悪魔のリン

「うわー。ネックレスが喋ってるよー。気持ち悪いー」

 ネックレスについている人形の姿は、とても変だった。とにかく目つきが悪く、喋ると人形よりも大きな口が現れて、おかしかった。

「気持ち悪いとはなんだ」

「だって気持ち悪いじゃん」

「せめて、気味が悪いにしなさい」

「同じことでしょ」

「俺さまからしたら、お前たち人間の方がはるかに気持ちが悪いわい」

「お互い様だよ。じゃあねー」

 と、つい変なのとお喋りしてしまったけど、これは絶対関わっちゃダメな奴だよね。よし、さっさと帰って夕飯にしましょう。

「おいおい、ちょっと待っておくれよ」

 それなのに、まだしつこく声をかけてくる気味の悪い人形。

「私、あなたに構ってあげられるほど、暇じゃないんだよね」

「なに言ってやがる。お前、暇だからこの辺りを散歩してたんだろうが」

 図星をつかれ、言い返せなかった。

「でも、知らないおじさんとは話してはダメだってみんな言ってるもん」

「俺さまはおじさんじゃねーぞ」

「じゃあなんなのよ。ヘンタイ?」

「だれがヘンタイだ。話を聞けよこの野郎」

「あんた、私を呼ぶ時、そこの女って言ってたよね? 野郎は男でしょうが、このヘンタイ野郎」

「俺さまをヘンタイ呼ばわりするんじゃねー」

「うるさいなー。なんなのよあんたは」

「よくぞ訊いてくれた。いいぜ、教えてやろう」

 しまった。余計なことを言ってしまった。おかげで頼んでもいないのに、勝手に次から次へと話しはじめた。

 この人形は自分を悪魔だと言った。宇宙船でこの辺りの宙域を飛んでいる途中、お腹が空いたので、好物の匂いがしたため、降下したそうだ。この神社から匂いがしてたみたいで、見事に本殿の屋根の上に着陸したんだって。宇宙船から下りて本殿の屋根の上を歩き、お目当てのものが下に見えたので、飛び降りていると、屋根の先端にかけてあった鎖に引っかかってしまったそうだ。

「ちょっと待って。まさか、隕石の正体って、あんたじゃないでしょうね?」

「隕石だって? 俺さまは破壊の帝王だ。宇宙船に乗って、この星へやって来たんだぜ」

「だから、その宇宙船で、この本殿に落ちたんでしょうが。百年以上前だって聞いたよ」

「なんだと。じゃあ、この本殿がボロボロなのは、俺さまのせいだったのか」

「そうだよ。宇宙船の重みに耐えきれなくなって潰れちゃったんでしょ。まったく反省しなさい」

「俺さまはてっきり、こういう造りだと思ってたぜ」

「それで、宇宙船はどこにあるの?」

「俺さまの後ろの所に穴が開いているだろ。そこにあるはずだぜ」

 ちょっと怖いけど、宇宙船に興味が沸いたので、本殿の屋根の上に登ってみた。確かに大きな穴が開いているけど、巨大な宇宙船らしきものは見当たらなかった。

「なーんにもないよ」

「そんなはずはない。あ、お前、大きな宇宙船だと思ってるだろ」

「え? 違うの」

「俺さまサイズが入れるほどの大きさだぞ」

 このうるさい悪魔だと言い張っている物体の体の大きさは、新品の消しゴムくらいだった。 

 じゃあ、筆箱くらいの大きさかな。

 ゆっくりと、中央の穴の所へと降りていく。ミシミシと言う音がして怖かった。それに、スカートで来ているので、下からはパンツが丸見えだ。誰にも見られる心配はないからいいけど。

 ようやく中央まで降りてくると、一か所、黒い靄が出ているようなところがあった。そこは、教科書なんかで見るクレーターのような形になっており、クレーターの中心部分に、白のボールのようなものが落ちてあった。

