第9話 THE CUP NOODLES MASTER②
「「おぉぉい!」」
俺と不思議沢のツッコミが被り、反響する。
「つまらないよ、薪下」
「ゔっ」
楽しく生きることに心血を注いでいる戸口に言われたためか、薪下もなかなかのダメージを受けているようだ。そのダメージの大きさはわからなくもないが今回ばかりは俺も戸口側なので同情はできない。
「救いの一手、奢り。どうだ、これで赦せ」
「残念ながらまだ朝食メニューの時間帯なのであまり欲しいものがないですな」
そういって不思議沢がドリンクバーを注文したため、俺と戸口もそれに続く。腹が減ったと言った薪下もなぜかドリンクバーだけだ。
「薪下氏、腹が減ったのではなかったのですか?」
「腹が減った。だから俺は、これを食う」
そう言ってバッグからカップラーメンを取り出す。そしてドリンクバーでお湯を注ぎ戻ってきた。
「薪下氏、それは迷惑行為なのでは」
不思議沢が冷静に言う。言葉ではわからないが、表情には明らかに軽蔑が混じっている。そりゃそうだ。ファミレスでカップラーメン食い始める人なんて見たことない。
「それがどうした?ただ俺がこの店の食い物よりカップラーメンが食いたいという結果から生じた行動に過ぎないだろう」
その言葉に俺と不思議沢とドリンクバーでジンジャーカフェオレエールを作って戻ってきた戸口が引く。呆れるという感じではなく引いた。
「学食がある食堂では許されておりますが、さすがにファミレスではちょっとどうかと・・・」
「ふっ、不思議沢よ。ここに貼られているボードを見ろ。飲食持ち込みオッケーと書かれているだろ」
「えっ、た、確かに」
本当だ。俺も見たところ本当に書かれている。カラオケでそういった場所は増えているがファミレスもそれに倣って変わったのだろうか。
「はははっ、ここは数か月前俺が店長と論理的対話をした結果飲食持ち込みオッケーになったのだよ。ただし、店長の許可が下りた者だけという条件付きだが」
薪下のことだから理詰めとその漂う圧によって店長が首肯せざるを得ない状況に追い詰めたことは容易に推測できた。いきなり呼ばれたかと思えばカップラーメンが食べたいからここを飲食持ち込みオッケーにしろと詰め寄られた店長・・・同情します。そして代わりにごめんなさい。
薪下が朝食のカップラーメンを食べ終え、ようやく本題を話してくれる。
「あー、でだ。喜代村以外のメンバーがその妖怪を見ることができる方法。と言っても実際に見ることはできない。存在を確かめる方法と言ったほうが正しいな。それが可能になる策がある」
「えー、顔とかわかんないのー?それじゃ面白さ半減だよ」
「戸口殿、我儘はダメですぞ。存在だけでもわかるようになるだけでも十分でしょう」
「まーそだねー。んで?その方法って何?」
「その方法にはな、これを使うんだ」
そう言うと薪下はバッグからまた何かを取り出した。
「そう、これだよ」
「ん?僕にはカップラーメンにしか見えないんだけど」
「いやそれでいい。カップラーメンだからな」
「んっんっ。失礼ですが薪下氏、もしかしてカップラーメンが妖怪の存在を確認するための道具ということですか?」
「正解だ不思議沢。その通りだ」
「えっ、とですね。私含めあなた以外のメンバーは全く理解できていないと思うので詳しく説明してくれますか?」
「ああ、勿論だ。皆しっかり聞きたまえ」
そう言うと本人を除いた誰一人として理解できていない状況の中で薪下は一人で、冷静に、喜々として説明を始めた。
「私が考え付いた方法、それはこのカップラーメンを用いる。具体的に説明しよう。まず出来立てのカップラーメンを準備する。そしてそれを俺が食べる。そうすると俺はカップラーメンを食したことにより力を得て妖怪を目視できるようになる。しかしこれだとお前たちは妖怪を見ることができない。なのでカップラーメンから発せられた湯気をスクリーンとして妖怪を映す。まあはっきり映ることはなくかろうじて姿をかたどれるか否かというレベルだが挑戦する価値はあるだろう。後はお前たちがそのフィルター越しに妖怪を見るだけだ。どうだこの完璧な作戦は」
