第593話 ローベルト様の告白とソルートンへの帰還様 ──十五章 完──

 



「そうか、もう帰ってしまうのか……いや、悲しい気持ちになるのは間違いだな。君たちと過ごしたこの数日はとても楽しかった! またいつでも来てくれ!」



 夕方、花の国フルフローラのお城。


 お世話になった王族、ローベルト様に挨拶をする。



 ここにはロゼオフルールガーデンカフェ完成の立ち会いに来たのだが、売上も予想を遥かに上回り、オープニング期間終了後も変わらずの大混雑となり、もう大丈夫だろうと帰ることになった。


 まぁ、商売人アンリーナのスケジュールがもう限界、という理由が一番大きいのだが。




「申し訳ありませんローベルト様。もう少し長く滞在したかったのですが、一度本社に帰り取れたデータの報告をしなければならず……」


「いやいや、分かっている、アンリーナ嬢はとても忙しい世界的企業のご息女にも関わらず本来の予定を伸ばしフルフローラ王都に滞在してくれた、それだけで私は嬉しい!」


 商売人アンリーナが丁寧に頭を下げると、ローベルト様が楽しそうに笑いお土産と思われる金属の筒を渡してくる。



「……マスター、あれはとても最高に素晴らしく良い物です……どんな手段を使ってでもこの手に……」


「……え? ちょ、落ち着けアプティ! 多分俺たちも貰えるから!」


 おそらく金属の缶の中身は高級な紅茶なのだろうが、その紅茶に目がないバニー娘アプティさんが突然無表情でしゃがみ込み、足に付いている装備を指でトントンと叩き出す。


 これ、マジ戦闘モードじゃないっすかアプティさん! いきなりフルスロットルって何があったんだよ。


 俺は慌ててアプティに抱きつき動きを止める。



「あ~! 社長が抑えるふりしてアプティの胸揉んでる~! 昨日の深夜私の胸は触らなかったくせにさ~、どうしてアプティのは迷わず触るかな~!」


 アプティが急に目を紅く光らすぐらいだから、あの缶の中身は相当な物なんだろうが、お別れの挨拶の場の初手で暴れ出すのはアカンて!


 必死にバニー娘アプティを抑えていたら、水着魔女ラビコがムスっとした顔で俺を批難してくる。


「え……? 昨日の深夜ラビコの胸を触ろうとした……? それはどういうことでしょうか。説明をお願い出来ますか……?」


 ラビコの言葉を聞いた宿の娘ロゼリィが顔をギュンと俺のほうに回し、鬼化寸前の勢いで迫ってくる。


 待て、これまだ前半も前半で、こういうのはやることやった後半に起こる突発イベントじゃねぇの。


 そして昨日の深夜、エロ本買いに行こうとしたときラビコさん起きてたんすか。


 うん、確かに俺、寝ていると思われるラビコのお胸様を触ろうとした。だが寸前で紳士モードが起動して手を止めた。絶対に触ってはいない。ああ、世紀末覇者軍団のモヒカンの魂を賭けてもいい。


 ……冗談さておき、今もアプティのお胸様には触れていないって。


 頭を撫でているだけだ。



「ニャハー、めっずらしいな、キングがそういう行動に出るって。あ、もしかして相当溜まってンのか? これ、チャンスじゃね? ニャハハ!」


 猫耳フードのクロが急にダッシュで抱きついてくるが、なんでラビコの言う一方的な虚言を全面支持なんだよ。少しは疑えよ……!



「待てお前ら……! 俺は誰のお胸様にも触れていない! 今はお別れの挨拶の最初の触りの部分であって、あ、いや違った、触りってメイン部分って意味だった……」


「女の触りたい部分~? やっぱり胸に触ろうとしているじゃないか~!」


 おごぉ……言い間違った俺も悪いが、なんでラビコさんこんなご機嫌ななめなの。



「師匠、それはあれですか、私もその場にいたのに、大きさで選択肢から外れぇぇぇヌfォァ……! やはり魔肉どもを早急に始末せねば私と師匠のマジラブ求愛快楽生活の妨げに……」


 王族様の前で大人しくしているかと思ったら、商売人アンリーナもいつもの感じに。


 興奮で『ふ』って発音出来てなくて『f』って表記になっているけど、この差を聞き分けられる俺って実はすごいのでは。



「あははは! そうこれこれ、君たちはこうでないと! お別れの挨拶だからとしんみりしたのは嫌だったから、これでいい! ほらロゼリィ嬢、このチャンスを逃すな、一緒に抱きつこう!」