 いきなり触って、ビビビってなって感電死したら大変なので、指先でツンツンしてから安全かどうか確認して手に取ってみた。

 よかった。なんともないみたいだ。

 ボールは、それほど重くも軽くもなかった。赤い縫い目が、メビウスの輪みたいに、白いボールを左右対称に縫われていた。

「これ?」

 悪魔の所へ戻り、見せてみた。

「おお、それだそれ。良かったぜ、壊れてなさそうだ」

「あんた、悪魔ってより、宇宙人なんじゃないの?」

「そうだぜ。アクマっていう惑星から来たからな。アクマ星人だ」

「そんな星あるんだ」

「あるに決まってんだろ」

「ふーん」

「俺さまはな、本場の野球が見たくて、わざわざ遠い宇宙からやって来たんだ。ほら、宇宙船も野球のボールをイメージしてるんだぞ。カッコいいだろー」

「野球ってなに?」

「お前、野球も知らないのか。ここは地球で日本だろ? 国民的スポーツだって聞いてたぞ。俺さまが持ってるパンフレットだって、野球のことだけでも二ページも使われてたくらいだ」

「知らないなー」

 悪魔の表情が歪んだように見えた。

「そういえば、隕石騒動が百年ほど前って言ってたな……おい、この時代は何年だ」

「二千二百二十二年だけど」

「なんだとー」

「いちいちそんなおっきい声出さないでよ」

 なんだか深刻そうな顔でブツブツ言っている。気味が悪いのと、お腹が空いたから、ほっといて帰ろうかな……。

「おい、助けてくれ」

「ええ、嫌だよ。なにされるかわからないもん」

「なんにもしないってばよ。ここから降ろしてくれるだけでいいんだ。それから小銭を一つ食べさせてくれないかな。二百年近くこんな状態だ。腹が減って仕方がない」

「二百年? 百年じゃなくて?」

「ああそうだ。俺さまは確かに、二千二十年にここにやってきた。野球を見るついでに東京オリンピックを見るためでもあった。だが、理由はわからねーが、この鎖に引っかかってしまったんだ」

「二千二十年……たしか、その時の東京オリンピックもパンデミックで中止になって、翌年に持ち越されたって歴史の教科書には載ってたような……」

「なんだと? どのみち見ることできなかったのか!?」

「ちなみに、二千百六十四年にもあったし、今年も開催される予定だったんだ。トーキョーオリンピックだけど」

「なに言ってんだ?」

「いまは東京じゃなくてトーキョーって呼ばれてるの。んで、開会式は行われたけど、競技どころじゃなくなったけどね。世界では最悪のパンデミックが起こっているのに、無理やり開会式を行って、外国の人を大量に入国させたおかげで一気に日本国内にも広がったって専門家が怒ってたもん」

「なんと……俺さまは、どれほど巡り合わせが悪いんだ……」

「でも二百年も空腹、よく我慢できたね。私なら、一日で死んじゃうよ」

「そりゃ人間のような貧弱な体じゃねーからな。それに、俺さまは、冬眠状態だっんだぜ。神経を人間が来た時だけ観測できるように設定して眠ってたってわけだ。まさか、二百年近く人間が現れないとは思はなかったぜ」

