第90話謁見
馬車で揺られながら、クリスティーナは眺めていた外の景色から視線を外し、向かいのアレクシスをちらりと見た。
アレクシスは馬車に乗ってから、腕組みしたままずっと無言である。
(やっぱり、アレクも緊張してるんだよね)
王と王妃との対面である。普通の令嬢だったなら、これほど緊張と不安に包まれないかもしれない。
クリスティーナはつい最近まで、男と偽って、従者をして生きてきたのだ。アレクシスがついているおかげで、罪に問われることはないかもしれないが、それでも王族を欺いたことは事実である。叱責されるのは当然としても、結婚に反対されるかもしれない。
アレクシスの求婚に頷いたものの、正直本当に結婚できるか、クリスティーナはまだ信じらなかった。
家柄も相応しいとは言えないし、裕福でもない。他にいくらでも、アレクシスに見合う女性はいる。
それでも、贈られたドレスを着たのも、こうして王宮に向かう馬車に乗っているのも、全て愛する人のためだった。
アレクシスがこうして自分のために心をくだいてくれるなら、それがつかの間の夢でも一緒にいたかった。
その間だけは、クリスティーナはアレクシスのものである――自分の心がアレクシスのものである証明な気がしたからだ。それをアレクシスに伝えたかった。
アレクシスもまた似たような不安を抱えているのかもしれない。
(だから、こうしてだんまりなんだ)
クリスティーナは憂いを帯びたため息を吐いて、再び窓の外を見つめた。
一方、アレクシスは全然違うことを考えていた。
(ああ、可愛すぎて、何を喋っていいか、わからん)
従者の姿ももれなく好きだが、今は美しさと可愛さに磨きがかかり過ぎている。先程、切なげにため息をはいた様子も、心を掴まされる。
せっかく向かいに座っているから、惜しみなくその姿を堪能したいが、目が合えば何か話さねばならない。こんな緊張した状態で、うまい話も思い浮かばない。
普段の会話を繰り広げれば良いのだが、それも何を話題にしていたか、一向に思い出せない。
そのため、馬車に乗ってから、ちらちらと視線を送っては、心の中で悶えるの繰り返しだ。
(密室が良くない)
それは馬車に乗った瞬間から、感じ取っていた。
狭い空間に急に二人きりになったせいで、手を伸ばしたい衝動にかられるのを必死に抑えている。
思いが通じあった者同士、口付けくらいは許されるだろうが、口付けひとつで終わる気がそもそもしない。手を出した時点で、止まれないことはわかっているので、必死で腕組みをして抑えている。
そんなクリスティーナの物思いもアレクシスの懊悩も、馬車がとまったおかげで、中断された。
扉が開かれ、アレクシスが馬車から降りた。
クリスティーナはアレクシスに助けられ、あとに続いた。
威風堂々とした王宮が視界いっぱいに広がり、いよいよクリスティーナの人生の分かれ道が訪れようとしていた。
クリスティーナはごくりとつばを呑み込んだ。
アレクシスに手を引かれ、初めてここを訪れた時と、全く同じ道順をたどっていく。
まるであの頃に戻ったようだった。
何が何やらわからず、アレクシスに手を引かれるままだった幼かったあの頃。
けれど、今日は自らの意志でここにやってきた。
やがて一番奥にたどり着いた。
扉の両脇に佇む騎士が、中に訪いを告げる。
不安に震えそうになるクリスティーナの手を、アレクシスは力強く握った。
「大丈夫。心配するな。何があっても、おまえを守る。おまえはただ、俺を信じてればいい」
横に並んだクリスティーナに微笑む。
クリスティーナは目を瞬かせた。いつもクリスティーナに注がれる暖かな炎のような瞳に見つめられ、クリスティーナの不安も溶けていくようだった。
アレクシスを見つめ、微笑んだ。
「はい」
アレクシスの手を握り返す。
両扉が開かれた。
二人は顔をあげ、まっすぐ中に歩を進めた。
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