童話追放物:無能な僕はパーティをクビになりましたが、リーダーにスカウトされて、今は幸せにやっています。

久野真一

僕をクビにしたリーダーの真意

「もう駄目なのかな……」


 焚き火がパチパチと爆ぜる音がする。

 夜もふける頃合いに僕はどこか沈み込んでいた。


 それもそのはず。この所、役立たずの僕の処遇を巡ってパーティ内での言い争いが耐えなかった。


 言い争いというのは正確ではないか。僕を庇うパーティーリーダーに辞めさせろと突き上げるメンバーたちという構図だった。「リーダーのお気に入りだからって調子に乗るなよ」という嫌味を言われた事も何度あったことか。


「僕も本当に役立たずだからなあ……」


 思わず自嘲してしまう。ふと、馬車からがさごそという音がする。誰かが起き出したかと思えば何者かの人影が近づいて来ていた。


「アランさん?」


 身の丈190cmを超えるであろう大柄な身体は間違いなく、僕が所属しているパーティーのリーダーであるアラン=ウィラードさんのものだった。この国でも指折りの冒険者であり、国一番の槍術の使い手として知られている達人で、パーティのアタッカーとして数々の困難な討伐を成功させた実績を持っている。それでいてまだ二十代半ばという若さとフランクな喋りもあって王都で絶大な人気を持つ冒険者だ。


 そんなアランさんが初めてリーダーとしてパーティを結成することになったという時は王都中が湧いて冒険者が殺到したとか。僕はパーティの追加募集の時に運良く入団試験に合格出来たんだけど。


「よう、グラハム」


 アランさんの顔はどこか疲れていて憂鬱そうだった。


「どうしたんですか、こんな夜更けに。何かトラブルでも?」


 わざわざ僕に何か用件があるくらいだ。何かの異変でも察知したのだろうか。


「トラブルと言えばトラブルなんだがな……どう切り出せばいいか」


 優柔不断とは程遠い彼が迷っているとはよっぽどの事だろう。


「ひょっとして、僕の処遇に関してだったりします?」


 役立たずの僕の処遇に関してパーティメンバーがアランさんを何度となく突き上げていたのは僕が先程考えていた通り。曰く、こんな雑用係に自分たちと同じ基本給を渡すのはおかしいと。


 基本的に冒険者パーティーにおける報酬は、働きに関わらず支給される基本給に加えて冒険中の働きに応じて支給される歩合給の二つがあって、基本給と歩合給をいくらにするかはパーティーリーダーに決定権があるのが冒険者たちの慣習だ。


 基本給をパーティー内の役割に応じて変えるのもまたよくあることで、僕のような誰でも出来る雑用を主にこなしている者が同じ基本給を受け取るのはおこがましいという主張はよく理解出来る。


 正直なところ、僕はその言葉に反論する術を持っていない。斥候、戦闘補助、回復係、などなど。使えない僕に居場所を与えようとアランさんは色々配慮してくれたが、どの役割にも適性がなく、今の僕は雑用係。


 遠征に出るための各種準備作業に始まって、パーティーの炊事や洗濯、トイレのための穴掘りの準備、遠征が終わった後の後始末作業などを行っている。アランさんは僕に配慮してか「後方支援係」と呼んでいたけど誰にも出来る作業だし、皆からの不満が出るのは仕方ないとも思う。


「そういうことだ。とても言いにくいんだが、パーティーを辞めてもらう」

 

 苦虫を噛み潰したような顔の彼を見て本意ではないのだろうと悟った。


「ここまで僕の立場を守ってくれただけでも御の字ですよ」


 彼はたびたび、僕も重要な役割を担っているのだと、雑用係と言って見下すような真似は止めるようにと言っていた。給金についても役割に対する正当な対価だとパーティメンバーを説得しようとしてくれていた。ただ、それも限界が来たんだろう。「雑用係なら雑用係なりの基本給にすべき」というのが皆の言い分だった。


「本当に悪い。俺が至らないばかりに」


 頭を下げるアランさんは本当に出来た人だと思う。役立たずの僕を庇ってくれたばかりか、こうして頭まで下げてくれるなんて。


「アランさんがそう言ってくれるだけで、少し救われましたよ」


 最初はそこそこ使えるのではないかと見込まれてパーティーに入団したはいいものの、役立たずが明らかになるにつれて、パーティーメンバーからの叱責や陰口が増えるのは本当に辛いものだった。


 しかし、冒険者として後世に名を残そうという夢こそ潰えたものの、いずれ後世に名を残すかもしれない彼にそう言ってもらえるなら少し救われる。


「違うんだよ、グラハム。単にお前を庇っていたわけじゃなくて、お前がパーティに必要な人材だったから。それなのに、お前を無能と勘違いしている皆から守れなかった事を悔やんでいるんだ」