 なんだか可哀想だから、お金くらい上げてもいいよね。

「小銭でいいの?」

「ああ、頼む。後生だ」

「しょうがないなー。ん? もしかして好物って小銭のこと?」

「そうだぜ」

「罰当たりだねー」

「悪魔には罰なんてあたりゃしねーぜ」

「でも、そこで動けなくなって二百年だったんだよね?」

「…………」

「ほら、罰が当たったんじゃん。やめといたら? 今度は死んじゃうかもしれないよ」

「お、俺さまが死ぬわけねーだろ。いいから食べさせてくれ」

 あまりにも必死なので、さっき賽銭箱に放り投げて戻って来た五両玉を悪魔の所へ持って行った。

「放り投げるから、ちゃんと取りなさいよ」

「おう。ていうか、雑だな」

「私の手まで食べられたら困るもん。行くよ」

 悪魔に向かって、五両玉を放り投げた。

 ただでさえ大きかった口がさらに大きくなって、不気味さが増した。そんなに大きな口を開けなくても食べられると思うんだけど……。

 しかし、悪魔はすぐに五両玉を吐き出した。

「ぶへー。まっずぅ。ぺっぺっぺっ。なんだ、このまずいのは、まずいって言うより、苦いぞ」

「なんてひどいことするのよこの罰当たり悪魔は」

「わるかったな。だけど、これは小銭って言う代物じゃないぞ」

「小銭だよ。五両玉だもん」

「現代の小銭は、食べられたもんじゃないな。この小銭からは、あの時の香ばしい香りが全くしやがらねー」

「贅沢だねー。そもそもお金を食べるって神経がわからないよ」

「俺さまだって、お前たちが動物を食べる神経がわからんさ」

「お互い様だね。じゃあね」

 なんだかイラっとしたので、勝手にしてくださーい。

「申し訳ありません、お嬢さま。お願いします。お待ちくだされ」

「もう、なんなのよー」

「他に、他に小銭は持っていませんか。目覚めて久しぶりに話すと、腹が減りすぎて死んじゃいそうで……」

「他ってねー。両は食べられないんでしょ。百両、五百両もあるにはあるけど……あっ」

 目の前に、昔の通貨でもある円がたくさんある事を思い出した。

「そうだ、円なら食べられる?」

「円だと? 食べれる、食べれるぞ。できれば百円玉が良い。ちょうどいいんだ。うまいし、程よく腹が満たされるから。五円玉や一円玉は、全く満たされんから遠慮しておくぞ」

