第564話 爆誕アインエッセリオ急便様
「──宅配便……」
宿の食材が在庫不足に陥り急遽買い出しに行こうとしたら、蒸気モンスターであるアインエッセリオさんが俺の代わりに行くと言いだした。
多少不安だったが、俺がお店の地図とお金を渡すと残像を残し消え、瞬時に書かれた通りの食材を買ってきてくれた。
体力のある男数十人で手分けしてお店を巡っても一時間強かかるか……といった物量だったのだが、アインエッセリオさんは平気な顔で全ての買い出しを数分で終わらせてしまった。
たった一人、で。
「すごいですわね……さすがに桁違いと言いますか……」
商売人アンリーナが目を見開き驚き言葉を漏らす。
アインエッセリオさんは『人間との共存』を掲げ俺に近付いてきた蒸気モンスターの女性。
彼女は火の国デゼルケーノを拠点に動いている火の種族の蒸気モンスターらしく、その中で小さなグループを作り、長らく続いている人間との対立の構図から人間との共存へと考えを変えようとしてくれているらしい。
らしい、というのは、言葉として言っているだけで実際にそういう行動を俺が見たことがないから。
しかし最初にこの宿に来たときも暴れたりせず、キチンと俺と話をしようとしてくれていた。そして銀の妖狐の島に俺がさらわれたとき、わざわざ俺を助けに来てくれた。
今回も俺がソルートンに帰ってくる十日も前に宿に来ていたのに人を襲ったりせず、俺が現れるまで静かに待ってくれていた。
敵対意識に敏感な愛犬ベスもアインエッセリオさんには反応せず、普通に側で寝たりしている。
以上の結果を踏まえ、アインエッセリオさんの言動は信じるに値する。
俺はそう判断した。
……というか、信頼ができそうな蒸気モンスター側からの歩み寄りには絶対に応じたい。じゃないと、いつまでもこの戦いの歴史が続いてしまう。
どこかで誰かが変えないと、お互いの命が疲弊してしまうだろ。
そういえば初めて俺と会ったとき、アインエッセリオさんもそういう言葉を言っていたような。
確か『わらわたちも疲弊している──』とか。
銀の妖狐がいつだか言っていたが、この世界は蒸気モンスターにとって住みやすい環境ではないそうだ。
蒸気モンスターの命の源である『魔力』、どうやら彼らが元いた世界の大気中には多く魔力が含まれていたとか。
でもこっちの世界はその大気中に含まれる魔力量が少なく、生きていくのも大変、とか言っていた。
そう、彼らだって疲弊しているのだ。
「…………アンリーナ、一つ聞きたいことがある」
「は、はい、なんでしょう師匠」
俺はアンリーナのほうを向き思いついたアイデアを言ってみる。
「アンリーナは昨日ソルートンに開通した魔晶列車延伸計画に企業として支援し、多額のお金を出したんだよな」
「はい、表向きはローズ=ハイドランジェという企業がソルートンの未来に投資をした、となるでしょう。しかし王都でも言いましたが、私個人の計画と想いも含まれていまして、全ては師匠への愛が……!」
俺の問いにアンリーナが答えてくれたが、後半大暴れしそうになったので先手を打って頭を撫で抑える。
「……そしてもう一つの目的は、港街ソルートンから王都ペルセフォスへの商品運搬用陸路の確保。違うか?」
「あら……さすがですわね師匠。ここでそんな考えはありません、と言えば嘘になりますわね。正解ですわ、師匠。私は師匠という光を信じ、あなたが今後歩む未来を信じ投資をしました。この言葉に嘘はありません。……しかしこれは私個人の想い。会社という大きな組織からお金を出資する正当な理由としては利益に直結せず、弱かったのです。そこで私は港街ソルートンに到着した商品を王都に運ぼうとしたときの陸路の手段が馬車しかないことを取り上げ、より安全で早い魔晶列車への移行を提案しました」
そう、今まではソルートンから王都に物を運ぼうとしたら、北側の大回りでの海路か陸路しかなかった。
