16話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~戸口~⑥

戸口が思っていることを教えてくれた。まさか自分が周りを不安にさせているとは全く思いもしなかった。それと同時に感じた戸口たちの優しさ。どんな自分でも受け入れてくれるという発言がたまらなく心に染みる。あぁ本当にこのメンバーと一緒になれてよかったという思いが自然とイエスアイドゥーという言葉になって現れる。


「へっへっへー。いい顔をしてるね。それなら大丈夫だよ。喜代村は本当に人のこと見すぎだから。そゆとこ良くないよ?僕を見習って自由に楽しまなきゃね!」


「まあそうなんだけどな。けどさすがにお前ほど自由にしていたら周りに影響出るからやめとくわ。特に不思議沢が泣き出す。ただでさえ身勝手な赤ちゃん二人のおもりしてるのに、それに俺が加わったら耐えられないだろ」


「おい!僕と薪下は赤ちゃんじゃないぞ!」


「身勝手の部分は否定しないのか」


「そりゃそうさ。自覚あるもの。そ、れ、に!今喜代村は僕にそういうこと言える立場じゃないよ!僕は喜代村の心の枷を外してやった恩人なんだから」


「自分で言ったら意味がなくなる気もするけどな。あとちょっと前まで隠さずに何でも言えって言ったのは誰だっけか」


「くぅっ。喜代村らしくないうまい返しだな。確かに僕が言ったんだった。なら許すこととするよ」


「発言を撤回しただけで態度は恩人のままなんだな」


「それぐらいはいいでしょー?」


「まあ、好きにしてくれ」


「んじゃこのままで」


こうしてひとしきり予定調和のような会話を終えると、お互い疲れたのか、おかわりのコーヒーを注文する。


 「すいませーん!コーヒーおかわりー」


戸口が呼ぶと、カウンターにいた店主はゆっくりと腰を上げこちらにやってくる。


「ふむ、いい顔になったね。少年よ」


「お、俺のことですか!?」


いきなり注文とは全く関係ないことを話しかけられ対応が遅れる。


「もちろん、君もさ。ただね、君たちの二人ともいい顔になったと私は思うよ」


「えっ?僕もー?やったー。なんでだろう。カフェインを取ったからかなぁ」


「はははっ。笑わせてくれる。そんな訳ないだろう。それに原因は君たちが最も理解しているのではないかね?それこそ、私が答える必要のないまでに」


「すっごいねマスター!大正解だよ」


「一応長い間この店のマスターとしてやっているからね。客の心境の変化には機敏なのさ」


「へー、そういうもんなのか。あっ、僕たちさっきと同じコーヒー欲しいから呼んだんだよ、忘れてた」


「では、ブレンド二つ。しばしお待ちを」


そう言うと店主はまたコーヒーを作りに戻っていった。よくわからないがすごい人なのかもしれないと感じた。俺と同じで表情をよく見てしまう人なのかもしれないが、その動機が明らかに違う。具体的にどういう言葉を使えばいいのかわからないが、相手のために表情を見ているのだと思う。その人の表情や雰囲気から心境を察してその人にピッタリのコーヒーを作るのだろう。


プロの技だ。俺はたぶん自分のために人の表情を見ている。そうでなければあの人が堂々と振る舞える理由がない。彼を見て少し自分のことがわかった気がした。


 「喜代村ー、これ見てよ。これ」


戸口がそう言ってポケットから取り出したのは一枚の紙きれだった。そこには一言「喜代村とその妖怪の関係を聞く」と書かれていた。


「これさー、僕が忘れないように書いといたやつなんだ。前に不思議沢が激怒した時のこと覚えてる?」


「ああもちろん。火種だったのを火炎にレベルアップさせたのはお前だけどな」


「あははー。そういうこと言うなよ。あの時はさすがに反省したよ。まあそのあとさ、やっぱりその相手の存在を知りたくなったんだよ僕は」


「妖怪ってもうわかったからいいじゃないか」


「いやそういうことじゃないんだよ。喜代村とその妖怪の関係性が知りたいんだよー」


「関係性か・・・」


自分でそういった後少し考える。自分と夕月の関係性とは何だろう。うむ、全くわからない。たまたま出会って、話して、人じゃないことを知った。それからも話して、俺たちの遊びにも付き合ってくれて。


「・・・よくわからないけれど、面白い話し相手、ってところかな」


「それじゃなんもわかんないよー!もっとあるでしょ?敵とか、恋人とか。ないの?」


「いやだからわかってたら言うって。わからないからこういう答えになってるんだ」


「なんだそれ。意味が分からないなぁ。まあいいや、妖怪さんから詳しく聞けばいいことさ」


「まあ頑張ってくれよ」


「またもお話の途中すまないね。新しいのができたところさ」


 店主さんがコーヒーを持ってやってきたのでこの話はこれで終わりとなった。正直答えが出てないので何も話せないのだが。戸口はやはり不満気で、なにやら一人で駄々をこねていたが無視をしてコーヒーを飲んだ。最初に飲んだ時より苦みが少なく、飲みやすいように感じた。もしかしたらあの店主は本当にそういった力の持ち主なのかもしれないと少し思ってしまい、少し笑ってしまった。

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