第600話 初心者応援クエスト 6 初討伐クエストとロックベアキング様




「く、喰らえ角ウサギ共! 本で読んだ回転斬りー!」



 剣士クロスが何やら技名を叫び、剣を突き出し人間独楽のように回転し始める。




 時刻はお昼過ぎ。


 港街ソルートンから馬車で一時間ほど西に行くとある山。


 天気も良く絶好の山キャンプ日和なのだが、クロス君の叫び声の通り目的はキャンプではなく『クエスト』真っ最中。



「あ、当たらないー……! いたたっ、角でつつかれて……」


「わはーわはー……石、石投げー! ふんぬぅ」


「これ短剣投げるのはいいんだけど、五本しかないからなぁ。当たらないと意味ないし剣高いし……」


 剣士クロスが胸の高さで剣を振り回すが、角ウサギさんは身長が低く、回転するクロス君を不思議そうに見上げガラ空きの足をツンツン突く。


 魔法使いエリミナルが初めてのパーティー戦に混乱し、杖を投げ捨て落ちている大きめの石を持ち上げ目の前三十センチのところに叩きつける。


 盗賊ルスレイはいつものごとく冷静な思考なのだが、費用対効果を計算しだし短剣を投げ渋る。


 

 これはアカン……。



 しかしあれがよくゲームとかで見た角ウサギか。


 体長三十センチぐらいの大きさのウサギの額に鋭い角が生えているという、もはや説明もいらないクラスの、どのゲームにもよくいるモンスター。


 実物を間近で初めて見た。


 正直最弱クラスのモンスターなのだが、初心者の彼等にとっては油断のならない相手。


 最弱といえど、あの鋭い角で刺されたら致命傷になるし、数で押されたらとても危険。


 初心者クエストで受けた数は十匹。


 ちょうど数十匹群れでいるところに遭遇し、これはチャンスと彼等が突っ込んでいったのだが……作戦も連携も無しかい。



「ルスレイ、短剣を投げてウサギの群れがまとまるよう誘導させるぞ。最終的にあの壁のような岩場に追い込むようにするんだ。剣は後でちゃんと拾えばいい。三秒に一回投擲、開始!」


「わ、分かった……!」


 とりあえず三人の特徴を活かし作戦を構築。


 まずはウサギの誘導だ。



「エリミナル、魔法セット用意。確かライティングが使えるんだよな、ルスレイが五本の短剣投げきったらウサギに向けて最大光量で撃て! 全員目を閉じる用意!」


「わは、りょ、りょーかい! ライティングセットー……!」


 魔法使いエリミナルに指示。

 

 使える魔法はライティング一個だけ、とか言っていたのを思い出す。ウサギたちの視界を奪う作戦に使わせてもらうぜ。



「最後クロス、眩しくて目をやられたウサギを狩れ!」


「なるほど……! それなら俺の剣でも当たる!」


 クロスはキチンと鉄製の鎧を装備しているので、ある程度の攻撃には耐えられる。



「五本、い、行きますよ……! ラ、ライティング!」


 魔法使いエリミナルが杖をかざすと山道の対向車のライトかってぐらいの眩しい光が発生、対策をしていなかった角ウサギたちがまともに食らい光で一時的に視界を失い、焦ったように四方に逃げ出す。


 しかしそっちは岩場、十メートルほどの高さの壁になっている。逃げ場は無いんだぜ。



「うおおおおお!」


 剣士クロスが確実に一匹づつ仕留めていく。






「これで十匹っと。この角ウサギ、角とお肉が売れるから結構な稼ぎになるんだよね」

 

 盗賊女性ルスレイが手際よく角ウサギを解体していく。


 パーティーを組む前、ソロで狩ったことがあるそうだ。



「いや助かったよ、君がいなかったら一人回転しながら角ウサギに無限に突かれているところだった」


 剣士クロスが笑顔で俺に握手を求めてくるが、うん、せめて当たる高さで剣振ろうぜ。


「わはー、ライティングって洞窟とかの明かり以外でも使えるんだー。まさか私が戦闘に参加できると思っていなかったよー。ありがとー」


 魔法使いエリミナルも握手を求めてくる。


 明かりだけ、とはいえ野良の、冒険者の魔法使いって貴重なんだよなぁ。


 割合で言うと冒険者の魔法使いさんって一割ぐらいしかいない、とかだったような。


「さすが、あのルナリアの勇者メンバー、大魔法使いラビコ様とパーティーを組んでいるだけはあるねぇ。パーティーメンバーの能力の把握、指示の的確さ、そして第一作戦が失敗しても第二作戦を即時実行できるように構えている。あんた何の武器も持ってこないから不思議だったけど、そうか、軍師タイプか」


