第592話 英雄たちの想いと花の国の王族ローベルト=フルフローラ様



「ふぁ……ねむ……」




 翌朝六時前、お城の部屋で気絶するように寝ていた俺をフンスフンス鼻息荒く起こしてきた愛犬ベス。



「ベッスベッス」


 ……どうやら散歩に連れて行け、とのこと。


 俺はまだ寝ている女性陣を起こさないように部屋を出て、警備の騎士さんに挨拶をしながらお城を出る。



 なんだかベスがやたらに俺の匂いを嗅いではムスっとした顔で体を擦り付けてくるのだが、なんですかね……。


 もしかして数時間前、俺がケルベロスと深夜の散歩をしていたことに対する抗議なんでしょうか。



 ああ、昨日の深夜、ケルベロスにお城の一番高い塔みたいなところに置き去りにされた後日談としては、もうどうしようもなかったのでバニー娘アプティさんを召喚したぞ。


 深夜だから無理かと思ったのだが、さすが俺のアプティさん、呼んだらすぐに無表情で俺の背後に現れ部屋までお姫様抱っこで運んでくれた。


 そういやアプティも俺の頬や服をじーっと見て無表情ながら不機嫌だったな。


 部屋に付いたら俺のベッドに潜り込みやたらに俺の体に顔を擦り付けていたが……あれもなんだったのか。




 花の国フルフローラの王都、数日滞在して地理的に慣れたとはいえ、朝から一人で遠出をする気にもなれず、歩いて十分ほどの場所にあるロゼオフルールガーデンへ向かう。




「おお、やはり入り口にカフェがあるのは観光地っぽくていいな、うん」


 ベスのご機嫌を伺いながらのんびり歩くと見えてくる大きくて頑丈そうな建物、ロゼオフルールガーデンカフェ。



 ロゼオフルールガーデンは花の国フルフローラ王都一番の観光地で、光る桜で有名な場所。


 以前は本当にだだっ広い公園に桜が生えているだけの殺風景な雰囲気だった。


 そこに俺と商売人アンリーナが提案し常設のカフェを作り、訪れてくれた観光客にお土産を買ってご飯を食べるというアクションを起こせる場所を作成。


 こうすれば来てくれた人に、有名だから来てみたけど何もなかったからもう来ない、という悪い連想を起こさせにくく出来る。


 しかもご飯が美味しければ好印象大満足で、また来よう、と思ってくれるかもしれない。


 結果大好評で、連日行列が出来、リピーターが多く来てくれているとのこと。



「作って良かったなぁ、カフェ。ローベルト様も喜んでくれたし」


 まぁ作ったのは商売人アンリーナで、料理もジゼリィ=アゼリィプレゼンツで俺は何もしていないのだがね……。


 

「ベッス」


 お店はまだ開いていないがガーデンのほうはいつでも入れるので桜を見ながら軽くお散歩、数時間後にはここに行列が出来るんだなぁ、と感慨にふけっていたら愛犬が入り口方向に軽く反応を示す。


 この反応はベスが認める俺の知り合い系かな。


 見ると、背中に大きなカゴを背負った人物がガーデンの前を通り過ぎていく。



 俺もその人物の後を追い、坂道を登る。



「そういえばガーデンの上はお墓だったな」


 数分歩くとガーデンとは違う静かな場所に出る。石碑が多量に並んでいる開けたところで、朝靄のせいか神秘的な雰囲気。




「やぁ君か。どうしたんだ、ってそうか犬の散歩か」


 石碑の前に置かれたっぽい新しい花を目で追い歩くと、大きなカゴを背負った人物が俺に気付き笑顔で挨拶をしてくる。


「おはようございますローベルト様。ガーデンを見に行ったらローベルト様をお見かけしまして、つい追ってきてしまいました」


「はは、私に手を出すのはいいが、それより先に君はロゼリィ嬢を抱いてみてはどうかな」


 ローベルト様が石碑に花を置く作業の手を止め額の汗をぬぐい、ニヤニヤと俺を見てくる。


「え、いや俺はそういうつもりじゃ……」


「はは、冗談だ。しかしここは君が来ても面白い場所ではないと思うが」


 ローベルト様に手を出す? いや俺そんなつもりじゃ、と焦っていたらローベルト様が広大な丘に広がる無数の石碑を見渡し言う。


「ここはお墓ですよね。とても大事な場所だと思います」


「……ありがとう。そう言ってもらえると皆も喜ぶだろうな」





「手伝ってもらったお陰で早めに花の交換ができた、助かったよ」


 石碑に手向けるお花を古いものから新しいものへと交換、俺も手伝い今日の分を終わらせる。


「これを毎日……ですか。大変ですよね」


「そうだな、別に朝である必要はないが、私が行けないときは日中に父や母、それも都合がつかないときは執事の者に行ってもらっている。大変だが……これがフルフローラの名を継ぐ者が彼等に出来るせめてもの感謝、だからな」


 ローベルト様がにっこり笑い石碑を撫でる。



 以前フルフローラ王都に来たときにも同じような状況になり、お話を聞いたのだが、ここはフルフローラの過去の英雄たちが眠る場所。


 数百年前、火の山から押し寄せた蒸気モンスターと戦いになり、国を守るため多くの騎士や逃げ出さず残ってくれた民と協力し、多大な犠牲を出すも、なんとか王都を守ったという結構厳しいお話だったはず。