 無能と勘違い?不思議な言葉だ。

 僕は間違いなくパーティーの役立たずだったのに。


「公平に見て皆の意見が正しいですよ。庇ってくれるのは嬉しいですが」


 冒険者として優秀だけど根が優しくて甘いアランさんの事だ。

 きっと、過大評価だろう。


「そうじゃない。皆は、誰のおかげで苦労もせずに美味い飯にありつけているかを、野営地ですぐに用を足せるかを、戦闘に専念出来るかをすっかり忘れているんだ。地味ではあるが必要な事なのに」

「いやいや、アランさんがそう言ってくれるのは嬉しいですが、誰にでも出来る事でしょう。炊事にしろ洗濯にしろ、トイレの準備にしろ、その他の色々にしろ」


 僕が言うのも何だが、咄嗟の判断力も要求されないし、武力も知力も必要ない。楽ではないが誰でもこなせる仕事でもある。僕がそれなりの給金をもらうのは我慢がならないというパーティの仲間たち-攻撃魔術師や補助魔術師、回復魔術師、狙撃手、と言った戦闘で役に立つ人たち-の言い分は正当だろう。


「卑下するな。今のパーティの奴らは気づいていないが、素早くそれなりの料理を作れるのは立派な才能だし、トイレの準備なんぞ誰もやりたくはないが、誰かがやらなきゃならん仕事だ。その他の諸々だって全部必要な事だ。立派にやってくれているさ」


 そう言うアランさんの瞳は真っ直ぐ僕を見つめていて、至って真剣そうだ。


「だからな。これまで立派にやってくれていた分を含めての退職金だ。受け取れ」


 大量の硬貨が詰まったずっしりと重い革袋を押し付けてくる。

 少し中を覗いてみると、溢れんばかりの金貨が詰まっていた。

 これ、100枚はあるんじゃないか?

 慎ましくすれば王都で1年間は生活出来るくらいの額だ。


「退職金って。受け取れませんよ、こんな大金。それに、クビになったのに……」


 彼がいかに僕の事を想ってくれていようと、クビはクビだ。


「いや、これまでの働きを正当に評価した結果だ。それと次にお前をスカウトするための前払い金でもある」


 うん?どういうことだ?


「話が見えないんですが。僕はパーティーをクビになるわけですよ。どうして、スカウトなんて……」


 唐突な言葉に僕は少し混乱気味だった。


「実はな。今のパーティーは近い内に解散しようと思っているんだ」


 どこか疲れた顔で言う言葉は驚きだった。


「ええ?アランさん達は散々成果を挙げているじゃないですか。パーティーの皆も優秀ですし、なんで突然解散なんですか?」


 もしや、今のパーティーでは飽き足らずより優秀な人材を集めようということか?


「あいつらは能力は優秀かもしれんが、お前を役立たずとみなして追放しようとするような連中だ。正直、あそこまで後方支援を軽視する連中だとは思っていなかった。人選を誤ったよ」


 まだ話が見えない。


「僕が役立たずなのは客観的な事実だと思いますが」

「あのな。グラハム。もう少し自信を持て。今のパーティーを裏方で支えてきたのは間違いなくお前だ。しかも、散々嫌がらせされているのに」

「今も自信は持てませんよ。なんでアランさんが僕をそこまで買っているのかも」


 僕も最低限の仕事はしたという自負はある。

 にしても、アランさんは僕を買いかぶっているように思う。


「そうだなあ。お前は遠征で一番コストがかかるのはどこだと思う?」


 問いに対する答えはあまりにも当然の物ですぐに頭から出てきた。


「それは当然、移動中じゃないですか?」


 何を当然のことをと思う。


「そう。その通りだ。特に遠征期間が長くなればなるほど、戦闘そのもののウェイトは下がる反面パーティの糧食費は跳ね上がるしその他消耗品の費用もかかる」


 雑用係の役割の一つとして、遠征に必要な物品の見積もりと買い出しがある。

 だから、おおまかに戦闘とそれ以外にかかる費用についても知っている。


「でも、結局は戦闘技能を持った人がいないと始まらないですよね。僕の戦闘に関する技能は他の皆に比べてもせいぜい三流ですし」


 世界は広いというのをこのパーティに入ってすぐに思い知ったものだった。

 出身である寒村では村一番の腕自慢だったけど、そんなのは井の中の蛙。


「それはそうだが、逆に言うと戦闘に優れた奴はごろごろいるんだよ。知ってるか?お前が後方支援専門になってから、遠征にかかる費用は今までの2/3くらいになってるんだぞ」


