第591話 深夜の番犬お散歩2 落ちこぼれケルベロスとフェンリル様




「えっとぉ……もう俺帰っていい? あ、寝る前に五分ぐらいトイレにこもるけど」


「ええ!? ちょ、ひどいってボスー! 散歩はー? 散歩ー! ずっと待ってたんだぞー!」



 深夜のフルフローラ王都。


 俺はなぜかもう満足してしまったので、いや、記憶が鮮明なうちに帰って満足してから寝たいのでパーティー解散を告げるが、深夜の相方が猛反発。


 相方というのがこの女性、頭には犬耳、お尻には犬の尻尾が三本生えているという、どう見ても人間ではない見た目。


 名前をケルベロスと言い、冒険者の国ヘイムダルトの地下迷宮で知り合った……多分神様的な格の人。


 だってこの世界の『空間外』から突然現れるんだぜ、俺の貧弱な語彙力ではこう表現するしか選択肢がない。



 知り合ったとき、今度暗いところがあったら散歩に連れて行く、みたいな約束をしたので、この王都フルフローラの夜は最適、と呼び出したのだが、いきなり自分の大きなお胸様を生で見せてきてびっくりした。


 ……おかげで俺のエロ本欲がメーターを振り切り停止。


 この新鮮な思い出をダッシュで持ち帰って、ささっとトイレ行ってから大満足で寝たい。


 深夜二時過ぎてるし。




「おかしいだろぉー! ボスは私と暗いところを散歩したいから呼んでくれたんじゃないのかよ? まだ散歩してないー!」


 ケルベロスがぷんぷん怒って抗議してくるが、俺、たんにエロ本屋に行く途中だったんだよね。内緒だけど。


 ああ、さすがにお胸様はしまってもらったぞ。まともにケルベロスを直視できない状況だったからな。


「ってもなぁ……深夜の散歩ってもなにすりゃいいのかだし、暗くて怖いし……」


「ブーッ、きゃははは! ボス私より強いくせに暗くて怖いだって、おっかしー!」


 ケルベロスが腹抱えて笑うが、強いのは俺じゃなくて愛犬のベスな。そのベスがいないから不安なんだっての。


 つかケルベロスのテンションすっげぇ高くねぇか? 地下迷宮のときは勇ましい感じだったような……ちょっと印象違うな。


 雰囲気的に遠足に来て嬉しくてしょうがない子供って感じだから、もしかしたらこの散歩をずっと楽しみにしていてくれたのやも。




「……悪かった、そういや待たせてしまったもんな。さ、行こうかケルベロス」


「きゃはー! ボスのそういうとこ好き! ちゃんと私の話聞いてくれる!」


 ケルベロスが満面笑顔で俺にドカンと体当たりをしてくる。ちょ、お前パワーあるんだから加減せぇよ。


 話を聞いてくれる、ね。


 そういやこいつ、あの地下迷宮でずっと一人だったとか言っていたような。


 ……よし、生のお胸様も見せてもらったし、深夜のフルフローラ王都散歩でも楽しみますかね。




「おっ散歩、おっ散歩、しっかしここ超暗いな! 私の炎が真っ赤に燃えるーっと、ひゅごう、きゃはは!」


 しばし王都内の建物が無いあたりを歩くが、ケルベロスが俺の周囲を衛星が如く元気に走り回り上空に炎を吐く……ってやめーい!


