第15話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~戸口~⑤

 ゆっくりとコーヒーを飲む。予想より冷たくなっている。それでも飲む。今俺がすることは後悔することではなく、もう二度と後悔している戸口をその深淵に行かせないようにすることだ。せっかく戸口が話し出してくれたのだ。どうせなら全て吐き出させてすっきりさせてやりたい。


「戸口、戻ってこい」


「あっ、ごめんね。ちょっと考えてたよ」


「いや、俺も悪いから気にするな」


「うん、でも本当に喜代村にこのことを話せてよかったよ」


「もういいのか?どうせなら全部言っていいんだぞ」


「そうだねー。でもさ、あの時の僕が毎日つまらなさそうにしていた原因って主にこの事件のせいなんだよね。あとはそれに付随して生まれたって感じかな?」


「付随ってことは、さらに嫌なことが起きたのか?」


「流石にそれはないかな。あんなことが連続して起きたら僕は今頃本当に廃人になってたよ。こんな風には到底いられなかった。たださ、僕はこんな重大なことを抱えてるのに、なんで僕の周りにいる人はそれを察してくれないで自分の欲を満たす為の行動ばかりしてるんだろって思っちゃってさ。


そう思い始めてからは本当に周りにいる人たちが煩わしく感じてきちゃったんだ。今思えばそれって自分勝手だよね。あの女子は僕の気持ちなんて読み取れるわけないんだし。それに自分の思いを必死に伝えようとしてたんだよね、たぶん。それをあんな感じで邪険に扱っちゃった僕のほうが悪人だよ」


「いや、確かに女子連中からすれば性格の悪い男に思えたかもしれないが。本当に戸口のことを好きな人の集まりだったら気持ちをわずかでも汲み取ろうという姿勢は見せたはずだし・・・・あの秋のような出来事には至らなかったはずだろ。だからお前が彼女たちを気にする必要はない」


「はははっ。あの秋の出来事、か。面白かったなぁ。僕が薪下のカップラーメンを奪おうとしたんだよね?」


「そうそう、あの出来事は今でも忘れられないな。薪下以外の現場にいた奴はみんながみんな同じ表情を浮かべていたぞ」


「そんなに衝撃的だったかなー。僕的には普通の出来事だと思うんだけどね。まあ、ずっと静かな奴がいきなり大声出してカップラーメンに走っていったらそうなるか。あの後見た女子の目は今でも忘れられないなぁ。驚きもあっただろうけど、蔑むような、汚物を見るかのような目をしてたよ」


「まあ、俺も見てしまったけど本当に人間がしてはいけない目をしてたよな。まあそのおかげでお前がこの輪に入った時も素直に受け入れることができたんだけどな。もし彼女たちが本当にお前のことが好きだったら俺たちはお前を入れてなかったかもしれない」


「えーっ、なんで?実は嫌いとか?僕がかわいそうだから仲良しになったとか?」


「そんなわけないだろ、落ち着いてくれ。いや普通に考えてみてくれよ。お前はその時までは周囲の評価が高い側の人間だったんだぞ?そんな奴が俺たちと過ごしてみろ。お前に被害が出るのは火を見るよりも明らかだ。だからさ、あの時だけで関係は終わりって可能性もあったかもしれないけど、取り巻きの目や発言のおかげでその可能性は消えたよ」


「まさか、最後の最後で彼女たちが僕に幸せをもたらしてくれるとはねー」


「あれは明らかにそんなキレイな心から生まれた行動とは思えないけどな。明らかに素だろ」


「素ねぇ。素、かぁ」


 一通りの戸口の本心や当時の話・・・半分取り巻きの悪口のようにもなってしまっていたが。それを話し終えた後、俺の素という言葉に取りつかれたのか、素という単語をつぶやきながら戸口はまた考え事を始めた。今回は素という単語から何に発展していくのか全く想像がつかないのでむやみに止めることもできない。だから俺は、完全に冷え切ったコーヒーを飲みながら戸口の次の言葉を待った。


