偽りの世界で。

猫神祭祀

第1話 始まりの話

 この世界、もしくは俺がいる周辺の世界は俺にとても優しい。というわけでもなく


俺にとても厳しい。というわけでもない。俺に、無関心だ。そう思う根拠は全くない


し、あくまで俺の予想なのだけれども、たぶん無関心だ。もし、俺が何か重大な犯罪


や歴史に残ることをしてもたぶんこの世界は何もしてくれない。別に逮捕しないと


か、ニュースで取り上げてくれないと言いたいわけじゃない。逮捕もしてくれるしニ


ュースにも取り上げてくれるはずだ。けれどそれは起きなくてはいけない事象だから


起こるのであって俺に関心を向けてくれたからではない。そう断言できる。仮に俺が


この世界からいなくなった場合は俺以外の誰かが俺が行うことを代わりにやってくれ


るのだろう。俺がこの世界の歯車である必要性は皆無なのだ。俺は歯車の中でも安価


に入手できる大量生産された型の歯車でその一個一個の重要度は低い。だからこの世


界は俺に無関心になることができるのだ。しかし、その世界の俺への態度がとても俺


には有難い。本当に本当に有難い。俺の能力が低くとも、俺に社会で生き抜く素質が


なくとも、世界に存在することが許されるのだ。だから俺はこの世界がとても好き


だ。この世界はとても俺に優しい。こんな優しい世界を俺は死ぬまで望んでいる。


 そんなこんなで今、俺はのほほんと生きているわけで大変不思議な感情を抱えてい


る。空虚さと同時に得た楽な生き方は起伏のない普通な生活を送るのには十分適して


いて自分以外にもこのような生活を送っている人がいるのではと最近になって思うよ


うになった。光を求める気持ちがゼロではないけどそれはとても小さなもので蝋燭に


灯る火のように息をふっと吹けばすぐに消せてしまうぐらいのレベルだ。だが消しは


しない。理由はよくわからないがそれすらも面倒くさいのだと思う。物事の判断基準


が楽かそうでないかになってしまっている。もし楽な方を選んだところで窮地に立た


されてしまってもそれはその時考えればいい。そのように、楽に、簡単に深く考えず


生きるようになってしまった。大学生になってそれはさらに強くなり、今、午後8


時。他の学生ならバイトに励んでいる様な時間に一人夜の街を歩いている。街といっ


ても店の明かりが至る所で輝き昼とあまり明るさに変化がない都会とは違って、店は


少なく閉まっているところも多く暗い。夜の中に自分がいるという事をダイレクトに


感じさせてくれる、10分程歩くだけで家もほとんどない森や畑や山に着く。そんな


街だ。

 