薪下の作戦を聞いた全員が固まった・・・だろう。俺もおもいっきり固まっていたので周囲を把握できなかったため真実がどうなのかはわからないがここまでぶっ飛んだ方法を聞いて冷静に対応できる人間はいないはずだ。
戸口はそれができそうだから怖いのだけど今この瞬間だけは無理だったと信じたい。そうでなければ同じ人間であるのに生まれてしまったレベル差に愕然としてしまうからだ。片や具体的な説明を聞いたにも関わらず身体機能が停止して内容を何一つ理解できなかった人間。片や具体的な説明を聞いたにも関わらず冷静を保ち内容をすべて把握できた人間。もし仮にこの事実が本当だった場合に現在の俺ではその事実を受け止める余裕がない。血を吐いて地に伏す事すらできなくなってしまうかもしれない。そんなことが余裕で起こりえる状況なので戸口も俺同様の状態に陥ったと断定しなければならない。
薪下の発言を一度放置し、全く違うことに思考を展開したおかげでなんとか機能が回復してきた。とりあえず現状を把握するため周囲を確認する。言葉の持つ衝撃に負け体が硬直した俺という男が一名。俺と同じ症状に陥りコップを口につけながら服にコーラをこぼし続けている男が一名。目をぎっちし開き自身の身をもって時間の停止という事象を説明しているかの様に佇む美青年が一名。そして能力漫画ではその強さ故に禁忌とされている時間を操る力を無意識に発動してしまった馬鹿が一匹。
とりあえず問題は起きていない。
いや現に起きてはいるのだが。この状態のままいくらか経つとさすがに不思議に思ったのか薪下が自身の能力を解除するかの如く口を開く。
「おい、どうなんだ。何も反応がないと困るのだが」
「あっ、えーっと。僕はいいと思うけどねー。不思議沢はどう思う?」
「っはっ、はぁ。残念ながら説明を聞いてもまったく理解できませんでした」
俺と全く同じ人がいてとても救われる。
「そうか、具体的にどこがわからん?」
「そうですね。まず薪下氏がカップラーメンを食べると異質な力を得ることができるということがわかりませんな」
「それは簡単だ。カップラーメンを愛している俺がカップラーメンを食すことで両者の意識が統合され新たな力が解放されるのだよ」
「アー・・・プラシーボ効果ってことですな」
「名前なんぞ知らん」
「うむ、これで大体予測はついたのですが一応聞きますぞ。カップラーメンから立ち昇る湯気がスクリーンとしての役割を果たし私たちに妖怪の姿を見せてくれるというのはどういうことなのですか?」
「それも簡単なことだ。カップラーメンと意識を統合させられる私ならそこから生み出される湯気とも統合できる、ということだ。あたりまえだろ?」
「ですね、それについてもプラシーボ効果というわけですか」
「説明はもういいな?」
「私はもう十分ですぞ。戸口殿とキョム氏は何かありますか?」
不思議沢の質問に対して俺たちは二人そろって首を横に振る。しかしその直後みんなに伝えたいことがあるのを慌てて思い出す。
「いや、あのさ、向こうが姿を見せるんじゃなくてこっちから姿を見ることができるように努力するってのはいいと思うんだけど、夕月はそれすらも嫌がるかもしれないからさ。一応本人に許可を取ってから作戦準備に取り掛かって欲しいんだけどそれでもいいか?」
「ふっ、そんなことか。もちろんだ。現代社会はプライバシーに細かく言及されているからな。破るわけにもいかないだろう。では喜代村、お前は交渉役として頑張りたまえ。では今回はこれで解散とする。退出しよう」
友人に盗聴器を仕掛けた人間が言うセリフではないと思うが気づいていないふりをして聞き流した。
薪下は伝票をもって立ち上がる。いろいろとありすぎて太陽が真上から俺たちを照らす前に疲れ果ててしまったので、静かなまま薪下の後に続いた。もちろん財布はポケットに入れたままで。
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『偽りの世界で。』第九話を読んでいただきありがとうございます。
第8話の時にお伝えしたように少し投稿時間を遅らせました。
これに関してでもいいのですが、何か評価、改善点があったら教えていただけるとありがたいです。
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