第13話 いざ本番へ・・・行く前に練習 ~戸口~③
戸口が過去に一度だけ行った経験があるという喫茶店に向かってから約三十分。戸口がどうしても徒歩がいい。徒歩が無理なら俺はここを動かない。やっぱそこのコンビニから動かない。などと言いだした為終始歩き続けることになった。
戸口が急に立ち止まったので見てみると喫茶店があった。戸口の様子を見る限りおそらくだがここが戸口の言っていた前に一度だけ来たことがある喫茶店なのだろう。戸口のことだから特別深い事情はなくただここで立ち止まったと言う理由も考えることもできるがそのような事を考え始めたらきりがなくなってしまうので封じる。
仮にもしそれが事実だったとしても有無を言わせぬ圧力でこの喫茶店に入ってしまえば関係ない。一度だけ行ったことのある喫茶店から一度も行ったことのない喫茶店にゴールが変わるだけだ。
店に入ると客はほとんどおらずガラガラだった。カウンター五席、テーブル四卓の狭くはないが広くはない喫茶店だ。カウンターの前には店主と思われる英国紳士という言葉がぴったし当てはまる老齢の男性がいた。白いひげを生やしカシャッという音を立てレンズが動きそうな丸眼鏡をつけ、燕尾服を着て黙々とカップを磨いている。
たぶん日本で最も英国紳士に近い男性として紹介しても差し支えないだろう。この人が注文を取りに来た時に流暢なイギリス英語を話したとしても違和感はない。その時はおぼつかない英語でぼそぼそと注文することになるだろうが。
店主の話はこれぐらいにして次に、細かいところを見ていくとなかなか面白いものがたくさんある。
まず、本格的なコーヒーを売る店には必ずあるコーヒーをコポコポする機械。俺自身テレビで見たことしかない為この機械が何をするために存在しているのか知らないが、このコポコポマシーンがある店は必ず本格派コーヒーをウリにしている。
それに、コーヒーについて知識がない人でもコポコポマシーンがあるとこの店は本格派だなと理解できる。いわば、この機械が信頼を寄せるための品質保証書として存在するのだ。
そして様々な種類があるカップと皿、いろいろな産地が書かれたコーヒー豆の入った袋。テレビで喫茶店を始める人の多くはコーヒーが好きで始めたか、カップが好きで始めたかと見た。その情報をもとにして考えるとこの店は、カップと皿だけで店の後ろの棚がほとんど埋まっているし、豆も一、二種類ではなく、十種類以上は確実にある。つまり、相当この世界にハマっている人であるということだ。そのような人が作るコーヒーが不味いわけがないだろう。
なぜここまで素晴らしい店がガラガラなのか不思議になる。もしかして、店主は実は凝り性なだけであってコーヒーを入れる実力はそれほどなのではないかという怖い考えが脳裏をよぎったがもしそれが本当だった場合、もう店に足を踏み入れてしまったので回避できないので諦めるしかない。それに、俺は味覚音痴でコーヒーの良し悪しなどわかるわけもないので雰囲気さえ楽しめればいい。
この俺でも飲めないレベルのコーヒーが出てきた場合は戸口にあげればいい。戸口のことだから何飲んでも「うまー」ってなるだろう。もしかしたら正直に「まずっ!」って言ってしまうかもしれないけど、その時は適切な評価として店主に聞いてもらうことにしよう。
「うー。久しぶりに来たけどいい店だね」
「戸口、お前はここにいつぶりに来たんだ?」
「えー。そんなの覚えてないよ。小さいころだね、たぶん」
「それなのによくここまで道を間違えず来れたな」
「なんでだろうね。それは僕にもわからないや。たまたまでしょ」
「お前ならあり得そうで怖い」
「あははー。でさ、何注文する?僕コーヒーね。すいませーん注文お願いしまーす!」
「おっおい!まだ俺決めてねぇし。それにコーヒーと言っても何種類もあるぞ!」
そう言ったが時すでに遅し。店主さんが注文を取りに来てしまった。
「ご注文は何ですかな?」
「コーヒーを二つください」
「この店で出しているコーヒーはいくつか種類がありましてね。どのコーヒーにしましょうか」