 最近の日課になりつつある夜の散歩。きっかけは数日前、家の中でやれることをや


り尽くし暇を持て余した心と、動くのだけは断固拒否をモットーに掲げている身体が


体内決戦を繰り広げた結果、心陣営が勝利したことで、屋内に楽しみがないなら屋外


で楽しみを探そうという短絡的な発想のもと、外に出たことである。その時感じた秋


の空気。夏のようにジメジメでとても熱いというわけではないのだけど近年の温暖化


で夏との差があまり感じられなくなってしまった可哀想な空気。日本を四季で表すの


にはそろそろ限界なのではないかと思わせる消えかけの空気感。その何とも言えない


季節の風が自分の体に当たるとなぜか同情してしまう。それと同時に自分がこいつを


嫌いではないということを実感させられた。それがなんだか楽しくて、次の日からは


家を出る時足がすんなり外に出てくれるようになった。


 この散歩に明確なゴールはないが、自分が秋の空気を満足するまで体感したら終了


というルールがある。しかし、家を出て右に歩き出しても左に歩き出しても、結局は


いつも歩いて20分ほどで着く山の、ハイキングコースの手前にある広場のようなと


ころに着く。この広場は昼に来るとおじいさんやおばあさんが集まってゲートボール


やグラウンドゴルフをしている。前たまたま通った時にペタンクをやっていた衝撃は


忘れられない。田舎にはペタンクは存在しないと考えていた自分はその瞬間、ペタン


クの鉄球が当たって弾け飛んだ。


 今日もこの広場にたどり着いた。当たり前だがこの時間にはおじいさんもおばあさ


んもいないのでとても静かで寂しい感じがする。けど昼だったら決してできていない


であろう広場の占有。それができていることからの優越感もあった。不思議と自分が


ここを一から整備してこの広場を作り上げたみたいな感じになる。実際そんな事実は


欠片もないのだけど。


 そんな家と居心地の良さが並びつつある広場に着いてまず最初にすることは空を見


ることである。星が見えてしまう澄んだ田舎空を見つめる。数秒見つめる。この行為


に意味はない。あるとしたら夜空を見上げている自分に少し自惚れているぐらいだ。


よくテレビを見ていると夜空や星空を眺めて自分の矮小さを直接感じられるとか、あ


の星の輝きに負けないぐらい頑張りたいとか言っている人が出てくる。そういう人は


俺の中でカッコいい人と定義されている。つまりすごい人だ。すごい人だから星や夜


空を見てそのようなセリフが出てくるのだ。事実、自分のような凡人は空を見て自分


の大きさとの対比なんてできないし星を見ても「あ、星だ」で終わってしまう。もし


かしたら俺は凡人以下だからできないので凡人ならできるという可能性がゼロという


わけではないが少なくともこの時間にバイトもせず生産性ゼロな行動をしている人間


がすごい人であるわけがないので一応この考え方は合っているはずである。数年後、


もしくは数十年後にすごい人になりたいという夢はゼロではないがコンマなんとかの


世界である。すごい人というものは生まれつきすごい人になる資格を持った人がそれ


を自覚し、なってくれればいいと思う。生まれた時から凡人である俺は、ここで資格


を持った人が将来すごい人になることをこの空に願う。それぐらいがせいぜい限界で


ある。だから無理はしない。頑張れ!資格を持った人!


 珍しく考え事をしたせいで本来の趣旨から外れてしまった・・・俺が次にすること


は目を閉じて夜の音を聞くことである。カッコつけて夜の音と言っているが、ただ虫


や鳥の声や木が揺れる音を聞くだけである。こうすると夜がより一層感じられて散歩


の目標達成に大きく近づくのである。今日も耳を澄ますとほら、ジージーと言う虫の


鳴き声やサーサーと言う葉が風で揺れる音、「今日もいい風だねぇ」と言う女性の綺


麗な声が聞こえてくる。この時間が自分に夜をとても強く感じさせてくれ・・・ん?


今俺はなんて言った?自分の発した言葉に強烈な違和感を覚え再び繰り返す。虫の鳴


き声、葉が風で揺れる音、綺麗な女性の声。よし、違和感の正体が掴めた。明らかに


これだ、最後の一言だ。綺麗な女性の声。え?実はそれほど綺麗じゃなかったって?


いやそういう問題じゃないんだよ。じゃあ女性の声が聞きたくなかったってこと?い


や落ち着き給えワトソン君。君の着眼点は私が驚くほど素晴らしいがそれと同時に私


が驚くほどズレているよ。君が分かるように整理しながら正解発表と行こう。まず一


つ目、君は女性の声の評価に疑問を抱いたね。それは間違っている。事実女性の声は


とても綺麗だった。透き通った声と言うよりは伸びやかな大人の女性の声と表すのが


相応しいだろう。次に二つ目、君は私が女性の声を聴きたくなかったと言ったね?そ


れだよ、大正解だ。私は女性の声を聴きたくなかった。けど君は表情から察するに私


が女性嫌いなのだと勘違いしているようだがそれは大間違いだ。女性は普通に好き


さ、今まで関わる機会がなかったから接し方がわからないだけで。私が女性の声を聴


きたくないと言ったのは場所がここだからだよ。夜、山近くの広場、近くに家などの


建物はない。これらを鑑みて出される結論は一つ。その声の主は生きた人間ではない


ということさ。わかったかね、ワトソン君。


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『偽りの世界で。』第一話を読んでいただきありがとうございます。初投稿作品なので完璧ではないと思いますが、もしよろしければ☆やレビューなどで評価を頂けると幸いです。

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