第565話 魔晶石の運び屋アインエッセリオさんと俺は品行方正少年様




「ほっほ、王よ、指定の場所全てに持っていったぞ? 普段の散歩コースを回る程度の移動距離でお金とやらを得られるのか。ちょろすぎる」




 あれから一週間が過ぎ、俺とアインエッセリオさんが組んで始めた『超速絶対安全確実お届けサービス』は特にトラブルも無く、とても順調にいっている。




「お疲れ様ですアインエッセリオさん。焼きたてのパンを用意してありますから、いっぱい食べて疲れを癒やして下さい」



 俺が宿の新たな業務として始めた配達業。


 そこに蒸気モンスターであるアインエッセリオさんを雇うという形をとっているので、一応彼女は宿の社員という扱いになっている。


 とりあえずソルートン近隣での配達をお願いしてみたが、本当に魔晶列車並か、それ以上の速度で走り物を運べ、さらには野盗やモンスターの襲撃が絶対に無いという確実性。


 アインエッセリオさんは銀の妖狐には及ばないが、それに近い戦闘力を持つ上位蒸気モンスター。


 その彼女に追いつける速度を持つモンスターもいなければ、その戦闘力に打ち勝てる盗賊などいやしない。つかそれが出来る人間が普通にいたら、千年近くも人間が蒸気モンスターに怯える生活を強いられてはいないだろう。


 戦闘に特化した蒸気モンスターの桁違いの力だって、こういう平和利用が出来るってことだ。



「ほむほむぅ……美味い、美味いのぅここのパンは。手に入れたお金を使って各地でパンを買って食べてみたが、木の根をかじったほうがマシ、みたいなのばっかりだったぞ。王よ、早く世界を統べ、このお店のパンを世界に流通させるべきだ」


 食堂のカウンターに積まれているパンを両手で抱える量持ってきたアインエッセリオさんが俺の横に座り、もりもりとパンを頬張っていく。パン代は俺が出すが、これだけ美味しそうに食べてくれるのなら支払い甲斐があるってもんだ。


 移動の合間の時間にパン屋さんに寄って食べ比べをしているとか、結構楽しんでお仕事をやってくれているようだぞ。



「ああ……素晴らしい、素晴らしいですわ師匠! 見て下さいこの商品ロストゼロの連続記録を! こんなデータを作成出来る日が来るとは……!」


 商売人アンリーナが興奮気味にデータが書かれた紙を見せてくる。


 どうやらアインエッセリオさんがお仕事として商品を運んでくれたデータをまとめた物らしい。



 俺とアインエッセリオさんが組んで始めた配達業。今の所お仕事の依頼を受けているのは、アンリーナの会社であるローズ=ハイドランジェのみ。


 ローズ=ハイドランジェは世界的に有名な化粧品と魔晶石を扱う会社。


 魔晶石ってのは、簡単に言うと人工的に魔力を込めた石のこと。魔法を使う人が自身の魔力を補うブースト剤として使ったりする物で、超高級品。


 なので、結構運搬中の盗難被害に遭いやすかったらしく、中でも紫魔晶石という、超の上にもう一回超がつくような高級品は組織的な盗難被害がそこそこあるそうだ。


 大魔法使いであるラビコが当たり前のように紫魔晶石を常備しているが、あれ一個五万G、日本感覚五百万円以上するそうだぞ……。おっそろしく高い……。


 火の国デゼルケーノで千年幻ヴェルファントムを倒した報酬で極大紫魔晶石なんて物をもらったが、あれのお値段は日本感覚で数億円だとさ……。



 今までは対策として一回に運ぶ個数を減らし分散、被害に遭っても少数で済むようにしていたとか。


 それが先週からその超高級品、紫魔晶石をアインエッセリオさんがまとめて一気に運ぶようになったら、被害ゼロ。


 もうこれだけでとんでもない額の利益が出ているそう。



「被害ゼロ……美しい、なんと美しいデータなのでしょう! ああ、なんとお礼を言えばよろしいのでしょうか……! いえ、この想いは言葉だけでは伝えることなんて出来ません! さぁ師匠、今まで愛する二人が寄り添い支え合い打ち立てた売上と、このロストゼロのデータを持ってお父様に結婚のご報告に……!」