 盗賊ルスレイが角ウサギの解体を終え俺に握手を求めてくる。


「第二……?」


 剣士クロスが呆けた顔をするが、もちろん俺は愛犬ベスを連れてきているからな。何かあったら即時無敵の愛犬を解き放つ用意をしていた。




「よし、これで初心者応援プロジェクトの報酬、三百G相当の魔晶石の条件達成だ! 街に帰って冒険者センターに報告を……」


 初心者応援プロジェクトは、何でもいいから『クエストを五つクリア』でポスターに描いてあった魔晶石が貰えるそうだ。


 三百Gっていうのは俺感覚三万円。まぁまぁ嬉しい報酬だよな。


 街の中だけで完了出来る安全なクエストだけで達成しても良かったのだが、節目の五つ目は冒険者らしく討伐系にしようと角ウサギ討伐を選んだのだが……



「ベッス」



 愛犬からの警戒音。


 声量は普通、それほどの緊急性は無さげか?



「う、うわあああ……!」


 剣士クロスが山の方を見て尻もちをつく。


「わは……で、で、でっかい熊さーん……」


 魔法使いエリミナルも同じ方向を見て力なくヘナヘナと地面にしゃがみ込む。


「まずい……! ロックベア、しかもあの大きさ、キングの名を持つモンスターだ……逃げなきゃ……!」


 盗賊ルスレイが焦ったように座り込んでしまった二人を起こすが、クロスとエリミナルは完全に腰が抜けてしまったようだ。



グオオオオオン!!


 

 突如、腹に響く重低音、獣の威嚇音が鳴りわたる。


「ちっ、角ウサギの解体に時間をかけすぎたね……」


 盗賊ルスレイが俺たちの周囲に散らばる角ウサギの血痕を見るが、そうか、血の匂いに大型肉食獣が寄ってきてしまったのか。


 討伐後は速やかに立ち去るべし、そんなことが冒険者になったときにもらった紙に書いてあったような。


 ……でもあれ、契約の紙がごとく細かい字がびっしり書いてあって、読む気が失せるんだよなぁ。契約のほうはそれも目的に含まれるんだろうが、冒険者の心得的なやつは分かりやすく漫画にしてくれ。



「ベッス」


 愛犬が巨大な熊、立ち上がった高さは五メートルは超えるロックベアキングとやらを一瞥し、興味なさそうにあくびをする。


 いやいや、これ普通に恐怖だぞ。


 この大きさのクマとか、山で出会ったら死を覚悟するレベル。



「あんたも手伝って! 二人を立たせて逃げなきゃ……! あんなの職業レベル20はないと無理……!」


 盗賊ルスレイが真っ青な顔で言うが、そういやソルートンのおじいさんの農場に住み着いている巨大クマのメロ子、あいつがまさにあんな見た目だな。


 もしやメロ子ってロックベアキングとかいう、相当強い部類のモンスターなのでは。


 そしてそれを笛一本で従えているハーメルくん、実はすごい男なのか。



 職業レベル、剣士クロスは『剣士レベル1』


 魔法使いエリミナルは『魔法使いレベル2』


 盗賊ルスレイが『盗賊レベル2』とかだったはず。


 ……俺? ふふ、じつは俺、この中じゃトップグループに入る高レベル『街の人レベル2』なんだよね。


 ああ、いいなこのパーティー。俺がトップレベル……なんと素晴らしい響きか。


 水着魔女ラビコとか『魔法使いレベル50』とかだからな……普段の俺なんてゴミムシレベル。



「ちょっと! ニヤニヤ笑っていないで逃げなきゃ……!」


 おっと、盗賊ルスレイが泣き出してしまった。


「大丈夫。俺の愛犬ってさ、白銀犬士とかいう高レベル職なんだよね」



 弱そうな餌を見つけた喜びなのか、ロックベアキングが狂喜の顔で俺たちに迫ってくる。


 なんだあの熊、走りの動作に無駄が多くておっそ……こないだ花の国フルフローラでケルベロスの本気ダッシュを見たあとだから余計にクッッソ遅く見えるなぁ……。


 銀の妖狐のように瞬間移動でも出来るならその速度でも通用するだろうが、あれ、ただの我流がむしゃらダッシュだよな……。



「ベス、いくぞ」


「ベッス!」


 みんなを守るように立ち、ロックベアキングに照準を定める。


「周囲に反応なし、単独と判断。悪いが俺の仲間を守るのに躊躇はしないぞ……ベス、シールドアタック!」


「ベッス!」


 俺の合図と共に愛犬が額のあたりから青く輝くシールドを展開、魔力のシールドを纏い目標に突進していく。



ッゴァアアアア……!!



