第2話 始まりの話②

 突然の出来事に脳が考えることをやめていたが有名な探偵とその相棒になりきり考

えを整理したことでだいぶ冷静になることができた。時間としては数秒しか経ってい

ないはずだ。彼らの推理力と仕事の速さに驚きつつも感謝する。この手法を使わなけ

ればこの物語はもう終わっていたのだから。


 ということで状況を完璧に整理できた俺がすることはただ一つ。声のした方を見ることだ。いやホラー映画やホラーゲームで学ぶ限りだとここで声の正体を確認することで起きるイベントは高確率で死に直結するイベントなのだが、それをわかっていてもなお止まらない好奇心が自分の中に存在する。もうコイツは俺に寄生する新たな生命体と言う認識に改めた方がいいだろう。でなければここまで俺の言うとおりにならないなんてことはあり得ないからね。仮にコイツを俺が抑え込めたとしても残念ながら俺はコイツと同じ選択をするだろう。少し考えてほしい。もしこの声の女性が実は生きた人間であった場合を。まず一番可能性が高いのは彼女が俺と同じで散歩できた可能性である。


(以下想像)


「あ、あの、もしかして貴方も散歩できたひとですか?」


「あ、はいそうですよ。私この近くに住んでいて運動がてら暇な日にここに結構来る

んですよね。貴方『も』って言うことはそちらも同じ感じですか?」


「俺も同じ理由ですね。この自然を感じながら落ち着いた雰囲気に浸っているのがす

ごい好きなのでよく来るんですよ」


「あ、わかりますそれ。疲れた日とか辛いことがあった日とかにここに来て星を眺め

ていると心がすごく楽になるんですよね。そして明日も頑張るぞって気持ちになるん

です」


「ここにはそんな力もあるんですか。今度そう言ったときになったら自分も試してみ

ます。俺はそろそろ帰りますが貴方も一緒にどうですか?ここ暗いですし一人だと危

ないですよ?」


「じゃあ私も一緒に帰ります。ここ山に入っていないとはいえ結構暗いので一人だと

少し怖かったんですよね。コンビニがある辺りまで一緒に行きましょう」


「では、いきましょうか」


(想像終了)


 のような感じになるかもしれない。そしてコンビニに着いて別れる前に連絡先を交

換・・・なんてことがあるかもしれない。次の日からは広場に行く前にお互い連絡を

して日にちを合わせて行くなんてことがあるかもしれない。そして二人の関係は恋人

になるという恋愛小説にありそうなストーリーもあり得るのではないか。もしこの話

が恋愛小説になるのならば表紙は桜色で、造りにもこだわっていて、タイトルからコ

ッテコテの胸やけがするような王道恋愛小説感剥き出しの作品にしてほしい。そして

映画化するほどの人気作になってほしい。そして俺は印税で暮らしたい。


 少し話がそれてしまったので戻そう。『相手は散歩できた女性だった』の次にあり

えそうな可能性の話だ。それは相手が大きな悩みを抱えていて、人気のない場所に来

たくなったのでここに来たという場合だ。


(以下想像)


「あ、あのー。ここ結構暗いですけど一人で大丈夫ですか?怪我で動けないとかです

か?」


「いえ別に怪我とかじゃないんです。ただ、ちょっと一人になりたくて・・・」


「はぁ。そうですか。失礼でなければその理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


「実はですね、会社を辞めまして。落ち込んでいるんです。地方雑誌の編集部でして

ね。私その雑誌が大好きで昔から読んでたんです。そして就職も迷うことなくそこに

決めました。最初の年は良かったんですけど二年目になって新人が入ってきて・・・

そこからは辛さしかなかったんです。先輩と新人の仲が悪すぎて、私は板挟みと言う

か仲介役と言うか。こんな状態だと昔の自分が知ったら絶望しちゃうなと思って。お

もいきって逃げ出してみました、あはは。あっ、少し話過ぎちゃいましたね。ごめん

なさい」


「いや別に謝ることなんてないですよ。聞きたいと言ったのは自分のほうなんで。そ

れで辞めたのを後悔してここに来たという感じなんですか?」


「・・・どうでしょう。後悔はしてないはずなんですけど、心の奥底では後悔してる

んでしょうかね。気付いたらここに来ちゃいました」


「では今日ここで出会えたのも一つの縁なので言いたいことあるなら何でも言ってく

ださい。俺でよければずっと聞きますよ。それともここじゃなくて場所変えます

か?」


「なんだかいい人ですね。それなら居酒屋にでも行って楽しく愚痴らせていただきま

す」


「いいですね。俺は飲めないですけど素面で聞き役に徹しますよ」


(想像終了)