「いやしかしあれにはビックリした、まさか光の花びらが出現するとはな。あれから色々調べたが、歴史上初めてだったよ、あはは」


 少し休憩していたらローベルト様が丘の下にあるロゼオフルールガーデンを指し笑う。



 確かガーデンカフェがオープンして四日目の夜、いつも通り光る桜を期待していたら、一本の桜から巨大な光る花びらが出現。


 水着魔女ラビコもなんだか分からないと言い、フルフローラ王族であられるローベルト様にも何が起きたか分からなかった事件。


 ラビコ曰く、花の国フルフローラの盾騎士フォリウムナイトの光の絶対盾、だったか。


 あれ一回きりでそれ以降一度も出ていないが、噂を聞いた記者が殺到し雑誌や新聞に載ったりしたので、期せずしてガーデンカフェの宣伝になりお客さんが増えたりしたのは嬉しい誤算。



「ただの桜が光る理由、ましてやフォリウムナイトの光の盾が出現した理由なんて誰に聞いても分からないだろうし、答えも出ないのだろうけど、やはり私は皆の想いが宿っているからではないのかな、と考えてしまうよ」


 そういえば以前もローベルト様は想いが、と言っていたな。


 

 想い、か。


 そう思いながらなんとなく石碑に触れてみると、頭の中にもの凄い勢いで映像が流れ込んでくる。


 うわっ……なんだこれ、以前もこういうことがあったが、これも千里眼の能力なのだろうか。



 多くの騎士や民がチームを組み、蒸気モンスターからの激しい攻撃をなんとか防ぎ魔法で牽制。だがそれだけでは蒸気モンスターは倒せない。


 前衛だった騎士の体が引き裂かれ、連携が崩壊した民が逃げ惑う。それを上空から現れた羽の生えた蒸気モンスターが一気に狩り、あたりは血の海となる。


 周囲を見ると動かなくなった人間が無数に転がっていて、頭がなかったり、下半身がなかったり、もう直視出来ないような凄惨な戦場。


 死の国……その言葉が頭をよぎる。


 お城近くでは多くの騎士がいて、その最前線で誰かが指揮を執っている。


 なんとなくお顔がローベルト様に似ている女性。背後で怯えている小さな子供、おそらく弟と思われる人物を守り必死に戦うが、周囲の騎士が一人やられ二人やられ、もう逃げ場など無い。


 お城などとっくに崩れ、分厚い門を盾になんとか凌いでいる状況。


 見上げる高さの巨大な体を持つ蒸気モンスターの集団が迫り、女性は意を決し一人突っ込んでいく。


 女性は光る花びらの盾を展開。巨体から放たれる攻撃を弾くが、四方、さらには上空からの激しい攻撃の全ては対処できず傷を負っていく。


 それに気付いた数人の騎士が慌てて集まり同じく光る花びらの盾を展開、なんとか蒸気モンスターを押し返し女性を守る。


 右足を引きずり戻ってきた女性に小さな少年が泣きながら抱き付くと、女性は満面の笑顔で少年の頭を撫でる。


 少年が震える手付きで一生懸命紅茶を作り渡すと、女性は堪えきれず目から涙をこぼし少年に抱きつく。



「…………」

 

 映像はそこで途切れてしまう。


 今見たものが一体何なのか俺には分からない。あの女性と少年がどうなったのかも分からない。


 だがフルフローラという国は今も健在で、王族の血も絶えることなく続いている。


 彼等はどんな状況だろうが決して屈しなかった。だからこそ今のフルフローラがあるのだろう。



「……おい、どうした、急にボーっとして。大丈夫か」


 ふと前を見るとローベルト様のお顔が目の前にあって、どうやら急に動かなくなった俺を心配し、倒れないように支えてくれていたようだ。


 

 ぼーっとする頭を振っていると、ローベルト様の側の石碑たちがじんわり光り、数人の騎士たちが現れる。


 ローベルト様は気付いていない……え、なにこれ、さっきの映像の続きか……?


 ぼんやりと見える人物たちの一人の女性がローベルト様の横に、数人の騎士っぽい人たちが背後から守るように並び立つ。


 すると体がぼやけだし、煙のように女性と騎士たちが消滅していく。


 消える直前、少し歳をとったと思われる女性と、少年から立派に成長し騎士の格好をした青年が俺の方を見て笑顔で何事かつぶやく。


 何を言ったのか、声は全く聞こえない。


 だが多分……。


 大丈夫ですよ、あなた方が命がけで守ったこの国は死の国ではなく、今や多くの国民の笑顔が溢れる花の国となっています。


 ……僕じゃあないですよ、その言葉を受け取るべき人物は、ここにいらっしゃるあなた方の子孫の女性でしょう。


 定期的にこうして過去の英雄たちに感謝を込め花を手向け、皆の想いをその体で受け止め日々フルフローラの為に行動している。


 その言葉は彼女にこそ相応しい──



「ローベルト様、ありがとう」



「ん? 良かった気が付いたか、びっくりしたぞ急にフラフラとしだして。ありがとうとか、いやいやそれはこちらのセリフだろう。君たちのお陰でこの花の国フルフローラは今後大きく発展出来そうなんだ」


 俺は聞こえなかった彼等の言葉をローベルト様に伝える。


 ロゼオフルールガーデンカフェは多くの国民が集まり、皆笑顔で紅茶を楽しめる場となった。


 あなた方の夢見た未来を叶えてくれたのは、どんな苦しい状況だろうが下を向かず、この地で努力を続けた人物。


 そう、それは間違いなくローベルト様です。



「それでな、このままいけば早い段階でお城の修理の目処が立ち、王都内の整備にも予算が回る。移住者向けの住居の建設も空いた土地を利用して進んでいてな、いやぁ楽しみだ、これでまた王都に多くの国民の笑顔が溢れることになる。ああ、待ち遠しいなぁ……」


 俺は楽しくてしょうがない子供のように熱く語るローベルト様のお話を笑顔で聞く。


 


 ──この人がいれば花の国フルフローラは大丈夫、俺はそう思う。















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