4

 朝学校へ行くと、お調子者の男子が声をはりあげた。

「今からほたるの真似しようぜ!」

 

 ここにいる生徒、いまからしゃべるの禁止、というゲームだ。

 この男子は、そうすることによって、わたしがもっとになるのがわからないらしい。


 ぷはっと吹き出す音が聞こえ、周りの生徒がつられたように笑い声を立てる。


「さすが。蛍には勝てないわ」

 わたしにとどめを刺しているのが無自覚なのか、わざとなのかわからない。子供だからって、何を言っても許されると思ってる。



 図工の時間は苦痛だ。特にアイデアが思い浮かばない時は。好きでもない人と、名前順の4人組で席につく。

 わたしの苦手な「大人しい」子、花実はなみちゃんは隣の席にいて、いつもわたしの作品をパクってくる。


 バケツにくんだ水でピチャピチャ音を立てながら、わたしの口は勝手に動いていた。無自覚だ。幼稚園の頃にも、自分が何を喋ってるのかわからないことがあった。


 花実ちゃんは何も相槌を打たない。いや、打てないのかもしれない。「大人しい」子なんだから。


 気がついたら、花実ちゃんがこっちを見て言った。

「あ、しゃべった」


 わたしは黙る。いきなりそんなことを言われるとは思わなかったから。


「っていうと、しゃべらなくなるー!」

 花実ちゃんが嬉しそうに笑った。


 そのとき、わたしが喋らないようにするために、“あ、しゃべった”というセリフを言われたことを知った。

 

 なんでよりによって「大人しい」ふりをした、花実ちゃんに言われなければならないのだろう。


 花実ちゃんは、わたしが内心で馬鹿にしているのを見透かしていたのかもしれない。それでも悔しくて、そんな自分が醜くて。


 わたしはこの日、人としゃべるのを諦めることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る