第10話 夕月との交渉
俺が薪下に交渉役として任命された日の夜、俺はさっそく夕月に会ってみることにした。次に会う日の約束はしていないが、何故か会える気がしていた。妖怪という人ならざる存在のため、遠くにいても呼べば一瞬で来てくれそうな気もする。まあそれには俺が夕月に好かれていることが前提条件として必要なのだが今まで話した感じから嫌われてはいないと思うので大丈夫だと思う。もし今日会えなくても毎日通うという奥義がこちらにはあるので気にはしない。
あの広場に行くとそこに夕月はやはりいた。前と同じように、まるで俺が来るのを知っていたかのように。
「来たよ、夕月」
「なんだい、その言い方は。まるであたしがあんたの彼女になったみたいだねぇ」
「や、やめろよ。そういうこと言われると気にしてしまうだろ・・・・」
「あっはっはー。初心だねぇ。そんなんじゃ好きな娘が嫁に来てくれないぞ?」
「好きな人にはもう少しカッコつけるし・・・・ってまだ嫁とか求める年齢じゃないから」
「そーかいそーかい。まあ、頑張りな」
「なんだよ急に・・・じゃなくて今日はこんなことを話しに来たわけじゃないんだよ」
「へー、どんな用があるんだい?言ってみな」
「あのさ、前に俺以外の人に見られたくないって言ってたじゃん。それでさ、俺の友人たちがどうしても夕月の姿を見てみたいとか言い出してさ。話し合っているうちに姿を見せてもらうわけじゃなくて自分たちの力で姿を見られるようにするんならオッケーなのではと言う雰囲気になって、その為の作戦まで考えてるんだけど・・・どう?」
「ほぅ、人間が、ましてやそういった力を持っていない若造たちが自力で私の姿をみると?ははっ、笑わせてくれるねぇ。あたしはそこまで低級じゃないんだけどねぇ。いいよ、挑戦ぐらいさせてあげるさ。ただあたしはお情けで顕現なんてしないけどいいかい?」
「お、いいのか。ありがとう。たぶんあいつらもお情けなんか求めていないと思うからそれでいいぞ、ただその場に居てくれれば。じゃあさ、いつなら挑戦しに来ていい?」
「いつでもいいさ、近づけば気配はわかるからね」
「そうか、それは助かるな」
「・・・・・用は、それだけかい?」
「今のところはそれだけかな。まあこの作戦が終わったらまたゆっくりと話しに来るわ」
「少し、聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「な、なんだよいきなり。まあいいけど」
「そんなに重要なことじゃないんだけどさ、あんたはその作戦って言うのを成功してほしいと思っているのかそれとも別に失敗してもいいと思っているのか聞きたくてね」
「え、え、まさか・・・ちょ、ちょっと考えさせてくれ」
そう言ってすぐに夕月の言葉の意味を推測する。普通に考えてみれば成功してほしいに決まっている。だってみんなが・・・主に薪下があそこまで楽しそうにしていたのだから。それに普段やりたくなかったり、面白くなさそうだったりした場合にはしっかりと異議を唱える二人も今回の話題はなんだかんだ最後まで拒否はしなかった。そのことから二人も意外と乗り気だということがわかる。
もし皆が楽しみにしているイベントが失敗に終わったらその後はかなり重い空気になってしまう。そんなのは嫌だ。どうせなら成功してみんなで祝勝会という流れのほうがいいに決まっている。こんなわかりきっていることは夕月も理解できているはず。それなのにああいう風な聞き方をした理由・・・
もしかして情けで姿を現すかどうか悩んでいるのだろうか。それならあの質問にも納得がいく。自分のプライドを優先するか俺たちのその後の空気を優先するかで悩んでいるのだろう。もし失敗した後俺が夕月に怒りを覚えここへ来なくなった場合を考えているのかもしれない。そうした場合自身の遊び相手が減るのでそれを危惧しているのだろう。そう考えているとしたら自分のプライドは捨て姿を見せるべきと考えるはず・・・・
いや、待てよ?実は姿を表すことは夕月の中でもう決定していて悩んでいるのはその後のこと?複数人に姿を見られたことにより口封じを行わなくてはいけないとか?いやそれなら夕月ほどの強さの持ち主なら悩むまでもなく行えるだろう。
もしかして友人を失った俺がどうなってしまうのか不安に思っているのか?というかよくよく考えてみると夕月が俺に好意を持っている前提で推測が進んでしまったな。俺がいなくなることを危惧とか、悲しみに暮れた俺の身を案じるとか、好意というよりもう恋愛的に好きのレベル・・・ってそういうこと!?アレ?独占欲?二人だけの秘密的な?え?そ、そういう感じなのか!?
