第4話 次の日の朝

うん、そうだ。やっぱりそうだ。朝起きて理解したことだがどうやら昨日のアレは全て現実に起こったことらしい。


昨日の心の高揚感。


妖怪だと知ったときに感じた肌の表面が凍るような恐怖。


どう反応するのが最適解か考えたときに脳をフルで使ったことによる寝起きに感じた頭の重さ。


そして話していく中でわかってきた人間に近い温かさ。


そのどれもが寝て起きた今でも鮮明に体に残っている。もし昨日の出来事が全て夢で、感じ取ったものもすべて偽りだったとしたら俺は人間不信・・・いや世界不信に陥りそうだ。この世界は全て夢なのではないかというマトリックス的思考に陥る。まあここまで不思議な状況に遭遇したのは初めてだが、この状況を整理してくれそうな人を知っている俺はとりあえず朝早いこの時間にソイツを呼び出すことを決意する。うん、だって早く落ち着きたいからね。


 現在朝九時。大学では一時限目がちょうど始まったぐらいだ。しかし、俺と俺が呼んだ人はこの時間暇・・・というより今日は授業がないのでずっと暇だ。では何故わざわざ集合場所を大学にしたのかという説明は・・・彼が来ればわかる。


 九時ちょうどに集合場所である大学の食堂に着く。彼が来てないか少し辺りを見回すがやはり来ていないので近くの椅子に座って待つ。まあいつも通りだ。彼の性質はわかりきっているので二分だけ待つ。


 「三、二、一、ゼロ」


「お、相変わらずお早いですねキョム氏は」


そう言いながら二分後ピッタリに来た俺のことをキョム氏と呼んでいる彼こそ私が呼んだ張本人、不思議沢だ。うん、なんか色々説明しないといけない箇所が多すぎて面倒だな。


「不思議沢、お前いい加減に時計直すか買い替えるかしなよ。毎回二分遅れてもなんもメリット無いだろ」


「何を言っているんですかキョム氏は!この二分によって私の運命は変わったのですぞ!絶対直さない!」


「そうなのか・・・じゃあ二分前行動するとかは?」


「それではこの時計が二分遅れている意味がないではないですか・・・」


何言ってるんですかねコイツという顔をおまえは人に向けていい立場じゃないぞと言ってやりたいが我慢。


彼は幼少時代に交通事故を目の前で目撃したらしく、彼曰くもし二分自身が早く動いていたら自分は事故に巻き込まれて死んでいたらしい。それから、いつも二分だけ遅れた時計を身に着けて行動している。


俺が不思議沢を呼んだのは彼がその事件をきっかけにオカルトに没頭し、そういった知識が豊富だからだ。あとは彼の名前の由来とか、俺のあだ名の由来とか、なぜわざわざ大学集合なのか。など色々聞きたいと思うが・・・とりあえずなぜ集合場所がここなのかの答えだけ教えよう。


「なぁ、いい加減ここ集合辞めないか?」


「キョム氏。私はいつも言っているでしょう。私の一日は毎朝この時間帯に食堂で働いている鈴村さんを見なくては始められないのだと」


はい。たったこれだけ。不思議沢は鈴村さんという三十歳ほどの食堂で働いている人が見たいだけ。本当にこれだけの理由で俺たちが集まる時は毎回ここになる。不思議沢は集合が掛かっていない日でも毎日ここにいるらしい。


 「じゃあそろそろ本題に行こうか」


「お、早くしてください待ちくたびれましたぞ。ところでフォーカードの他のメンツは今日はいないのですか?」

「うん、本当は皆集めたかったけれど話の内容的に不思議沢だけでいいかなって判断した」


フォーカードって言うのは俺と不思議沢を含めた四人組の仲良しチームのこと。詳しい話は皆が集まった時にでもしよう。


 俺が話そうとすると不思議沢の早く話せオーラが強すぎて閉口してしまう。何だその顔は。いったいどういう心境で俺の話を聞こうとしているのか問いかけたくなるほど目をそむけたくなる顔をしている。


「あー・・・俺、昨日。モノホンの妖怪に出会いました」


「ななななっな、なななんですとぉぉぉぉぉ!?」


開口一番に結果を伝えたのがまずかったか。不思議沢が壊れてしまった。口を斜めに開け、目は半開きの白目、自分の長い髪の毛を手で持って上に持ち上げ叫んでいる。傍から見たらお前のほうが妖怪だよと言いたい・・・事実食堂にいた全員がすごい顔でこいつを見ている。もちろん鈴村さんも。好きな人の前ではもう少しカッコつけろよと言ってやりたいが不思議沢の性格を知っている俺だからこそ敢えて言わない。


「えーっと、続けてもいい?」


「もーっちろんですとも。続けてください。どぞどぞ、粗茶ですぞ」


興奮した不思議沢はそう言いながら食堂内にあるウォーターサーバーから水を汲んで俺に差し出す。


 不思議沢が少し落ち着いたのを確認してから俺は昨日起こったことの詳細を話した。空想対話のシーンは勿論伝えなかったが。そうしてすべてを伝え終わり、不思議沢の反応を待つと