 全く贅沢な悪魔だこと。

 賽銭箱から落ちている、カビの生えた百円玉を手に取ってみた。確かに、五両よりも重みがある。

 とはいえ、賽銭箱の中にあった小銭を、私があのおかしな悪魔に与えるということは、あの悪魔と同罪なのだ。

 だから、一応手を合わせて謝っておこう。

「神さまごめんなさい。もし、罰を与えるのであれば、あの悪魔にお願いします。私は、見ての通り悪魔に脅されているのです」

「おい、人聞きの悪い事言ってんじゃないぞ」

「うるさいなー。人じゃないでしょ。これでいいの?」

「おお、間違いねー。カビは生えているが、百円玉だ。香ばしい香りも漂ってやがる。頼む、それを俺さまに食べさせてください」

 悪魔とはいえ、ここまで懇願されたらしょうがないのだ。

「じゃあ行くよ」

  そういって、悪魔に向かって百円玉を放り投げた。

 すると、先ほどと同じように、気味の悪いほど大きな口を開けて、百円玉をガシャガシャ氷を噛むような音をさせると、ごくんと飲み込んだ。

「ふっかーつ」

 と、叫ぶ悪魔だったけど、どこがどう変わっているのかは、私には見分けがつかなかった。とにもかくにも……。

「元気になれてよかったね。それじゃ、私はもう行くけど頑張ってね」

「お嬢さん。お待ちくだされ。どうか、ここから下ろしてはもらえないでしょうか」

「引っかかってる鎖を外せばいいじゃん」

「それがですね。どうしても外れないのです。手が届かなくて……」

「はあー。忠告しておくけど、私が助けるあいだ口を開かないでよ」

 こくんと頷く悪魔

 私は、背伸びをして、悪魔を掴んだ。ひゃっ、なんて変な声を出すものだから、余計に気持ち悪い。

「助かりましたお嬢さん」

「だけど、外れないよこれ」

 引っ張ったり、振り回したりしても、悪魔を捕らえている鎖が外れることはなかった。

「そうですね、困りました」

「でもよかったじゃん。屋根から下りられて。後は、自分でどうにかしてね。じゃあ、本当に行くからね」

「ちょい、お待ちを」

「まだなにかあるの?」

「お礼をしたいと思いまして」

「お礼? いいよそんなの」

「一応、俺さまは悪魔で、なんでも願いを叶えることができるのだけれど」

「とか言って、動けないんでしょ」

「…………」

 ほら、沈黙が答えのようなものだ。

「やっぱり。連れてってほしいんならそう言えばいいのに」

「そうだ、お前、彼氏が欲しいって願い事してたよな」

「話変えないでよって、聞いてたの?」

「お前の願い事に、俺さまのセンサーが反応したのさ」

 下腹部の方を触りながら言った。

「このヘンタイ」

 私は思わず、この悪魔をぶん殴ってしまった。

 それに、人ではない悪魔だけど、あの話を聞かれてたと思うとなんだか恥ずかしくなってしまった。

 私に殴られた悪魔は、それでも引き下がらない。立派な唇を腫らしながらも、私に言って来た。

「さあ言え。誰を彼氏にしたいんだ」

「いいよ別に。たぶん、その子死んじゃってるもん」

「そ、そうなのか……じゃあ、誰を殺してほしい?」

「そんな物騒な事頼みません」

「うーん。お前欲がないのか?」

「あるけど、今の時代、欲しいものを手に入れたって、長持ちする気がしないんだよね」

「なんで?」

「なんでって……そっか、二百年も眠っていれば、今起きてることなんて知らないよね」

 とりあえず、ゾンビのことをこの悪魔に詳しく説明をした。

 悪魔は、科学の時代にゾンビに支配されるとは、笑えるぜ、と大笑いされた。

「はーおかしくて涙が出ちまったぜ」

「最低だけど、何も言い返せない」

「がはは、しかし、俺さまが眠っている間に、そんなことになってたとはな。これもパンデミックの一つだろ? 呪われてるのかトーキョーオリンピックは」

「私、ゾンビが憎い。ゾンビさえいなければ、お父さんとお母さんと離れ離れになることはなかったし……彼氏だって出来たはずだもん」

「お前、両親より、彼氏ができるかどうかの方が大事だと思ってるだろ?」

「そ、そんなことないよ」

「本当か?」

「本当だって」

「どうだか……でも、お前、両親は生きているかもしれないって考えないのか?」

「無理に決まってんじゃん。田舎にまでゾンビはやって来てるんだから」

「で、どこでいなくなったんだお前の両親は」

「ニュートーキョー」

「なんだそれ?」

 ここでまたも説明。科学が発展し、新日本になったことを。

「なかなか地球もやるもんだな。じゃあ、探しに行こうぜ。俺さまが手伝ってやる」

「どうやって?」

「願いをなんでも叶えてやるって言ったよな。だから、俺さまと、悪魔の契約をするんだ」

「なんか怖いな」

「ゾンビと俺さま、どっちが怖い?」

「まだゾンビとは会ったことがないから、あんたの方が怖い」

「そんなさびしい事言うなよ……」

「ごめん、ごめん。で、契約ってどうするの?」

「小指を出せ」

「こう?」

 小指を差し出すと、ぷつっと、いきなり針のようなもので刺された。

「痛っ。なにすんのよこのヘンタイ」

 思わず、悪魔を放り投げてしまった。うわぁあああという情けない声が辺りに響いた。

「その血を、百円玉に擦り付けろ」

 遠くから声が聞こえた。

 だから、言われた通りに一滴の血を、百円玉につけてみた。

「それを俺さまに、食べさせろ」

「どこにいるの?」

「お前が放り投げたんだろうが。探せ、探しておくれ」

 跪いて探すと、膝が泥んこになるからいやだけどしょうがない。

 雑草を掻き分け、蚊や虫に刺されながら探しつづけると、うつ伏せになっている悪魔を発見。掴み上げてから、私の血が付いた百円玉を悪魔に与えた。

「よし、これで契約成立だ」

 と、悪魔が言うと、ネックレスが飛び跳ね、私の首にかかった。

 気持ち悪いので、取り外そうとするけど、鎖が重たくて持ち上がらない。

「どうすんのよこれー」

「俺さまにもわからん。本来なら、契約すれば、俺さまはお前の体内に寄生する形になるはずだったんだが……」

「な、早く言ってよ」

「でも、この鎖が俺さまとお前を繋げる役目になってしまった……」

「ぜんぜん外れる気配がないんだけど」

「どうだ? 首が重かったりするか?」

「そういえば重くはない。持ち上げようとすると重いけど。不思議だなー。じゃなくて、どうすれば外れるのよ」

「寄生がとかれるのはお前の願いが成就すればなんだが、ネックレスは初めてだからなー」

「ちょっと無責任な事言わないでよ。それに私、願いなんて言ってないよー」

「両親探すんだろ。それが願いだと、受け取ったんだけどな」

「悪魔ー……って、あんたが勝手に言っただけじゃん」

 思わずボコボコと、悪魔を殴りつけてしまった。悪魔は痛い、痛い、やめてって言っているけど、可愛い女子高生に殴られてうれしそうだ。

「まあ、お前の願いが成就すれば、外れるんじゃねーか。知らねーけど」

「なんなのこの子」

 こうなったら覚悟を決めるしかないのかな。どのようにして守ってくれるかはわからないけど、どのみち終わりはそう遠くない未来に迫ってきているんだから、少しくらい冒険したっていいよね。

「それから、俺さまの名前はリンだ」

「私も、じゃないからね。四宮ナナセ。可愛い可愛いナナちゃんって呼んでね」

「よろしくなナナセ」

「さっそく呼び捨て……こちらこそよろしくリン」

 こうしておかしな悪魔リンと私は奇妙な関係を結び、おそらく生きていないだろう両親を探しに、ニュートーキョーを目指す旅に出ることになった。


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