 「あのさぁ喜代村」


少し待つと戸口から言葉が発せられた。短く、切るような口調で。


「ん?どうした」


俺も何故か戸口に釣られて短くなってしまう。


「素って言葉で思ったんだけど、というか思い出したんだけど、喜代村って僕たちに素を出してる?それとも隠してる?」


「なんだよいきなり・・・そう言われても、わからないよ。本当に」


なんだか戸口の質問にはぐらかしたみたいになっているがこれは本心だ。しっかりとキャラ作りをしているのなら素を出してはいないと正直に言えたがそんなことはしていない。だが今の俺が素であるとは自分でも言い切れない。無意識のうちに接する相手によって人柄が変わっている。よくあることだと思うがそれが今働いている可能性を否定できない。だからああいう答えになってしまった。戸口には申し訳なく思う。


「あー。やっぱそういう感じかぁ。うわぁ」


「そういう感じってどういう感じだよ。教えてくれよ。それと友人にマジトーンのうわぁはナシだと思うんだが」


「いや喜代村を責めているわけじゃないよ。これは本当。ただ今の発言で喜代村が無自覚のうちに素を隠してしまっているという説が濃厚になったわけ」


「なんだそれ。そんな芸当が俺にできるわけないだろ」


「だから無自覚って言ってるでしょ?喜代村自身はわからないんだよ」


「だ、だけどさ。なんでそういう風に言い切れるんだ?」


「うーん、言い切ってはいないんだけどね。今から教えるよ。喜代村ってさ、普段僕たち四人組で話してる時もよくぼーっとしてるんだよね。僕はそのことに気づいてしまったわけ。まあたぶん僕より付き合いの長い二人はとっくにそのことを知ってたかもね。


それでさ、最初の頃は何か考え事をしてるのかなー?とか、具合悪いのかなー?って思ってたんだ。でもそれがずぅーっと続くからおかしいと思い始めたんだ。


それからよく喜代村のその癖を観察してたんだけどどうやら自分を含めた四人の誰かが話してる時によく現れるの。それ以外のみんなで遊んでる時やご飯食べてるときはほぼ出ないんだよ。全然答えがわからなくてずっと考えてたんだけどその答えが今日二人きりになってわかった気がしたんだ」


「それが、俺が素を無意識に隠してると?」


「そゆこと!隠してるのが素なのか、それともただ言い止まっただけの言葉なのか。詳しいところはわからないけど喜代村は何か隠してるんだよ。でも辛そうにもしてないし、表情に変化がないから本人はそれを自覚できていないと予測したのさ」


「そうか・・・・うん、そうなのかもな。戸口に言われるとなんか説得力があって否定できないよ」


 戸口の言葉に対してはっきりとした否定ができなかった。理由はわからないけれど、何らかの力が働き否定できなかった。もしかしたら自分は知らないうちに素を隠しているのではないかと思い始めてくる。自分の本当の感情は現在全く対照的なのかもしれないと思い始めるととても怖く感じる。


約二年間、三人に偽りの自分を見せ続けていた。そんな罪悪感が湧いてくる。その気持ちが派生して自分は本心をさらけ出してしまったら三人に嫌われてしまうのではないかという不安が生まれる。気持ち悪いいくつもの感情がぐちゃぐちゃになって自分の胸を占領する。


「まあきっぱりと否定しなくてもいいよ」


「否定しなくても、いい?」


戸口の言葉を疑問に感じる。普通友達に何か隠しごとをされるのは嫌だろう。ましてや貴方には本心を見せずに接していますと言われて不快にならない人はいないはずだ。


「別に本心を出してほしくないわけじゃないよ?もちろん出せるときが来たら全然出してもらって構わない。ただ、僕たちは喜代村が素を出す出さない関係なく仲良しだよ。どっちの喜代村も余裕で受け入れる。まあ今までフォーカードとして仲良くやってこれたんだから当たり前か。


だからさ、なんかあったら全然僕たちに言っちゃっていいから。その代わり、今までぼーっとしてる時に実は言いたいことがあったんだけど僕たちのことを考えて我慢してるって言うのならやめてほしいな。ドゥーユーアンダスタン?」


「・・・・イエス。アイドゥー・・・・」

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