行ってきます

「私に憑りついたのはいいけど、なにをしてくれるって言うの?」

「そうか、説明がまだだったな」

 私が訊くと、リンはなにをしてくれるのか教えてくれた。

 とにかく、旧日本の硬貨さえあれば、それを与えるだけで、私がイメージすることを具現化してくれるそうだ。

 例えば、魔法少女みたいな女の子に変身したければ、イメージをするだけで変身ができるんだって。私の体を、リンの持つ魔力によって覆い、力も倍増する。もちろん、それは寄生した場合に限るけど。

 ネックレスの状態でもできるのかどうかわからないため、試しにまず魔法少女のイメージをしてみた。すると、リンがおー、とか変な声を上げると、見事に変身することに成功した。鏡がないので、どんな姿がかは分からないけど、ピンクの短いスカートだということはわかった。

「成功じゃん」

「みたいだな。お前がするイメージが俺さまの頭の中まで伝わったぜ。ネックレスでも寄生しているようなもんなんだな。良かったじゃねーか」

「そうだねって、失敗してたらどうしてたのよー」

「そうなりゃ、お前が死ぬまで面倒見てやったぜ」

「ふん。自分で屋根からも下りられなかったくせに」

「しゃーないだろ。動けなかったんだからよ。んじゃ、試しにあの大木を斬り倒して見ろ」

 この格好で、木を斬り倒すって、世界観がおかしな気がしたけど、まいっか。

 痛くないのかなーなんて思いながら、木をとんとんとする。でも、この木って、なにも悪いことしてないんだよなー。中には、カブトムシやクワガタたちが眠ってるかもしれないし……。

「なにを躊躇ってるんだ?」

「うるさいなー。わかったよ」

 覚悟を決めるしかなかった。

「ごめんなさーい」

 私は謝りながら思い切りきにパンチを与えた。目をつぶってたけど、感触は、障子に穴をあけているような感覚で、手ごたえが全くなかった。

 恐る恐る目を開けてみると、木に穴が開いており、向こう側が見えていた。すると、中からキイロスズメバチの大群が襲い掛かって来た。この木の中に、巣を作っていたようだ。

 田舎にはまだまだ棲息している悪魔のようなハチだ。特にキイロスズメバチは凶暴で有名だった。

 これだけ肌を露出していれば、至るところを刺されてしまう。私は大慌てで逃げ出した。ハチも別に嫌いじゃないけど、刺されたら痛いだけじゃ済まないから、逃げないといけないのだ。

「おい、逃げるな。戦え」

 リンが言った。

「でも刺されたら痛いもん」

「刺されないから。ナナセ、お前は俺さまを侮りすぎだ」

「怖いよー」

「平気だ。安心しろ。あんなハチくらいの針くらいで、お前を覆っているバリアを貫くことなんて不可能だ」

「ホントに? 信じていいんだね」

「どんと来い」

 リンの言うことを信じて、私は立ち止まった。百匹はいるであろうキイロスズメバチが一斉に私に群がり、ブンブンと重低音を響かせた。この音も結構好きだったりする。ゾクゾクするって言うか……。そして女子高生の柔肌に針を突き立てて来た。

