第599話 初心者応援クエスト 5 初心者三人の冒険者へのキッカケと俺の変態性の再確認様




「ベッス、ベッス!」


「うわぁ何この犬かわいいー!」


「わはー、愛らしくて賢いお犬さんですねー」




 翌朝六時、宿屋ジゼリィ=アゼリィの入り口横にある足湯のお掃除。


 ジゼリィさんのはからいで、初心者の三人はタダで宿に泊まらせてもらえたそうだ。



 昨日? 何かあったっけ? 俺は知らんな。


 今日も今日とて俺は初心者の皆さんと仲良くクエストをこなしている。


 なんか昨日の夜、俺の世間体が一気に下降するイベントが起きたが、こういうときの為に俺は最終兵器を用意しているのだ。




「かわいいなぁ……この犬、名前はなんていうんだい?」


「ベスです。背中を撫でると喜びますよ」


 男性剣士クロスが俺の言葉通り愛犬ベスの背中を優しく撫でると、ベスが嬉しそうに尻尾を振る。



 どうだ、どんなマイナスイベントが起きようとも、俺の愛犬ベスのかわいさで全てがチャラになる。


 まぁ当たり前だよな、俺の愛犬は世界で一番かわいい生き物だし。




「じゃあお湯通しますよ。あ、一旦離れて下さいね」


 

 初心者クエストで受注した足湯掃除。丁寧に仕事をこなし終了、つか俺たまにやるから慣れたもんだ。


 最後に止めておいたお湯を通すのだが、ここに一点注意ポイントがあるのだ。


「え? なんで……って、きゃっ! ベスちゃんーもー」


「わはっ、びしょびしょー、あははー」


「おっと、まさか飛び込むとは……でも幸せそうな顔してるよなぁ」


 俺の愛犬ベスはこの足湯が大好きで、毎日時間があれば勝手に部屋を出ていき勢いよく足湯にダイブするのが日課なのだ。


 多分この足湯を自分の物、と思っているっぽい。


 反応が遅れた盗賊ルスレイ、魔法使いエリミナル、剣士クロスに見事に水しぶきがかかるが、みんな笑い合いベスの満足そうな泳ぎを眺める。



 よし、これでもう昨日のことを覚えている者はいないだろう。


 全て俺の愛犬ベスがかわいい、で記憶が上書きされたはず。



「それで昨日の話なんだけど……」


 剣士クロスがススッと俺に近寄り小声で話してくる。


 こいつ……記憶力チートか。


「俺は君が何者なのか知らない。でも冒険者ってのはなにかしら触れてほしくない物を抱えているもんさ。俺だって実は借金抱えててさ、冒険者で一発当ててやろう……とかそんな小さい考えの男なのさ」


 確か剣士クロスは十八歳とか言ってなかったっけ。その歳で何をやったんだよ……。


「そうそう、私だって短期でお金稼いでイイ男見つけてお店開くんだって、その為に危険だけどリターンのでかい冒険者を選んだだけだし。私器用だから、アクセサリーとか作るのが好きで、自分の作った商品並べた雑貨屋さんとか夢なんだー」


 盗賊ルスレイが小声で話す俺たちの背後から肩を組んでくる。


 へぇ盗賊やるぐらいだから手先が器用なのかルスレイは。


「わは、私も実家の農家を大きくしたくて、お金欲しくて……貯めていたお小遣い一万G全部ギャンブル、ペルセフォス王都の飛車輪レースに突っ込もうとしたんだけど、怖くて出来なくて……。一応魔法が使えたから、このライティング魔法だけでお金稼げないかなって冒険者に……ご、ごめんなさい不純な動機で……」