「え、あ、はい! ぅえええい!」


 ラビコとかと揉めていたら、それを見ていたローベルト様がゲラゲラと笑い、ロゼリィを引っ張り俺にアタックしてくる。


 ぬぉお……いろんな方向から柔みが……


「ベッス!」


 なんだか揉みくちゃになっている俺たちの周りを愛犬ベスがグルグル走り鼻息荒くしているが、これ別に、遊んでいるからお前もカモンじゃないからな。収集がつかなくなるからダイブはやめろよ。






「それではソルートンに帰ります、お見送りありがとうございました!」



 王都フルフローラ駅にて俺はローベルト様と執事軍団にお礼を言う。


 お城でご挨拶をしたのだが、なんとローベルト様が駅まで送ってくれた。王族であられるローベルト様だってお忙しいだろうに……申し訳ないやらで何度も頭を下げる。


 ああ、お城での騒ぎは最後愛犬がダイブしてきて、みんな大爆笑で終わった。まぁ、あの混沌の場を収めてくれたので結果的にナイスダイブと言っておこう。



「……君は本当に不思議な男だな。なんというか、一緒にいればいるほど興味が湧いてくる。ずっと見ていたい。……この気持ちがいつか憧れや恋心に変わっていくのだろうな」


 魔晶列車が到着し扉が開いたところでローベルト様が俺に駆け寄り顔を近付けてくる。


「それは人それぞれで、立場や状況で言葉が変わっていく。ロゼリィ嬢やラビコ様にクロ様はおそらく恋心と愛。アプティ嬢は……信頼と従順な愛。アンリーナ嬢はちょっと強めの愛、いや将来のパートナー欲かな」


 小さな声でローベルト様が言うが、アンリーナだけ『強めの』って表現なんですが、外からもそう見えているんですね……。


「私はどうなのかな、余裕がなくてこういう感情はあまり持たず生きてきたから。でも君のおかげで、少しそういうことを考えられる余裕が私の心に生まれた。ありがとう少年、多分私は君に好意を抱いてしまったんだと思う。あはは、これだけはハッキリ言っておこうと思ってな。ぜひまた花の国フルフローラに来てくれ、私は君に会えることを楽しみにしているよ」


 え? いまなんと? と聞き返そうと思ったら魔晶列車の扉が閉じ港街ビスブーケへ向けて車輪が動き出す。


 女性陣がすでにいつもの列車最後尾のロイヤル部屋に移動していたので、誰にも聞かれなかったのでトラブルが起きず良かった……のだろうか。





「しっかしさ~ローベルトって絶対うちの社長のこと狙ってたよね~」


「え、え?」


 魔晶列車が走り出してすぐ、水着魔女ラビコがニヤニヤしながら言う。それを聞いた宿の娘ロゼリィが困り顔で驚いている。


 このクソ魔女……話聞いていたのか?


「まぁ……その、結構あからさまでしたよね。隙きあらば師匠の側に来ようとしていましたし。ええ、そこは心を鬼にして何度かブロックさせていただきましたが」


 商売人アンリーナも溜息を尽きながら言う。


 ブロックってアンリーナさん……


「でもよぉキングをモノにしたかったら、まずアタシたちっつー壁が何枚も立ちふさがるからなぁ。とりあえず常に一緒に行動できない時点で負け確だろ、ニャハハ!」


 猫耳フードを揺らしクロが大爆笑。


 まぁ国の名を背負っている王族様には難しいだろ、お忙しいだろうし、常に一緒ってのは……ってお前魔法の国セレスティアの第二王女様だよな?


「……マスター、このように最高の紅茶をたくさん渡してくれたので、私は紅茶に囲まれたあの場所で結婚でも構いません……」


 バニー娘アプティがローベルト様からもらった多量の紅茶葉の入った缶を抱え、無表情ながらホックホクのご満悦顔。


 買収されてんじゃねぇか。



 ……まぁなんというか、この感じがいつもの俺たちなんだよな。


 誰が相手だろうが、場所がどこだろうが変わらない。


 俺はみんなと過ごす、この時間の流れ方がとても気に入っている。


 ときには揉めることもある。でもすぐにどうでもいい話題で笑い合うことが出来る。


 みんながどう思っているか分からないが、もし同じ想いだったとしたら俺は嬉しい。


 ここが、みんなと過ごすこの空間こそが俺の居場所。


 ──とても心地が良い。



「あ~、や~っと社長笑った~。なんかず~っと眉間にシワ寄せて難しい顔して一人で背負い込もうとしてさ~。もうちょっと私たちを頼れっての~」


「そうですよ、私たちはあなたを信じて集まっているんです。出来ましたらあなたも私たちを信じて欲しい……」


「……マスター笑顔……私も嬉しい」


「そうだぜキング。アタシはいつ求められようが構わねぇし、そっちからガッツンガツン来てくれたほうが好みだからよぉ、ニャハハ!」


「そうですわ師匠、私も急に突発的な愛が湧き出してもいいように準備はしていますし、期待もしていま……」


 あれ?