 ブンブンと書類を振り回しアンリーナが徐々に熱を帯び始め、その役者魂に火がついたようだ。


「いえ、こういうことは事後報告のほうが話が早い……! そう、もう私と師匠は暇さえあれば抱き合い愛を確かめ合うようなただならぬ関係で、そして師匠はこう言うのです、例え小さな体だろうが、僕は君の全てを優しく愛すフォォォヒフォ……! ヌフフィフィ……!」


「落ち着けアンリーナ……ってだめか……はぁ、アプティ頼む」


「……はい、マスター」


 言葉だけでは感謝を表現出来ない、それぐらい感謝しているって話をしようとしたのだろうが、途中から突然アンリーナの私欲の話に雑にスライドしてんぞ。


 後半興奮しすぎて人語の領域突破してるし。



「私は最初から心と身体を開いて待って……ってコラ放しなさい無表情馬鹿力女!」


 俺がため息を吐きながら後ろにいたバニー娘アプティに指示。


 瞬時にアンリーナの背後に回り込んだアプティが羽交い締めにする。


「この……! いつもいつもいつも私と師匠の愛の時間の邪魔をして……! 列車の中でだって、あなたさえいなければ二番目に師匠とヤれるはずでしたのにぃぃ!」


 アンリーナが激しく抵抗するが、アプティの拘束から逃れられるわけもなく……って列車の中? 二番目にヤる? アンリーナは何を言っているんだろうか。


 ああ、また興奮して妄想のほうが現実なんだと脳内を支配してしまったんだろう。


 かわいそうに。



「……ほっほ、具体的に何をするか言わず、王の『頼む』の一言だけで、いま王に求められている最善の行動を取るか……。キツネの女め……ちょっと、悔しいのぅ……。わらわの求める王の信頼を多く得ているのはまだキツネの女のほうか……」


 俺の隣でパンを両手に持ち、眠そうな目で俺たちの騒ぎを眺めていたアインエッセリオさんがボソっとつぶやく。


 いや、まぁアプティさんとは付き合い長いし、ね。


 あとはこうなったときのアンリーナの行動がだいたい毎回同じだから、対応策を細かく言う必要もないと言うか。



「王よ、わらわは一回帰って仲間に報告と、お金で得た魔晶石を渡してきたい。あと、この美味しいパンをみんなに食べさせてあげたいのだ」


 ガタンと立ち上がったアインエッセリオさんが購入した魔晶石がたくさん入った木箱を持ち、俺の顔色を伺うように覗き込みカウンターに山と積まれているパンを指す。


 アインエッセリオさんは相当この宿のパンを気に入ってくれたようですな。


 イケメンボイス兄さんの作るパンは上位蒸気モンスターすら落とすマジで美味いパン、ってことだ。


「分かりました。では配達業務は一旦お休みにしておきますね。お時間が出来たらまた宿に来てください、アンリーナが依頼をお願いしたい案件がまだまだ多量にあるそうですから」


 俺はカウンターにある山積みされたパンをアインエッセリオさんが持ち運べる最大量購入、こちらも木箱にもっさりと詰め込む。



 配達業は俺が窓口となりアンリーナから依頼を受け、それを配達業務専用社員扱いになっているアインエッセリオさんにお願いをするという形。


 アンリーナから報酬を受け取り、それをアインエッセリオさんへと渡している。多少、手数料を宿に入れてもらっているけどね。


 しかしさすがアンリーナが喉から手が出るほど欲しかった絶対安全運送手段、報酬はとんでもない高額を支払ってくれているぞ。


 魔晶石なんて余裕で買えるぐらい。





「いってらっしゃい、アインエッセリオさん。帰ってくるのをここで待っていますよ」


 俺はにっこり笑い、宿の前でアインエッセリオさんを見送る。


「……ほっほ、どちらかというと今から向かう先が帰る場所なのだがのぅ……」


「いえ、ここだってアインエッセリオさんが帰ってくる場所の一つです。そういう場所が多くあるって、とても素敵なことだと思いますよ」


 大きな木箱を数個抱えたアインエッセリオさんが眠そうな目でじーっと俺を見て、音もなく目の前まで移動してくる。


「本当に不思議な男だのぅ、わらわの王は。人間にしておくのが惜しいぐらいだ。……では行ってくる。ここはわらわの王が待つ、わらわの新たなる拠点。そう思うことにする」


 そう言うと、アインエッセリオさんが俺の頬をペロンと舐めてくる。


 ちょ……! 俺の愛犬ベスじゃあるまいし……。


「……わらわの王の味。覚えた」


 ニヤァと嫌な笑みを浮かべているが、え、何、俺いつか食われるの?