 魔法使いエリミナルも輪に加わり、冒険者になった経緯を話してくれる。


 どうやらペルセフォス王都の飛車輪レース、ちょうど俺のアドバイスで騎士ハイラが優勝したレースにぶっ込もうとしていたらしい。


 ……しかも一番人気だったメラノス=サイスのチケット一点買い寸前だったそう。よ、良かったな……踏みとどまって……。


 つかお小遣いで一万G、エリミナルは十八歳らしいが、その歳で百万円持っているってすごくないか……。剣士クロスの真逆か。



「な、なんだよお前ら、ルナリアの勇者に憧れてたとか言ってるわりに金金金じゃねぇか」


「ははは、そうみたいだね……あはは! なんか安心したよ、みんな本気で冒険者で成り上がろうとしてたらどうしようって思っていたから……あはは!」


 俺のツッコミに剣士クロスが涙流して大爆笑。


「いいんじゃないの? こういう冒険者がいたっていいのさ。のんびりマイペースにそれぞれの夢に向かってお金稼ぎ、その手段としての冒険者! いいじゃないか、私みんなの今の話聞いて余計このパーティー好きになっちゃった!」


 盗賊ルスレイも堪えきれず笑う。


「わは、良かったぁ……こういうこと話したら本気の冒険者さんに嫌われてパーティー組んでもらえないかと思ってたから……良かったぁこのパーティーで良かったぁ!」


 魔法使いエリミナルも笑顔でぴょんぴょん飛び跳ねる。



 なんだよこいつら……ここまで考えが同じって、集まるべくして集まった運命のパーティーレベルじゃねぇか。



「あっはは~そんな金のないザコで初心者の君たちに朗報だ~!」



 俺たちが楽しそうに輪になっていると、愛犬ベスが『遊んでくれるの?』モードに突入。


 足湯から元気に飛び出しびしょ濡れのまま輪の中に入りもみくちゃになっていたら、上空から聞き慣れた声が。



「なんと初心者応援プロジェクトにはランキングシステムがあって~上位に入ると結構な額の支援金が貰えるのさ~。当然危険度の高いクエストほどポイントが大きくなるから、そういうのを連続でこなすことになって己の命との天秤にはなるけど~……目指せ一発逆転高額賞金~! あっはは~」


 声が聞こえる方向、真上を見ると水着魔女ラビコが悪魔みたいな顔でゲラゲラ笑い得意の飛行魔法で浮いていた。


 ランキングシステム? へぇ、そういうものがあるのか。


 そういやこの『初心者応援プロジェクト』って名前だけで全然詳しく調べていなかったな。


 ラビコだって昨日まで知らなかったっぽいが、もしかして俺たちのために調べてくれたのか……? まさかな。多分このタイミングでこの情報与えたら面白いことが起きそう、っていうモルモット感覚だろう。



「す、すごい……初めて見た……ラビコ様の『飛行魔法』! すごい、やっぱラビコ様はすごい人だ!」


「王都に住んでいたとき、飛車輪で空を駆けるサーズ姫様率いるブランネルジュ隊を見たときには感動したけど、人間が単独で空を飛べるとかこの世でただ一人の魔法技術の高さ……やっぱりラビコ様は別格だねぇー!」


「わはー! 空飛んでるー! ラビコ様すごいー! まさかこれを生で見れるなんて……あのあのライティングしか使えないんですけど、私も飛べるようになりたいですー」


 剣士クロス、盗賊ルスレイ、魔法使いエリミナルが大興奮でラビコに喝采を送る。



 ……そうなんだよな、ラビコって空を飛べるんだよな。


 ラビコは冒険者になってから十年以上蒸気モンスターとかの強敵と戦い生き残った英雄なのだが、おそらく今クロスが言った『飛行魔法』が生存率を跳ね上げたのだと思う。


 そしてこういう分かりやすいチートみたいなのって、本来俺にあるべきじゃね? あってくれよ、そうしたら宿ジゼリィ=アゼリィにある女性側の露天風呂を上空からじっくり……



 ──ああこの思考、そういや昨日初心者のみんなに人間性を問うような目で見られたが……これか。


 そうか、やっぱり俺って変態だったんだ……ショック……ではないかな。


 再確認。


 そして直す気も、ない。







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