 それは、初めて聞いた事だった。

 以前からパーティーメンバーで持ち回りでやっていたと聞いているから、そこまで大きく変わらないのだと思っていた。

 しかし、僕が担当する前と後でそんなに変わっていたとは。


「ようやく、アランさんが僕を買ってくれていた理由がわかりましたよ。料理とかは後付けで、そっちの方が本丸だったんですね」


 僕は雑用と思っていたけど、アランさんにしてみればコスト削減に大きく貢献してくれていたわけだ。


「お前の飯が美味いのも本当だぞ?しかし、そっちも大きいのは確かだな」


 苦笑いしながら告げるアランさんを見て、

 ようやく僕が果たしていた役割を理解した。


「ようやく理解しましたよ。自分がそういうところに向いているのは驚きましたが」


 よっぽど持ち回り制でやっていた頃は効率が悪かったんだろう。

 思えば、その辺りは村で鍛えられた技能とも言えるかもしれない。

 とにかくケチくさくないと寒村で生きていく事は難しかったから。


「そういうことだ。今のパーティは近い内に解散して、新たにパーティメンバーを募集する予定だ。できれば、お前には最初のメンバーになって欲しい」


 頼む、と頭を下げられてしまう。


「それは嬉しいんですが、アランさんが皆から恨みを買うのでは?」

「今のパーティは崩壊が目に見えてる。多少の恨みなんて気にしないさ」


 ニッと笑うアランさん。


「それでも僕は雑用係ですよ?いいんですか?」


 来る日も来る日も色々な雑用をした日々が蘇る。

 雑用係なりに役に立とうと食材を見る目を養った。

 どれだけ安く買えるか交渉術も学んだ。

 皆が素早く食事にありつけるように早く、でも美味しい料理を作る術を学んだ。

 飽きないように色々な保存食を作る実験もした。

 異変に早く気付けるように周囲の些細な変化も見逃さないようにした。

 効率的な旅程を考えて事前に何度も何度もチェックした。

 予算の範囲内で最大限皆がうまく動けるように必死で考えた。


 ただだだ、パーティの役に立ちたい一心で色々な事を学んだ。


「人には向き不向きってのがある。お前は立派な後方支援係だ。胸を張れ」

 

 アランさんは優しいから僕を庇ってくれているだけだと思っていた。

 でも、違った。影から僕の働きを見てくれていたんだ。

 気がついたら、僕の頬を涙が伝っていた。

 僕はパーティに貢献出来ていたんだという気持ちと彼への感謝と。


「わかりました。アランさんが再出発する時には是非とも!」

「ああ、よろしく頼む」


 こうして、僕はパーティをクビになった。

 アランさんが再出発の際の一人目のパーティメンバーにという破格の条件で。


 それから、約一年後。


「いやー、このパーティに入団して本当に良かったっすよ」

「そうそう。前のパーティは飯がクソマズだったもんねえ」

「ほんと、グラハムさんのおかげだよ」


 口々に僕への称賛を口にする仲間の言葉が少し照れ臭い。


「いや、まあ、それほどでも……」


 あれから、僕はアランさんから再び声をかけられる日に備えて、後方支援のためのスキルをさらに磨いた。料理は言うに及ばず食材や消耗品を買い揃えるのに良い店や市場はどこかなど。


「照れるな、照れるな。相棒。お前の手柄だ」


 パーティを再結成するに当たっての第一メンバーとなった事もあって、僕が他の皆から軽んじられるような事も今はもう無い。「思えば、途中からお前が後方支援係になったから軽んじられるようになったからな。最初から縁の下の力持ちだと知っていれば軽視出来ないさ」とは彼の言だ。


「そうですね。僕は立派な後方支援係ですから」


 雑用とかつての僕は思っていた。しかし、それは誤りで、戦闘には参加出来なくとも、いや、戦闘に直接参加しないからこそ大きな役割を担っていたのだった。


「それでよし!さあ皆、次の討伐に行くぞ!」


 アランさんの号令に、皆は「おー!」と歓声を上げる。

 こうして、僕の旅は再び始まったのだった。

 かつて夢見た英雄譚の中に僕はいないかもしれない。


 ただ、その英雄たちを影で支えた者になろう。

 最近はそんな決意と共に後方支援係として忙しく活動している。


 たとえ後世に残らなくとも僕の役割だとそう思えるようになったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

今回、短編とは言え、初めて「異世界現地物」を書いてみました。

全く恋愛が絡まない作品も、そもそも初めてな気がします。


異世界というものがあって、冒険者パーティが居て、という世界観を考えた時に、ふと浮かんだのが「彼らは戦闘以外にどのような準備作業をして遠征に臨んでいるのだろう」という疑問でした。


その辺りを元に短編にまとめてみたのが本作です。

楽しんで頂けたら応援コメントやレビューなどいただけると嬉しいです。

ではでは、また。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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