 

 いい話っぽかったのに、なんかどこかで話が急変してないか?



 まぁいいか、いつも俺たちこんな感じだし。


 多分猫耳フードのクロあたりで話が横にずれたっぽいが、突っ込んだら負けなんだろう。



「今回はちょっと不安だったからなぁ。でも蓋を開けてみたらアンリーナがしっかりお店を作ってくれていたし、スタッフさんも優秀だったし、事前作戦で王都に人を呼び込むことをやっていたりで予想を上回る売り上げが出ていて良かったよ」


「何であろう、我が夫のお店ジゼリィ=アゼリィの名をお借りしているのです、失敗などありえません。打てる手は全て実行しましたし、ありがたいことにペルセフォスのサーズ様の観光客増加作戦も功を奏しました。断言しましょう、ロゼオフルールガーデンカフェは大成功です!」


 俺の声に商売人アンリーナが胸を張り答えてくれたが、俺は夫ではないし、ジゼリィ=アゼリィも俺のお店ではない。


 ……ようするに、そこまで手を打たないと成功のビジョンが見えなかったってことではあるのだが、ロゼオフルールガーデンカフェの責任者であるアンリーナが大成功と断言したのだからそれで良いだろう。



「フルフローラ王都が変わるきっかけになってくれたのなら俺は嬉しいかな。ローベルト様にはお世話になっているし、あの人にも笑顔になってもらいたい」


 早朝の英雄たちが眠る丘でローベルト様が今後の王都の未来を楽しそうに語っていたから大丈夫だとは思うし、何かあったら今後も俺たちが出来る限り支援をしていこう。


「ほ~ん、なんか社長が急にローベルトに入れ込み始めたけど~? 朝に二人きりでデートしたり~さっきも列車が発車する寸前まで見つめ合って語り合っていたから~これはなにかあったのかな~? ね~ロゼリィ~あっはは~」


「え、え? 朝にデート? 見つめ合って語り合い……? そ、それはどういう……」


 俺がいい感じに締めようと思ったら、水着魔女ラビコが余計な悪意あるフィクションを混ぜた発言を楽しそうにロゼリィに振る。


 てめぇ、たまにはトラブルなしで終われねぇのかよ……。


「お、ヤッたのかキング! ローベルトってあれだよな、絶対押せば断れない系女子だよな。かー羨ましいぜぇ! アタシもキングに体目当てでグイグイ迫られて強引に力尽くで抱かれてぇなぁ!」


 ク、クロさん? あなた一体俺にどういうイメージをお持ちなんですか……


「ず、ずるいですわ! なぜ本妻である私には目もくれず、現地妻的立ち位置のローベルト様に……! キィィイフォォ……! 師匠、私にも服を無理矢理引きちぎりながら耳元で愛をささやく強引プレイをお願いしますフオァェェ!」


 ま、待てアンリーナ、クロの発言を少しは疑え! 俺は何もしていないし、自他ともに認める弱気紳士なんだぞ、女性に力尽くとかありぇねぇから!


 そしてなんだよ服をちぎられながらの強引プレイって。アンリーナさんって結構思想ヤバメ……? 


 あ、前からか。


「……マスターのはすごいですから……あれを前に抵抗出来る女性はいないかと……」


 バニー娘アプティさんの発言に女性陣一同がゴクリと喉を鳴らす。



「そ~れ飛びかかれ皆の衆~! 浮気夫にお仕置きだ~あっはは~!」


 水着魔女ラビコが号令をかけると女性陣が目を光らせ飛びかかってくる。


 く、くそ……またこのパターンかよ!



 

 よく分からんが、全方向から感じる色々な柔みを堪能。


 まぁみんな笑っているし、ロゼオフルールガーデンカフェの成功を経ての帰り道ということで、やっと肩の荷が下りた感じなのだろうか。


 花の国フルフローラ王都の今後はどうなるか分からないが、ローベルト様がいれば大丈夫。


 俺はそう確信している。



 なんか色々あって疲れたし、帰ろう俺たちのソルートンに。


 笑顔で抱きついてくる女性陣の頭を撫で、俺は魔晶列車の窓から我が街ソルートンの方向を見る。





 ……一つ気になることがあるとしたら、アンリーナさんだけ妙に俺の下半身を攻めてきて頭を撫でられない、ということだろうか。













異世界転生したら犬のほうが強かったんだが


「十五章 異世界転生したら豪商の娘が揃ったんだが」


 ── 完 ──






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