第620話 深夜の砂浜散歩でケルベロスは俺のパートナー様




「多分理解していなかったよな……」



 宿ジゼリィ=アゼリィで夕食後、俺は一人で誰もいないソルートンの砂浜に来ていた。



 冒険者センターでの出来事、一応意識を取り戻した女性職員さんに誤解だと必死に説明をしたが、真っ赤な顔で「ふしゅるる……」とつぶやくだけで右の耳から左の耳状態だった。


 まぁいい、実際に俺はパーティーメンバーの女性陣に何もしていないし、身の潔白はいくらでも証明できる。


 ……大体こういうトラブルはいつもあのクソ魔女のせいなんだよな。


 ラビコは見た目、経歴、地位、実力すべてが優秀というか世界レベルの人物で、とんでもなくモテるという大魔法使い。


 こんな小虫みたいな童貞少年を毎度いじって何が面白いのやら……。




 日も完全に落ち、波の音しか聞こえない夜のソルートンの砂浜。


「誰もいないっぽいな。これなら大丈夫か」


 呼ぶか、例の番犬を。


 一応周囲を確認、誰もいないことを確認してから俺は例の呪文を唱える。


「えーと、ぐーくるべーる、違うな、グークヴェル・ケルベロス……だっけ」


『きゃはー! ボスの呼び出しキター!』


 右の手首に巻きつけられている首輪に向かって謎の言葉をつぶやくと、俺の上空の空間が裂け、陽気な笑い声と共に黒いドレスを纏ったスタイルの良い女性が出現、砂浜に華麗に着地。


「つかボス毎回言い間違えてるー! ちゃんと覚えてよー!」


 頭に犬耳、お尻には三本の犬の尻尾を生やした女性がプンスカ怒って俺に抗議をしてくる。


「わ、悪かったって。次はちゃんと言うから」


 俺の呼び出しに応じて登場した女性、ケルベロスが頭をぐいぐい押し付けてくるが……これはお詫びに撫でろということか。まぁそれで許してくれるならいいか。


「ムフー、ムフー! べろーん、うん、ボスの味ー!」


 鼻息が荒いケルベロスの頭を撫でていたら、突然ぐいっと顔を近付け、俺の頬をベロンと舐めてくる。うっひ、俺の味って……なんすか、いつか俺って食べられるんすか。


「きゃははー! ボスはちゃんと私を呼んでくれるから好きー! おっ散歩、おっ散歩ー!」


 ケルベロスがご機嫌に俺の周囲を走り回り、元気に右腕に絡みついてくる。


 彼女とは冒険者の国のケルベロス地下迷宮で出会い、色々あって俺が夜か暗い場所があったら散歩に連れて行く、という約束をしている。


 基本彼女の役目は地下迷宮の管理で、外に出ることはあまりしちゃいけないらしい。


 でもケルベロスが認めた存在、俺に呼び出されたのなら、それは仕方がない……とかいうよく分からないルールが彼女の中で出来上がったそうで。


 まぁ犬って散歩が大好きだし、ずっとあんな地下迷宮にいたら気が滅入るよな。短時間とはいえ外の空気吸って元気になってくれるならそれでいいか。


 ……一応確認したいこともあるし。



「……海だ。ねぇボス海だよ! きゃはー、千年ぶりかもー!」


 ケルベロスが目の前に広がる夜の海を見て驚き、笑顔で海に走っていく。


「千年? よく分からんが、服が濡れるから海には入るなよ……」


「きゃはー、じゃあ脱ぐー!」


 俺の忠告を聞いてビタっと立ち止まったケルベロスが着ている豪華なドレスに手をかけ、ズパーンと脱ぎ去り俺の頭に放り投げてくる。


「ちょ……! おい、いきなり全裸はやめろ! くそ、ドレスが引っかかってよく見えねぇ……!」


 なんだかとっても良い香りのするドレスの隙間からケルベロスの一糸纏わぬ姿が見えるのだが、長いドレスが頭に引っかかって視界をふさぎ、脳裏に焼き付くほどの凝視が出来ない。


 クソが……! どうしてここの異世界の神とやらは俺にばかり苦難の道を歩ませるのか。いいじゃん普通に見せてくれたってよぉ……!