「王の部屋に女の裸の本が大事そうに飾られていた。ようするに王は女を抱きたいのだろう? では帰ってきたら、わらわが王を満足させることを約束しよう……いや、違うな、わらわが王に早く抱かれたい、そう強く思い始めている。帰ってくるのが楽しみだ、ほっほ」


 ビュンと残像を残し、アインエッセリオさんが俺の目の前から消える。




「……お帰りになられたのですか? はぁ、ずっと緊張していたので……いえ、だめですね、あなたが信頼をしているのに、私が偏見を持っては」


 宿の娘ロゼリィが安心したように、すっと俺の側に来て左腕に絡んでくる。


 蒸気モンスターであるアインエッセリオさんがいるこの一週間、やはり事情を知っている宿のメンバーは口数が少なく、動きがちょっとぎこちなかった。


 今まで敵として絶対的な力を持つ存在だった蒸気モンスターだ、仕方ないとは思う。


 こういうのは時間で慣れるしかあるまい。



「私は少し慣れましたわね。まぁ……師匠が側にいない状態では、まだ緊張しますが……」


 商売人アンリーナはさっきもそうだったが、アインエッセリオさんの前でもいつもの調子に見えた。


 超高額の紫魔晶石、それの運送のお仕事を依頼しているのだから信頼はしているのだろうし、世界を相手に戦っている商売人アンリーナ、肝は座っているんだろう。



「そうだなぁ……蒸気モンスターと一緒に過ごすとかよ、キングがいなければありえねぇ状態だしな。ホント、キングといると今までの常識とか全部ブッ飛ンでいくよな。今までただの敵、としてしか捉えていなかった蒸気モンスターだけど、こうして話を聞いてみると人間とあンま変わらねぇなって思うし……。しっかしキングって本当にすっげぇ男だよ、こんな面白いやつ、二度とアタシの前に現れねぇ気がする。ニャッハハ、逃がさねぇからなぁキング。アタシは絶対にキングとヤってやるンだ!」


 猫耳フードのクロがゲラゲラ笑い抱きついてくる。


 クロのお姉さんである魔法の国セレスティアの王サンディールン様が、初めて俺と会ったとき「蒸気モンスター相手に話し合いが通用するの!?」と驚いていたのが思い出される。


 圧倒的な力を持ち人間を襲ってくる蒸気モンスター。


 しかも彼らは力こそ正義の戦闘特化種族。


 自分より力の弱い生き物は淘汰されて当然、みたいな考えっぽいし、生き残ることに必死だった彼らが『人間との話し合い』になんて応じることはなかったろうしな……。


 でも今は違う。


 俺が銀の妖狐をブン殴り、その席に彼らを引っ張り出してこれた。


 そうしたら俺に興味を持ったっぽいアインエッセリオさんが話をしようと近付いてきた。


 確実に流れが変わりつつある。


 しかも良い方向に、だ。



「……マスター、あの女に負けるのは嫌、です……なのでさっさとヤって、早く島で結婚しましょう……」


 バニー娘アプティが、無表情ながらもムスっとした雰囲気で俺の尻をすくい上げるように掴んでくる。


 おっほ……なんでこの子、いつも俺のケツつかんでくるの……。


 そして最近よく言う、島で結婚って何さ。キモさ全開の銀の妖狐がいる島とか、あんまり行きたくないんですけど。


 ……でも俺のお世話をしてくれたメイド二十人衆とか、島の果樹園とかお土産工場とか気にはなる……大丈夫かなぁみんな……。


 そして、そろそろエロ本屋、完成したかな? 


 確か銀の妖狐が約束してくれていたよね? 作るって。じゃあ……行ってもいいかなぁ……。


 だって俺の部屋に飾っているエロ本、あれロゼリィのロープぐるぐる巻封印が施されていて、ちょっとでも外そうものなら鬼と化したロゼリィに朝まで説教されるんだって。


 読めないエロ本に価値など無い。


 そうだろう紳士諸君。


 指紋が無くなるほど勢いのある連打で共感イイネを押してくれて構わない。



 ……誤解の無いように言うが、あのエロ本は俺が溶けそうなほどのキモい顔で数時間かけ厳選した本ではなく、バニー娘アプティが俺に喜んでほしくて自らお金を稼ぎプレゼントしてくれた大切な本。

 