 愛犬ベスのシールドアタックがロックベアキングの胸元を貫通。


 ロックベアキングが咆哮を上げ、糸を失った操り人形のように地面に倒れ込む。


 数トン近い重さの体、その衝撃はちょっとした地震並み。



「よーし、よくやったベス」


「ベッスベッス!」


 ひと仕事終えた愛犬の頭を撫で労う。



「……す、すごい……高レベル剣士でも数人がかりでないと危険だというロックベアキングを一人で……」


 剣士クロスがフラフラと立ち上がり驚きの顔。


 いや、一人じゃなくてベスと二人な。


「わはーあのクマさん、皮が厚くて多少の火とかも通用しないっていう魔法使い泣かせのモンスターなのに。二人ともすごーい!」


 魔法使いエリミナルが杖を振り興奮気味に立ち上がる。


「うはー、すごいねあんたら。今言ったように、あのクマ、すっごい皮が厚いからこんな短剣じゃどうしようもないクラスなんだよね。それを一撃必殺かぁ……なんかすごい人と知り会えたのかも」


 盗賊ルスレイが自分の短剣をひらつかせ、困り顔で笑う。





「角ウサギは持って帰れるが、このクマは無理だな……」


 剣士クロスがロックベアキングの巨体を眺め諦め顔で言う。


 なにやらこのクマさん、素材として大変優秀だそう。


 爪や牙は鉄製の剣をも砕き、その分厚い皮は多少の魔法や飛び道具を弾く。ロックベアキングなんてのは年に一匹素体が手に入れば良い方で、上級冒険者すら金のために命の危険を顧みず挑むほどの高級素体らしい。


 まぁ素体が手に入りにくい理由の一つがこの巨体。


 倒すのですら至難の戦いを強いられ、売る素体、と考えたら負わせる傷は少ないほうが高額になるので、攻撃を当てる箇所を最低限に絞るとかいう縛りプレイのような厳しい戦いになる。


 倒したとして、この数トンを超える巨体。馬車でも難しいらしい。


「一撃貫通だから傷も少ないし、滅多に出ないロックベアキングのSクラス判定素体なのになぁ……これ持ち帰れたら大金貰えるのに……あ、もちろんパーティーリーダーであるあんたが取り分決めていいからね」


 盗賊ルスレイがブツブツいいながらロックベアキングの体を眺め、値踏みしながら言う。


 へぇ、こいつ大金案件なのか。


「わはー……リーダーのおかげで生きて帰れるだけでも良しとして、爪とか牙で我慢しましょうか」


 魔法使いエリミナルがルスレイの短剣を借り、その鋭い爪の根本をプスプス刺す。いや、それじゃ取れないだろ……っていつの間に俺がパーティーリーダーになってんだよ。


 うーん、そうだなぁ……



「アプティ、いるか?」



「…………はい、マスター」



 俺の声に反応があり、背後に無表情なバニー娘が現れる。


「う、うわあああ! ど、どこから来たのそのバニーちゃん……! エ、エッロ……」


 剣士クロスが盛大に驚きまた尻もちをつく。


 こいつ、驚き方がワンパターンだな。しかも俺のアプティの体をエロい目で見やがって、クソが、負けずに俺も見てやる……!


「こらー男二人、女性の体をそういう目で見ない。ってこの子、宿で見たけど……すっごい美人さんね……こりゃあ勝てないかなぁ……」


 盗賊ルスレイが俺とクロスの頭をコツンと叩き、バニー娘アプティを間近でマジマジと眺め溜息をつく。


「わはーリーダーのお仲間さんだぁ! ずっと付いてきてたの? スタイル良いー髪キレイーびじーん!」


 魔法使いエリミナルが目を輝かせ、アプティの周囲を衛星がごとく回る。


 ルスレイとエリミナル、女性二人も普通に美人さんなんですがね。




「アプティ、このクマをソルートンの冒険者センターまで運べるか?」


「……はいマスター、余裕、です」


 バニー娘アプティがロックベアキングの巨体をひょいと持ち上げ、びょいんびょいんジャンプを繰り返しソルートン方向へと消えていく。


 うーん、相変わらずすげぇなアプティさん……。



 それを見た三人が言葉が出ないぐらい驚いているが、とりあえずもう帰ろうぜ。


 血に吸い寄せられた二体目のロックベアキングの遭遇とかもうご勘弁なんでな。










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