「ちょ、炎はやめろ! ここは地下迷宮じゃないんだからな」


「ひゅご、あ、そっか……ボスとの散歩が楽しくて興奮してた。きゃはは」


 地下迷宮でもなるべく炎は吐かないで欲しいものだが。だってお前のそれ,人間なんて一瞬で消し炭になるクラスなんだぞ。


 ケルベロスが俺の言葉にハッとした顔になり炎を吐くのをやめ、笑顔で俺の隣に来る。



 よく分からんが、言うことはキチンと聞くのな。


 地下迷宮で出会ったときは余裕の笑みを浮かべた好戦的なヤンキーってイメージだったのだが、今はニコニコ笑顔で言う事ちゃんと聞く素直な子。


 俺のことをボスとか言ってくるし、いまいちケルベロス、彼女が俺に近付いてくる理由が分からない。


 こいつにはファルミオとかいう上の立場の存在がいるっぽいし、そいつの命令で地下迷宮の管理をしているとか言っていた。


 うーん、つまり地下迷宮のときは上司の命令を聞いている「番犬モード」、今は俺をボスと呼び散歩を楽しむ「飼い犬モード」って感じなのだろうか。



「まぁ、細かいことはいいか。素直なのは良いことだ、えらいぞケルベロス」


 犬が散歩に行きたがるのは当たり前のこと、それが今まで出来ていなかったケルベロス。でも今は散歩が出来て楽しそうにしている、それでいいか。


 俺は近付いてきたケルベロスの頭を撫で褒める。


「……きゃは、きゃはは! 褒められた、ボスに褒められた! 初めて、私生まれて初めて褒められたかも! 好き、やっぱボス好きー!」


 俺が頭に手を乗せようとすると一瞬怯えた顔になるが、優しく撫でると目をバチーンと見開き喜び、テンション高く俺に抱きついてくる。


 ちょ……お前パワーあるんだから力任せに抱きつくなっての! 苦しいし、程よい感じで抱きついてくれないとお胸様の感触が楽しめないだろ。


 ああ、俺って最低だよ。


 少し前、今押しつけられている大きなお胸様を生で見たから余計にそういうことを考えてしまうんだよ、純な十六歳の少年なんてそんなもんだっての。


「きゃははは!」


 なんかすげぇ喜んでいるな、ケルベロス。


 生まれて初めて褒められたとか、大げさに表現してしまうぐらい嬉しかったのだろうか。


 まぁ俺の愛犬ベスも頭撫でたら喜ぶしな、よし、いっぱい撫でとくか。



「きゃふ……きゃふぅ……ボス上手ぅ、ね、尻尾、尻尾もー」


 ケルベロスの頭には犬耳があるのだが、頭を撫でるとどうしても耳に触れてしまう。嫌がらないことを確認してから優しく耳も触っていたら、ケルベロスがトロンとした顔になり俺に寄りかかり吐息を漏らし、お尻に生えている三本の犬の尻尾も撫でるよう求めてくる。


 尻尾? 尻尾って撫でられて嬉しいもんなのか?


「こ、こうか?」


 ブンブン振っているケルベロスの三本の尻尾に軽く触り、嫌がらなかったので尻尾も優しく撫でてみる。


 へぇ、近くで見ると黒いドレスの尻尾部分にしっかり穴が開いていて、そこからひょいっと尻尾を出しているのか。もしかしてケルベロスの着ている服の構造を確認できた人間って俺が初めてなんじゃ?


「きゃふ、きゃふう……! 私、ボスに胸も見られて尻尾も触られちゃった……これもうそういうことだよな……」


 尻尾を撫でるたびにビクンビクン体を反応させ、ケルベロスがヨダレを漏らしながら俺の首とか鎖骨をベロベロ舐めてくる。


 いや、お胸様はそっちが勝手に服めくって見せてきたんだろ。尻尾だって撫でろ言うから撫でただけであって……ってなんだ? ケルベロスの動きが妙なんですけど。


 そういうこと?


「うん、あそこでいいな。きゃはは!」


 ケルベロスがチラっとフルフローラのお城方向を見たと思ったら、俺の体が急に宙に浮いた感覚に襲われる。




「え、あれ、何? 星が綺麗……」


 結構な横Gがかかったと思ったら、次の瞬間俺の背中に伝わる冷たく硬い感触。


 少しひんやりとした風が頬を撫で、視界には満天の星空。フルフローラ王都は街灯などの光が少ないので、余計に星空が綺麗に見える。うん、美しいな。


 で、ここどこ。


「私さー、強くて優しくて面白いやつが好きなんだ。ボスって全部持ちなんだよなぁ、きゃはは!」


 よく分からんがケルベロスに壁ドンならぬ、床ドンされているんだけど、何があった。


「あれ、ここフルフローラのお城か? マジか、結構お城から離れた場所を散歩していたはずなのに……」


 やけに吹く風が冷たいな、と思ったら、今俺がいる場所はフルフローラのお城の一番高い塔の屋上的な場所。


 すげぇな、さっきの場所からここまで一瞬でケルベロスが俺抱えて走ったってことか。



 地下迷宮でケルベロスと対戦したときにもその速度は見たのだが、こうやって改めて目の当たりにすると、本当に驚くほどの速さだな。


 こいつの四足での加速、方向転換の速さは俺の目、千里眼でも追いきれず未来予測で動きを予想して座標指定空間移動で体ごと飛ばしてなんとか避けられるぐらいだった。


 俺がこの異世界に来て見た中での速度ランキングは、バニー娘アプティが魔晶列車より早く走ることができ三位、それと同じかちょっと早いのが我が愛犬ベスの神獣化状態の加速で二位、そして俺ランキング最速を叩き出していたのがペルセフォスの騎士ハイラ+飛車輪シューティングスターの直線加速。


 とんでもない強さを誇る蒸気モンスター、彼らは当然動きも早く、人間なんか全く敵わない速度を出すのだが、なんとハイラは彼らを上回る速度を出すことが出来る。


 ……まぁ直線のみっていう条件付きなんだが、それでも魔力・身体能力、全てで劣る人間が速度だけでも蒸気モンスターを上回ることが出来るというのはとんでもない武器になる。