 そこらにあるただのエロ本ではないのだ。


 だから部屋に神棚みたいの作って飾ってある。


 決してエロい気持ちを捨てきれず飾り祀り、せめて表紙だけでも……と弱い気持ちで毎朝拝んでいるわけではない。


 アプティに感謝を、その強い想いのみだぞ。



「今までの常識、か~……そうだな~それは大きく変わったかな~。ほんと、エロいしか能がない少年との出会いが、ここまで考えを根本から変えてくる事態になるとはラビコさん驚きさ~あっはは~」


 水着魔女ラビコがニヤニヤと笑い俺の下半身を見てくる。


 ……俺は男だ。とても俺好みの美しい女性陣数人に抱きつかれている、あとは分かるな。


「社長が手懐けたんだから大丈夫だろ~と思っていたけど、本当にまんまと社長の毒牙にかかった感じだったね~あの女、あっはは~……」


 ど、毒牙て……俺は何もしてねぇよ。


「社長って不思議なんだよね、誰とでも別け隔てなく対等に接するし、それでいてズカズカと相手の領域に勝手に入り込むでもなく……すっと自然に心に寄り添ってくるって感じかな~? なんにも考えていないくせに、こっちが欲しいと思ったタイミングで見返りを求めない優しさをさりげなく見せたりさ、ずるいっての~」


 な、なんにも考えていないは言いすぎだろ。


 多少エロを期待したりもしているっての。


 もっと最低? うっせー、十六歳の少年がエロを追い求めて何が悪い。


「それをまさか種族さえ越えてやるとはね~。心にちょっとでも隙があったら、簡単に入り込まれて鷲掴みにされちゃうって~」


 人をバイ菌か何かみたく言うなよ……。


「あっはは~まさか恋のライバルに蒸気モンスターが入り込んでくるとか、普通の常識持っていたら思いつかないよ~っと。社長ってば範囲広すぎ~こっちの苦労も考えろ~っての~しかも二人目とかさ~」


 ラビコがアプティをチラと見て笑う。


 まぁ知っているのは俺とラビコのみだが、アプティさん、蒸気モンスターだし。


 すでに皆さん普通に暮らしているんですよっと。



「ま~相手が誰であろうと、ラビコさんは絶対に引かないけどね~。ヤるのは私が最初、なにせ社長をみつけたのは私が一番だし~あっはは~」


「ふふ……ラビコ? その若さで物忘れですか? 彼と一番最初に出会ったのはこの私ですよ?」


「……マスター、私は順番はどうでも……島で結婚さえ出来れば……」


「ちぃ……皆さん素晴らしい魔肉をお持ちのようでうらやましいですわね! いいですわ、皆さんがそれぞれの武器を使うように、私もお金と契約という武器を使って師匠を縛ってみせますわ!」


「まっずいな、出会った順番の話されっとアタシ打つ手無しだぜ……。しかしまぁ、アタシにも武器があってよぉ……なぁキング、王族の女を抱きたくねぇか? アタシは尽くすぜぇ? この腕力を使って全力で尽くしてやるンだぜ! ニャッハハ!」


 水着魔女ラビコが平気な顔で嘘を言い、俺の右腕に絡んでくる。


 それを聞いた宿の娘ロゼリィが怖い笑顔でラビコを睨み俺の左腕を掴む。


 バニー娘アプティはまた無表情で俺の背後へ周り尻を鷲掴み。


 俺の腕に当たっている二人の大きなお胸様を見て心底嫌そうな顔で舌打ちをした商売人アンリーナ。その手には白紙の書類と朱肉。


 猫耳フードのクロさんや、自身の王族の身分を武器として使うのはまぁいいが、あなたお忍びの立場なんだから宿の前で大っぴらに言うのやめようよ。


 あと尽くすどうのだけど、おしとやかな感じで言うなら雰囲気あるけど、腕まくりして筋肉見せるポーズされながら腕力で尽くす言われても、暴力で支配された組織とかのイメージ映像が頭に浮かぶだけなんですよね。まったくエロくない。



 というわけでさ、いい加減宿の食堂に戻ろうぜ……ラビコたちは面白がって言っているだけだろうが、宿の前の結構往来のある道で若い男女がヤるやらないで言い合いになっている姿は、正直アウトでしょ。


 ほら、俺の世間体とかもあるしさ……。


 ……え、あるって、まだ俺には真面目で品行方正な宿の少年って世間様に誇れるステータスがさ!



 部屋の棚に大事そうにエロ本祀っているやつは品行方正とは言わないし、俺の世間体はすでに回収不能レベル? 


 ああ、そう……。












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