「ちょ、ちょちょちょちょちょーっと待ってくれ、な?」
「なんだいいきなり焦り始めて。あー今ほど自分がさとり妖怪じゃないことを後悔した時間はないよ。気になるねぇ」
「いや、待って、落ち着くんだ」
「落ち着くのはあんたのほうだよ」
「いやーね。俺としても、その、嬉しいわけだよ。でもね、ちょっといきなりすぎじゃないかと」
「うーん、なんだか予想がついちゃったよ。もしかしてあんた、あたしがあんたのこと好きだと思ってるのかい?」
「・・・・え、え?違うの?」
そう言うと堰を切ったかのように夕月が笑い出した。けたけたと無邪気に笑っているので、年をとっても子供のように笑う人っているよなぁとあまり関係ないことを考えてしまう。
「あー、あー、あー。だいぶ落ち着くことができたよ。あー笑った笑った。このあたしが危うく弱っちい人間に殺されるとこだったよ。まさかあの質問をそこまで深読みするとは。推理の道のりを想像するだけで爆笑だねぇ。残念だけどそんなことは欠片もないよ。ただ純粋にそう思ったから聞いたまでさ」
「まじか・・・・・ちょっと待ってくれ。死ぬほど恥ずかしいんだが。無理かもしれない、帰ってもいいか」
「いやいや、恥ずかしがることはないさ。なんせ相手があたしだからね。普通の人間相手なら笑われることもなかったさ」
「まあ、普通の人なら俺がどのように考えているかわかっても心の中で嘲笑うだけで口に出して指摘することはないよな。でもさ、今俺が死ぬほど恥ずかしいことには変わりないから帰ってもいい?」
「そこまで帰りたいのなら帰ってもいいさ。ただ質問の答えを言ってからにしてほしいねぇ」
「あ、あぁ。えーっとな、俺は、全然失敗してもいいと思う。もし情けで姿を見ることができたとしてもあいつらは喜ばないだろうし。それにここでそう言った打ち合わせが行われてたなんて思われるのも嫌だろ?だからさ、そういうのはナシで本気の勝負でいいと思うんだ。これが、答えだな」
「ほう、それでいいんだね?終わった後の空気は最悪になるよ?」
「まあそれぐらいあいつらも覚悟できているだろ。初めからイチパーセントの奇跡に全て賭けているみたいな感じだしな」
「そうかい、なら遠慮せず行かせてもらうよ」
「おうよ、じゃあまた」
俺がそう言い終わるのと同時に彼女は姿を消した。少し驚いたがそれほどだった。それよりも、消える瞬間に彼女が笑っているとも怒っているとも受け取れる何とも言えない表情をしていたのがとても気になった。そしてそれが俺を少しばかり不安な気持ちにさせた。
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『偽りの世界で。』第十話を読んでいただきありがとうございます。
読んでいて不満な点などがあった場合、純粋に楽しんでいただけた場合など評価してもらえるとありがたいです。
前回から投稿時間を変更しましたが、今後もとりあえずは19時投稿にしていきたいと思います。
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