第79話訪問者

(もう、アレクったら)




 クリスティーナは怒っていた。




(あんなに苦しくなるほど、離さないなんて、ひどいよ)




 もう絶対口移しでは、紅茶を飲ませない。


 そう心に誓って、内廷の自分部屋に戻ったところで、メイドが訪ねてきた。




「クリス様に、お客様がお見えです」




「お客様? 誰だろう?」




「さあ、名前は名乗りませんでした。騎士の宿舎の外れで待っていると、それだけ伝えてくれとおっしゃっていました」




「そうなんだ。ありがとう」




 メイドにお礼を言って帰すと、首を捻る。




(わたしを尋ねてくるひとなんて、いたかな?)




 それも名前も名乗らないと言う。怪しいが、待っているというからには行かなければならないだろう。




(それになんでわざわざ宿舎の外れなんだろう)




 クリスティーナにお客が来たとしても、自分の部屋には通せない。いくら部屋が与えられているとはいえ、この内廷の三階部分に立ち入るにはアレクシスの許可がいる。クリスティーナが無断で通すわけにはいかないのである。


 では外廷の応接間はどうかと言えば、そこは王族や廷臣たちの客人を通す場であって、クリスティーナの個人的な用では使えない。


 必然、来訪者はそれ以外の場所で応対することになる。外廷の入り口や中庭の一角で会うのが自然の流れだと思うが、クリスティーナを尋ねて来た人物はわざわざ宿舎の外れを指定した。宿舎は王宮の敷地内の中でも、一番端に位置し、移動するにも時間がかかる。




(まるでひと目を忍んでるみたい)




 腑に落ちないながらも、目的の場所にやってくると、ひとりの人影が目に入る。


 その姿が徐々にはっきりしてくる。




(まさか――)




 随分会っていなかったが、見間違うはずがない。


 自分と同じ髪と目の色を持つ人物――。


 クリスティーナはその人物の顔をはっきりととらえるところまできて、立ち止まった。


 体から血の気が引いていく。




「バイロン兄様……」




 王都から離れ、領地経営しているはずの兄が、そこに立っていた。

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