 そしてこのケルベロス、こいつはそのハイラすら簡単に上回る、おそらくハイラの倍近くの速度を出すことが出来るバケモノ。


 まぁ……人間でも蒸気モンスターでもない神様クラスの格の存在だから、俺の速度ランキングに入れていいか迷うが。


 それでもこの速さは素直にすごいと思う。


 それほど努力をしたのだろうから。



「すごいぞケルベロス! お前とんでもなく足が速いのな。見た中で一番だ。それに力もあるし炎なんかすっげぇ火力あるし、よく分からんけどファルミオとかいう奴よりお前のほうが強いんじゃねぇか?」


「いただきま……きゃふ、きゃふふん! あ、ボス耳……きゃふー!」


 俺は押し倒されながらケルベロスの頭を撫で褒める。いや、普通にすごいと思ったし。


「きゃふぅ……もっと触ってボスー……え、あ、ファルミオ様は私なんか全然敵わない強さだし、その、わ、私……私、実は落ちこぼれで部下の中で一番弱くていっつもバカにされてて……」


 頭を撫でられ喜んでいたケルベロスだったが、後半声が小さくなり見たことがない悲しげな顔になる。


 こいつが落ちこぼれ? ウソだろおい。


 こんなとんでもない強さのケルベロスが部下で一番弱いってかい。そのファルミオとかいう一派の戦力ってどうなってんだよ。


「お前が一番弱い? 嘘だろ。俺にはケルベロスは今まで見た中でも相当な強さだと思えるが」


 俺が異世界に来て対戦した中で一番ヤバイと思ったのが、妙な空間で出会った魔王ちゃんこと、エウディリーラ。あれは人間なんて戦いようがないレベルだし、蒸気モンスターであろうと敵わない異次元レベル。


 その次が同じく魔王ちゃんのところで出会い戦ったジェラハスさんとかいう氷の使い手。


 あの人は性格も攻撃も全て苛烈だったなぁ。


 確かにそれらに比べるとケルベロスは攻撃が直線的というか、あまり考えなしに突っ込んで来たから動きが予想しやすかった。


 多分だが、ケルベロスは上手く戦えばあのジェラハスさんクラスだと思う。それぐらいのポテンシャルはあるぞ、こいつ。それが弱い? バカにされている?


 許せねぇなぁ……



「ほ、ほんと? 勝てる? 私あの嫌味女フェンリルに勝てる?」


 ケルベロスが不安気に聞いてくるが、フェンリル? 誰だそれ。


「フェンリル? よく分からんが、そいつはジェラハスさんより強いのか? そこまででもないのなら、多分勝てるぞ」


「ジ、ジェラ……ジェラハス様……! ボ、ボスなんであの樹霊氷ジェラハス様のこと知ってるの!?」


 ケルベロスが目をバチーンと見開き驚いた顔になるが、樹霊氷ジェラハス様?


 ジェラハスさんのことを『様』表現なのか。


 ……なんとなく繋がってきたような。



「知ってるっつーか、いきなり襲ってきたっつーか。アプティと神獣化したベスのおかげでなんとか勝てたけど、あれは生きた心地しなかったなぁ」


「か、かかか勝ったの!? すっご……ボスすっご! ぜ、全然違う、フェンリルというか、私たちは全然全くそれ以下で……」


 勝ったっつーか、ベスが押さえつけている間に服めくってお胸様を見せてもらったというか……。


 あ、服をめくったのはバニー娘アプティさんだからな、俺ではない。そこはしっかり記憶をサルベージしていただいて間違わないで欲しい。


 指示をしたのは俺だが……。



「ほう、フェンリルとかいうのはジェラハスさん以下なのか。なら……勝てるぞ」


「……! ほ、ほんと? ボスそれ本当? 私でもあのフェンリルに勝てるの? ……あ、だめだ、もう帰らないと……ボス、また呼んで、またお散歩連れて行ってね! ボス大好き、きゃはは!」


 勝てるぞ、という俺の言葉に悲しげな表情から一気に笑顔に変わり、ケルベロスが抱きついてくる。


 俺の頬をベロベロ舐め満足したっぽいケルベロスがびょんと上空にジャンプし、空間の裂け目みたいな暗闇の中に姿を消す。




「────なんだったんだ……」



 ケルベロスにフェンリル、か。


 今思い出したが、冒険者の国には二つのダンジョンがあって、俺たちが行ったのが地下迷宮ケルベロス。


 そしてもう一つのダンジョンがフェンリルとかいう街にある天空の塔だったような。


 それのことなのだろうか。



 まぁそれは今度考えるとして、その、今の俺はどうすればいいんですかね。


 深夜二時過ぎにお城の一番高い塔みたいな場所のてっぺんに置き去りなんですが。


 どう降りりゃいいんだよ。



 ──風が、冷たい。あと高くて怖い。



 今帰ったばかりだけど、もう一回呼んでもいいのかな、ケルベロス……











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