「それが真だとすると、キョム氏、貴方は現代では珍しい人でない存在が見える人間ということになりますな」


こう一言発した後、黙ってしまった。静かになった不思議沢の表情からわかることだが、どうやら彼にも難しい問題らしい。彼がこの問題のどこをそう捉えているかはわからないが難しい顔をしていたのでそう察することができた。


 「俺って今命の危機に晒されているということはある?」


少し張りつめてしまった空気を壊すために冗談半分で言ってみたが


「それがあり得るかもしれませんね。現時点ではなんとも言えませぬが」


空気じゃなくて予想をぶち壊す答えが返って来た。


「おい・・・それ本当?推測でいいから教えてくれないか」


「んんっ、いいでしょう。まずキョム氏に質問ですが、キョム氏は妖怪という存在についてどれほど知っておられますか?」


「いや、ほとんど知らないかな。アニメとか本で少し見たぐらい」


「ではわかりやすく簡単に説明してまいりましょう。まず妖怪も、他の生物と同じで強い妖怪から弱い妖怪まで幅広くいます。どの妖怪も人前に姿を現すことがありますがそれぞれ目的が違うのです。


まず弱い妖怪から説明しますぞ。ちなみにここで言う弱い妖怪とは戦闘力が皆無に近いものを指します。弱い妖怪が人前に姿を現す理由は主に脅かすためですな。脅かす理由は諸説あれどやはりこれが最も多いかと。


次に戦闘能力はあるものの、強者とは言えない中堅妖怪について。彼らが人前に姿を現す理由はやはり人を食うため。後は、弄んだり、恐怖を与えて絶望させたりと。まあ最終的には食べられると思いますが。彼らからしてみるとやはり人間は美味しいらしく、そのうえ大した抵抗もしてこない。最高の餌ですな。


そして最後は強い妖怪。強さに加えて名も知られるようになれば大妖怪となります。そういった他の凡庸妖怪共では相手にならないような彼らが人の前に姿を現す理由は、まず一つは中堅妖怪と同じ食べるため。それと遊び、遊興ですな。こちらについては割と不確定な情報なのですが、自分に手も足も出ない雑魚以下の人間と交流して楽しむらしいです。


ここからは私の推測になるのですが、自分とは比べ物にならない最弱の存在と関わることで愉悦に浸って楽しんでいるのではないでしょうか。以上で説明を終えます。あ、一応例外として純粋に人との交流を楽しむいい妖怪もいるようですがね」


 不思議沢の説明によって妖怪に着いての知識をわずかながらだが得ることができた。彼の口調のせいで、本物の学者から話を聞いているように感じてしまったがそれは彼には敢えて言わない。言ったら絶対にうるさくなってしまうから。


 「ありがとう。けどさ、妖怪の性質は理解できたけど肝心の俺が死ぬ可能性があるっていうのがまだわからない」


「はぁ、やはりキョム氏はキョム氏ですな。心だけでなく遂に思考まで虚無になってしまわれたか」


数々の奇行を平然としてのけるこいつにため息交じりに言われると腹が立つな。ちなみにこいつが言っている俺の心が虚無というのは、フォーカードの一人に戸口という奴がいて、そいつが俺と初めて会ってから何日か経った時、突然俺の心が白いと言われたことを茶化して虚無と言っているだけである。あだ名がキョムになったのもそれが原因だ。たぶんだけどもし名前が洗田とかだったらあだ名はキョムじゃなくて漂白剤になっていたと思う。


「おい、もう虚無でいいからさ、教えてくれよ」


「では、キョム氏。キョム氏の前に現れた妖怪はキョム氏に対してどのような行動をなされましたか?それを考えれば答えは自然と出ますよ」


「えっ、普通に話しただけ・・・あ、そういうことね」


そうか、俺の前に現れた妖怪は例外はあるけど分類としては強い妖怪に入るわけか。そうすると昨日は普通に話しただけだが気が変わって次会った時には食われるかもしれないということだ。案外簡単にわかってしまったが、容易に想像できることの割には怖い為口に出すことはできなかった。


「お、どうやら理解したようですな」


「おう、完璧に理解したよ。んで、俺がこれからとるべき最善策は?」


「ふっふっふ、キョム氏、そんなの答えは一つに決まっているではないですか」


「マジで?」


「マジですぞ」


 不思議沢の口から発する言葉を目と耳のすべての感覚を傾けて待つ。心なしか不思議沢の目が笑っているように感じられるのは緊迫した空気故か・・・あ、違うなこれ。明らかに笑っている。冷静になってわかったが今のこの状況、一瞬がとても長く感じられると思ったのは間違いで本当は不思議沢が笑いながらわざと言わずに溜めている。この野郎・・・こっちは命が懸かってるんだぞ。


「早く言え」


「つれないですなぁ。ズバリ、また会って聞いてみるしかないのでは」


「・・・はぁっ!?嘘だろ・・・・ちなみにその現場にはお前も来るんだよな?」


「もちろんですぞ!私も遠くから現場を見守りますぞ」


 ある年の秋、不思議な出来事を経験した翌日、私は好奇心に負けた友人に命を売られました。


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『偽りの世界で。』第四話を読んでいただきありがとうございます。

今回は前回と対照的に文字数が若干多いです。

改善点など含め☆やレビューで評価していただけるとありがたいです。

次の話も今回と同じような時間に投稿する予定です。

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