 あれ? ホントに痛くない。

「痛くなーい」

 思わずはしゃいじゃった。でも、どうにかして、撃退しないと。

 そんなことを思っていると、ボンと煙を出しながらステッキが目の前に現れた。

「それを使って、ハチを退治しろ」

「わかった。行くよ。ええい、ハチさんさようならー」

 渦を巻くように火炎が発生し、キイロスズメバチを焼き払った。

「すごーい。なんなのこれ」

「お前がイメージしたとおりの現象だぜ。はじめての割には上出来だ」

「うん。でも、可愛そうなことしちゃったな」

「やってなきゃ、やられてたがな。命が助かったって思うことだな」

「そうするよ。じゃあ、帰ろっかなって、なんで私裸なの」

 思わず体を隠すようにしゃがみ込んだ。

「そりゃー、ステッキに変身すれば、服は脱げるだろ。俺さまの体は、一つしかないんだからな」

「それ早く言ってよ」

「あと、俺さまを着ている間はバリアがあるからいいけど、手に持ったりするような道具だとバリアは張れないからな」

「じゃあ、いま完全に無防備状態?」

「そうだ。蜂の生き残りに気をつけろ。あと、蚊とか、虫刺されにも注意だな」

「もう、私の服どこー」

 裸で探し回っていると、スズメバチがいた木の所にあった。パンツなんて、木の枝に引っかかっているし。戻り蜂いないよね……。

「変身するときには、細心の注意を払ってから行うことだな」

 ガハハと、大きな口で笑うリン。なんか殴りたくなってきた。

「じゃあ俺さまは寝るからな。用があれば起こせよ」

「分かった……ねえリン」

「早いな」

「お願いがあるんだけど……」

「なんだ言ってみろ」

 私は、祖父母と最後の夜を過ごした。夕飯を一緒に作ったり、祖母とは久しぶりに一緒にお風呂に入り、背中を流してあげた。小学生以来だったと思う。祖父には、肩もみをしてあげた。七十を過ぎてても、相変わらず首が太くて指が痛くなったよ。

 一緒にご飯を食べ、一緒に川の字になって眠った。この先、二度と会えなくなると思ったからだ。

 帰って来ればいいじゃねーかと、リンが言ったけど、私が無事でも、祖父母が無事だという保証はないのだ。

 私は、明日の朝、リンと共に村を出る予定だった。もし、私がいないとわかると、祖父は車を走らせ探しに行くだろう。村の人にも応援を頼み、みんなにも迷惑をかけてしまう恐れがあった。 

 だから、村の人たちの記憶から、私を消してもらおうってリンにお願いしたのだ。それくらい、朝飯前だって言ったけど、やるのは朝食を食べてからと約束した。

 リンは、股間の所にあるセンサーでゾンビ判定もできるらしく、この辺りにはまだゾンビはいないこともわかっていた。鳥だって、ゾンビの気配はないから安心しろって言ってくれた。さらに、この先のことはわからないけど、大丈夫だろって、根拠のないことを言って私を安心させてくれた。 

 翌朝、目覚めて、三人で朝食を食べた。実家にいた時は、パン派だったけど、ここに来てからは、毎朝ご飯とみそ汁と納豆になり、全部がとっても好きになっていた。この日も同じメニューだった。

 そして、村に雨が降り注いだ。ぜんぜん降る気配がなかったけど、リンの仕業だ。私がステッキに思いを込めて空に向かって放つと、雨が降った。この雨によって、村人たちの記憶から、私という存在をきれいさっぱり洗い流すのだ。とても綺麗な虹に背を向け私は、玄関に向かった。すると、祖母が風呂敷を私に渡してきた。

「これ、お腹すいたら、食べなさい」

 祖母がおむすびを作ってくれていた。すでに、私が孫だという記憶はなくなり、ただのお客と思っているはずだった。

 それでも出かけるということはわかっている。

 私の頬を涙が伝う。

「あらあら。どうしたんだい。大丈夫かい?」

「はい。ありがとうございます。それから、お世話になりました」

「また来なさいよ」

「はい。お祖母ちゃんも、元気でいてね」

 祖母の匂いを、忘れないため、胸に抱き着いていた。

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 実家から持って来ていた自転車にまたがり、とりあえず昨日の神社へと向かった。

「本当にごめんなさい。少しだけ、百円玉を分けてください。無事生きて帰って来られたら、アルバイトをして返すので、どうかお許しを」

「そんなに気に病む必要なんかないと思うがな」

「だって、罰が当たるかもしれないじゃん」

「科学の時代に、神なんていないようなもんだろ」

「そうかもしれないけど……気の持ちようなの」

  田んぼの横を走っていると、軽トラックが見えた。田んぼの隣にある畑に、祖父の姿があった。

「お祖父ちゃん」

「おお、行くんか」

「うん。お世話になりました」

「いいんじゃ。気を付けて行くんだぞ」

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃんと長生きしてね」

「ありがとう」

 村を出る前、一度自転車から下りて、お辞儀をした。

 行ってきます。

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