陸路と言っても、馬車で十二時間かけて魔晶列車の駅があるフォレステイまで行き、そこから鈍行で二日、特急でも一日かかるルートになる。
そしてこのルートの大きな弱点が『馬車』の部分。
まず運べる量と重さに制限が出来ること、そして一番の不安材料が『野盗やモンスターの襲撃』になる。
俺が初めて王都に行こうとしたとき、水着魔女ラビコにそのへんを大げさに脅され、護衛は絶対に必要だと言われた。
馬車で商品を運んでいる最中に襲われると、全て奪われるか壊されてしまう。
たまにそういう運搬中に襲われた話を噂で聞くが、馬車ってのはどうにも野盗に狙われているそうだ。
「馬車と魔晶列車では速度、運べる量、そして何より安全性が桁違いとなります。例えば我がローズ=ハイドランジェはとても高価な魔晶石を世界各地で販売しています。残念ながらこれらを馬車で運ぶ、というのは選択肢にありません。安全性を考え船か魔晶列車の二択、ですね……どうしても馬車しかない地域の運搬には、本当に厳重な警備が必要になり……運んで下さる方の命を守る方法の最善策をいつも模索しています……」
アンリーナが苦悩の表情でため息。
運ぶ人は本当に危険だろうしなぁ……。
「ですが魔晶列車が通れば、ソルートンから王都ペルセフォスへの安全なルートが確保出来る、それにより利益が確実に上向きに……と社内プレゼンをしましたわね」
アンリーナの会社は世界的な企業だから、そういう根回しは大変そうだな……。
「安全、確実。そうだよな、その二つが大事になってくるよな。……ではアンリーナ、安全確実に速度まで揃ったルートなんて欲しくはないか? 『絶対』を最初につけてもいい」
「……ぜ、絶対に安全確実で早いルート、ですか? それはもう喉から手がでるほど……でもどうやって……?」
不思議そうな顔でアンリーナが俺を見てくる。
「アインエッセリオさん。例えばここソルートンから王都ペルセフォスまではどれぐらいの時間がかかりますでしょうか、それとその距離の移動はどれぐらいの疲労度でしょう」
俺は子供のようにジャージを鉤爪でつまんでいるアインエッセリオさんに地図を見せる。
「ほっほ、ペルセフォスか? ……そうだのぅ、一日もあれば余裕で着くかのぅ。疲労度? 別にわらわは魔力さえ補給出来れば数日走り続けるぐらいなんともないかのぅ」
一日。まさに魔晶列車と同じぐらいか。
しかも一日走ってもそんなに疲労はないのか、改めて蒸気モンスターってのはすごいんだな……。
「では……この魔力補給用の魔晶石、これが何個あればいけそうです?」
俺はポケットからアプティ用にいつも用意してある小さな魔晶石を出す。
「ほっほ、ただ走るだけならそれ一個で往復出来るかのぅ。全力戦闘になると、一戦で一個は欲しいのぅ」
なるほど、消費量が違うのか。ぜ、全力戦闘はそうそう起こらないと思いたいですが……。
「どうでしょうアインエッセリオさん。試しに俺の立ち上げる配達業を手伝ってもらえないでしょうか。俺の指示通りの場所に指定の商品を運ぶ。それをこなしてくれれば、お給料をお支払いします。お金を貯めれば、魔晶石を買うことが出来ますよ。やってみませんか」
銀の妖狐とは全く違う内容ならアインエッセリオさんも乗ってくれるのでは。
これが上手く行けば、お仕事でお金を得、魔晶石を買うサイクルが出来上がる。
人間との共存の第一歩、どうだろうか。
「ほっほ、王の頼みならばわらわは何でもするぞ。さっきみたいにお使いとやらをやればいいのだろぅ? わらわこそ王と共に歩む者なんだと信頼を得る為、見事こなしてみせよう」
お、アインエッセリオさんが乗ってくれたぞ。
蒸気モンスターの協力を得た配達業、多分こんなこと俺しか出来ないだろう。
うん、だからこそ俺がやる。
アインエッセリオ急便、始動します!
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