「そうだねー。僕たちこの名前とか産地とか見てもよくわからないよ。だからさ、店主さんが最もおいしいと思うコーヒーをちょうだい」
「ほう。では味に目立った棘がないブレンドはいかがかな?ブレンドはこの店のおすすめでもあってね。満足していただけると思われますが」
「おっ、ではそれでお願いするよ」
「おい・・・俺何も言っていないんだけど」
「そちらの君も同じものでよろしいですかな?」
「あっは、はい。それでお願いします」
「では、ブレンド二つ。しばしお待ちを」
戸口の下手すれば挑発をしているとも受け取れてしまう注文を聞き終え、店主さんが元へ戻ったところでようやく一安心する。正直自分でコーヒーを選べなかったのは残念だが俺も同じようにおすすめを聞いてそれを鵜呑みにしていたと思うのでそれほど問題ではない。
どちらかというと戸口の発言から店主が機嫌を損ねて問題に発展してしまったり、居心地の悪い中でコーヒーを飲むよりは全然マシだろう。戸口の首元を掴んで二人で店主に謝罪するところまでは覚悟していたのだがそのようなことがなくホッとした。
「お前なぁ。もう少し礼儀ってものを学んでくれよ。もし、今ので店主さんが不機嫌になったらどうするんだよ」
「まあそうだよねー、ごめんごめん。僕も最初はしっかりとしようと思ったんだけどさ、気が付いたらいつも通りになっちゃったよ。まあでもさ、店主さんも喜んでいるしいいんじゃないかな?」
「どこをどう見れば喜んでいるように見えるんだよ。俺には全くわからないよ。むしろ最初と比べて表情がなくなったように見えるんだが」
「僕も表情からじゃなんもわからないけどさ、普通に考えてみればそういう結論にたどり着いたんだよ」
「お前に普通を諭されるとは・・・」
「いやそうじゃん、お店の人って雇われの人とかじゃない限り自分の商品で喜んでほしいと思ってるわけじゃん。この店の人だって絶対そういう気持ちがあるはずだよ。だからさ、僕たちが何もわからないのにわかった風を装ってかっこいい名前のコーヒー注文して、飲み終わるまで頭にハテナ浮かべてそのままうわっぺらの感想言って帰るなんてしてほしくないと思うんだよ。
それにさ、この店は置いてある物とか見る限りコーヒーに対して熱い思いを抱えている人でしょ。その人がそんな反応されたら逆に悔しいと思うよ。だから僕はああいう風に素直に全部聞いたってわけ。まあそのおかげで素が出ちゃったんだけどね。でもさ、喜代村は僕がああいう風に聞いた時の店主の顔見た?」
「いや、店主の顔を見る余裕なんて全くなかったわ。どんな顔してたの?」
「店主さんね、僕が一番美味しいコーヒー出してよって言ったとき少し笑ってたんだよ。闘志がこみ上げてきたのかな?さすがに詳しくはわからなかったけどほんとに笑ってたんだ」
「おお、だとしたらお前の言動は一概に悪いとは言い切れないかもな」
「でしょでしょー?」
ここでふと戸口が俺をここに連れてきた理由を思い出す。
「あぁ。そういえばさ、俺に重要な話があるって言ってたけどそれって?」
「んー、本当はさ、重要な話ってないんだよね。ただ、珍しく喜代村とのコンビでの行動だからさ面白そうな気がしてさ」
「いやないのかよ。少し緊張して損した」
てっきり不思議沢や薪下には知られたくないことを話すのかと思ってしまった。重く辛い話だったら親身になって聞くことができるのか緊張していたが、そうではないらしいので気が楽になった。仮に、実は今回の作戦は俺も失敗すると思うし薪下の言っていることが正直に言うと理解できていないとか言ってくれたら爆笑しながら喜ぶ準備もできていた。まあ今回はそのどちらでもなかったので気楽に話し相手となろう。
「でもどうせこんな空間に来たんなら少し話を聞いてよ」
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『偽りの世界で。』第13話を読んでいただきありがとうございます。
何か評価などがあれば遠慮なく頂けるとありがたいです。
次回も同じ時間に投稿します。
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