「どったのボスー、私の服と格闘してー。つかここどこー?」


 なんだか妙に絡みつく黒いドレスと格闘し砂浜でもんどり打っていたら、ケルベロスが不思議そうにキョロキョロと周囲を見回している。


「お、おお……こ、ここは俺のホーム、ソルートンっていう港街なんだ」


 近付いてきたケルベロスの大きなお胸様が目の前数センチ先に御登場。俺は目の機能、4K録画モードを起動させ、まばたきをしないよう大きく目を見開きその美しい形を凝視。


 くそ……千里眼だかなんだか知らないがよ、高画質録画モードすら無いとか無能すぎだろ。


「ふーん……なんだか不思議なところー。いろんな種族の匂いが混在してるー」


 俺がありもしない目の機能に文句を言っていたら、ケルベロスが鼻をヒクヒクさせて砂浜、林、街のほうを見る。


「ホーム? ってことはあの街がボスの住み家? うん、覚えた。何かあったらここに来ればいいってことだよね、きゃははー」


 え、格的に神様クラスのあなたが普通に街にいるのはどうなんだろう……まぁ暴れたりしなきゃ大丈夫か……?


 それはいいとして、そのなんだ、今夜俺が妄想でがんばる際の資料はたっぷり拝見しましたので、とりあえず服着て……。




「……ケルベロス、お手」


「きゃは? なになにー遊んでくれるの? やったぁ!」


 服を着てもらい軽く砂浜を散歩したあと、俺は唐突にケルベロスに向かって手を差し出す。


 それを見たケルベロスはバチーンと目を見開き、嬉しそうに俺の手を握ってきた。


「よーし、これを取ってこーい」


「きゃはー!」


 次に落ちている木の枝を投げ、ケルベロスに取ってくるように指示。


「……ケルベロス、ストップ」


「きゃは? ストーップ!」


 ケルベロスがとんでもない速度で木の枝に追いつき空中でキャッチしようとするが、俺はその瞬間止まるように指示。


 頭に付いている犬耳が俺の声にピクンと反応、ケルベロスがビタっと動きを止め、木の枝が砂浜に落ちる。


「あれあれ、これ取らなくてよかったの?」


「ケルベロス、俺の横に」


 不思議そうな顔で見てくるが、俺はその枝を無視して戻るように指示。


「きゃはー! ボスに呼ばれたー!」


 ケルベロスは笑顔で俺の横に戻ってきて、頭をぐいぐい俺に擦り付けてくる。


「……よし、えらいぞケルベロス。やはりお前は賢いな」


「んんーきゃはは! 賢い? 私賢いの? やった、褒められた、ボスに褒められた!」


 頭を優しく撫でると、ケルベロスが嬉しそうに俺に抱きついてくる。


「ケルベロス、俺を殴れ」


 俺はケルベロスの目を真っ直ぐ見て指示を出す。


「ボスを殴る? なんで? いやだ、私はボスに頭を撫でて欲しい」


 ケルベロスが俺の目を真っ直ぐに見返してきて、真顔で拒否をする。


「……よし、合格だ。やはりお前は賢い、そういうところ、俺は好きだぞ」


 取ってこいと投げた物を取らずに戻るように言っても不満を言わず、指示に従い戻ってくる。


 そして俺を殴れと指示されても、今度はただ言われた通り行動するのではなく、キチンと自分の考えを持ちそれを拒否。


「好き? やっぱりボスって私のこと好きなんだ! やった、私もボス好きー! ボスは私より強くて優しくて話聞いてくれて散歩に連れていってくれて遊んでくれて、頭を撫でてくれる。私のことちゃんと見てくれる、褒めてくれる……私、ボス好き!」


「うわ、ちょ……んむむー!」


 笑顔で頭を撫でると、ケルベロスが嬉しそうな顔になり興奮した感じで俺を砂浜に押し倒し、顔をベロベロ舐めてくる。


 ちょ、口はやめろ、吸うな……!



 と、とりあえずケルベロスはキチンと俺の言うことを聞くし、俺を傷つけるような指示にはしっかり拒否をしてきた。


 銀の妖狐が言うような、俺を利用して騙そうとしているようは雰囲気は一切感じない。


 なんか試したようで悪かったが、今回のことで俺はケルベロスをパートナーだと確信出来たかな。





「ベッス!」


「…………マスター、私も顔を舐めてもいいです……か?」


 ケルベロスとの夜の散歩を終え宿の部屋に帰ると、愛犬ベスとバニー娘アプティが不満そうに俺に顔を擦り付けてきた。


 な、なんでちょっと怒っているんだ二人共。


 

 ……ん? 私も? もしかしてアプティさん、近くで見ていた?


 その、これお兄さんである銀の妖狐に言うのは絶対にやめてね。


 あいつに顔ベロンベロン舐められたら、俺確実に正気を失うから。













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新年あけましておめでとうございます

今年は念願の書籍が発売されます(嬉しい・・

本編更新ものんびりと頑張りますので、ゆるりとお付き合いいただけたら幸いです









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