第91話祝福

 アルバートは玉座の上から、こちらにやってくるふたりの姿を見つめた。


 王太子である自分の息子と、手を引かれてやってくる人物。


 アレクシスがまだ子供だった頃、ここで全く同じ光景を見た気がする。


 奇妙な既視感に思わず、身を乗り出した。


 徐々にはっきりしてくる目鼻立ちに、アルバートは自分の目がおかしくなったかと目を揉んだ。


 しかし、再び見てもあのとき見た少年と面立ちが似すぎている。


 隣に座ったヘロイーズも目を広げ、身を乗り出している。


 やはり、その表情から、自分の見間違いではないのだと悟る。


 驚愕する両親に構わず、アレクシスが一礼する。




「父上、母上、本日はお時間をとっていただき、感謝いたします」




 毅然と顔をあげる姿は、王太子そのものだ。




「今日はおふたりに、紹介したい方がいて参上致しました」




 半歩後ろに立つ、クリスティーナを振り返る。


 クリスティーナは震えそうになる指を堪え、ドレスの裾を掴んだ。ドレスを受け取ってから、何度も練習したお辞儀をする。




「クリスティーナ・ジリアン・エメットと申します」




「クリス……ティーナ……」




 アルバートが茫然と呟く。


 ヘロイーズがあとを引き継ぐ。




「……エメット…………」




「クリスティーナをわたしの妻にします」




「本気で言っているのか」




「いつかわたしも結婚する身なら、この者が良いのです。――いえ、この者しか考えられません。クリスティーナをわたしの婚約者に迎えると認めてください」




 既視感が再びよみがえった。


 あのときのようにまっすぐ見つめてくる瞳と、同じような台詞。


 アルバートは茫然としていたものの、しかしすぐに顔をあげて、たまらず笑いだした。




「良かろう。おまえは一度決めたら、聞かぬからな。一度ならずも、二度までも同じ相手を選んだのだ。誰にも意思を曲げられないだろう。――なあ、王妃よ」 




 隣のヘロイーズに呼びかける。


 それまでずっと黙っていたヘロイーズに、アレクシスが目を向ける。




「母上――」




 ヘロイーズが息子の強い視線を受け、眉をあげる。持っていた扇子をぴしりと閉じた。




「まったく、おまえが自分で選んだというから、どんなお転婆娘かと思えば、こんな可愛らしい女性とは思わなかったわね」


 

 すました顔から一変、愉快そうに口の端をあげる。


 ヘロイーズの台詞にアレクシスどころか、クリスティーナも目を丸くした。


 初めてヘロイーズに挨拶した時と、似たような台詞だったからだ。




「クリスティーナとやら、不肖の息子ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いしますね」




 ヘロイーズはクリスティーナに目を合わせると、優しく微笑んだ。




「はいっ!」




 クリスティーナは心から深くお辞儀を返した。




「クリスッ!」




 アレクシスがクリスティーナの肩を抱き寄せる。クリスティーナも笑って、それに答えた。




「親の前だぞ。節度を保て」




 アルバートが咳払いをする。


 クリスティーナとアレクシスは顔を見合わせて、くすりと笑った。そんなところも子供の頃と一緒だった。


 離れて一礼する二人に、アルバートは目を細めた。




(どうやらあのときに、もう既に運命の相手を見つけていたのだな)




 二人を見下ろし、アルバートが楽しげに笑った。


 夫の隣でヘロイーズもまた目を細めて、口元を緩めた。


 ふたりの笑みはクリスティーナを心から迎え、婚約を寿んだ証だった。


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