 これはこれでいいと思う。と言うよりは普通に最高だと思う。酔った状態の彼女の

愚痴や来歴を聞くのも悪くない。そして別れ際にまた会う約束をするのだろう。いや

もしかしたら告白かもしれない。貴方と会えたのは運命かもしれません。好きになっ

ちゃいましたえへへとか言われるかもしれない。そしたら俺はクールな感じに答えら

れるだろうか。いや厳しいかもしれない。なんせ経験がないものだから。


「そこの人、さっきからそっぽむいてにやにやしてどうしたんだい。気味悪いよ。も

しかしてフシンシャとかいう人種なのかい?」


 俺が一人で妄想・・・この異変の対処法を考えているといきなり彼女が話しかけて

きた。どうすればいいんだろう。今まで考えてきた対処法には相手から話しかけてく

るという可能性が全く含まれていなかった。それはつまり・・・


「ふぇっふぇえすはい!」


まともな応対ができずこのようになるということだ。まあ当たり前だ。冷静に考えて

みれば自分の脳内では未だ彼女が人間では無い説が濃厚なのだから。


「おっ、なんだしっかり反応してくれるじゃないか。てっきり無視されてると思った

から動揺を誘うような言い方したのが成功したのかね」


 動揺している俺をよそに彼女は俺とコミュニケーションをとることができたことを

喜んでいる。というよりは俺が彼女に対して何らかのリアクションを取ったことに喜

んでいるのか。まあそれが正しいのだろう。俺も人に無視されたらいやな気分にな

る。自分が嫌われているのではと感じてしまうし相手の表情から悪意が読み取れなか

った場合は自分の存在が相手に認識されていないのではとも思えてしまう。そう、まるで自分が人間でない幽霊か何かなのかと・・・ん?彼女は自分が俺に無視されてい

るのがいやだったから俺の動揺を誘うような言動をした。つまり幽霊か何かだと思わ

れるのが嫌だ。ということは彼女は人間なのでは?この正しいように思える三段論法

(のようなもの)が脳内で構築された途端自分でもわかるほどはっきりと彼女に対す

る不安は消えた。今なら彼女と普通に話すこともできるだろう。そして当初の計画と

はすこし違うルートをたどるが最終的に彼女と恋仲になるということも達成できそう

だ。長い冬を超えてようやく俺のもとに春が来そうだ、いや来る。さようなら冬、こ

んにちは春。


 「せっかく反応してくれたと思ったらまただんまりかい。あんた好きだねぇ、そ

れ」


ちょうどいいタイミングで彼女が俺に話しかけてくる。さぁ、春のお出迎えスタート

だ。


「いやすいません。ちょっと考えごとに夢中になっていたもので」


「何を考えていたんだい?夕飯のことかい?」


「正直に言ってしまいますと貴方のことを考えていたんです」


「へぇ・・・それは嬉しいねぇ。あたしの美しさに惚れてしまったのかい?」


「はははは、あながち間違ってませんね。俺は貴方がこんな暗い場所に一人でいるか

らもしかしたら人間じゃないのかもしれないなんて失礼なこと考えていただけです

よ」


「あっはっは、面白いねぇ。こんな人初めてだよ。・・・どうだい、理由知りたいか

い?」


「そうですね、なかなかの時間をかけてこればかり考えていたのでそろそろ答え知り

たくなってきましたね」


「そうかいそうかい。それなら教えようじゃないか。答えは簡単さ、あたしが人間じ

ゃないからだよ」


「そうですか、意外と簡単な・・・ふぇっ!?」


 この瞬間俺の思考は停止した。たぶん心臓も停止した。そしてそれと同時に冬の延

長が正式に決定した。


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『偽りの世界で。』第2話を読んでいただきありがとうございます。

今回は一文ごと余白を作るのではなくある程度文のまとまりを考えた後余白を作ってみました。

どちらの方が見やすいかなどを含め☆やレビューなどで評価を頂けると今後に役立てることができるのでよろしくお願いします。

 

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