第554話 魔晶列車ソルートン延伸 7 四体目のクマさんと残された一枚のお尻写真様




「邪魔者は始末した。彼も全力で協力したいと言っている。さぁ行くぞ、我々の発展繁栄の為、そして各々の欲の為……そう、この瞬間の為に命を削り時間を作ったのだ! 者共かかれぃ! はははははは!」



 ピンククマさん一号が吼え、部下と思われる三匹に指示。


 くそ……! 三匹のピンククマさんが一斉に俺に襲いかかってきたぞ!




「……あまり抵抗はしないほうがいいと思うよ。こちらも英雄である君に手荒な真似はしたくないからね。……正直羨ましいけど、君にはその資格があるし、僕も相手が君だからおとなしく指示に従っているんだ。……良い思い出を──」


 背後で俺をぐいぐい締め上げている水色クマさんが俺の耳元でボソっと言う。


 抵抗するな? 


 何言ってんだコイツは! 自分の望まない貞操の危機に抵抗しないやつがいるかってんだよ!


 羨ましい? 


 アホか! てめぇは同族だから彼女等が可愛いか美人に見えているんだろうが、異種族の人間である俺には愛嬌のある可愛らしい見た目の着ぐるみクマさんにしか見えねぇんだよ!


 このビジュアル相手に性欲なんて一切湧かねぇ! 


 ただただ恐怖だよ!


 君には資格があるだの君だから指示に従っているだの良い思い出をだの何を分かったふうに……! なんだよさっきからコイツの俺の親友ポジみたいな態度は!


 親友気取るんなら今すぐ助けろ!



「上半身は三号さんにお任せして、私は足ですねー。せぇの!」


 額に『2』と刻まれた通称二号ピンククマさんが俺の足に勢いよく乗っかってくる。


 うぐぐ……なんだか柔らかい女性のお尻の感触がスネ辺りに伝わってくるが、目を閉じれば……いけるか……? 


 この着ぐるみというビジュアルさえシャットアウトして妄想を膨らませれば、この襲撃も良き思い出に出来るのか……?


 この肉付きの感じは……騎士であるハイラぐらいだろうか。そうだ、ハイラのお尻を想像してみよう。



「ヌッッフフフフウファァァ! 何度、何度夢見たことか……欲のままに自由に愛を貪る……この瞬間を! ヌフホホォ、魔肉持ちたちの悲痛な悲鳴が聞こえてくるようですわぁ……実に良き旋律かな!」


 新参の『4』と額に刻まれたピンククマさん。


 その呪われた着ぐるみに取り憑かれた日が浅いのか、動きにくそうに床を這うヘビのように近付き俺の右手を掴んでくる。


「愛……それは素晴らしきもの。愛……それは二人の想いが重なり最高の輝きを放つ瞬間。愛……それは誰にも見えない不確かな物……。ヌフ、しかしご心配なく、この世は書類社会。見えない物ならば、こうして形として残せばよいのです。……そう、これぞ我々の英知……そう、契約という名の結婚……! この婚姻届さえあれば二人の見えない愛を形として成し世界に発信出来るのです! さぁ……! さぁ指紋を……!」


 ちょっと小柄なピンクのクマさんの着ぐるみを着た『4』号さんが不気味に吼え、奇妙な動きで俺の親指に赤い物をなすりつけてくる。


 え、何これ……朱印? 婚姻届に指紋……っておいそれアカンって! 


 なんで俺の結婚相手は可愛い着ぐるみクマさんだって証拠を残さないとならんのだ。


 つか一見ルール無用の暴れん坊クマさんズだが、こいつらにも書類で残すとかいう高度な文化があるのか。


 結婚……俺だっていつかは結婚をしたいが、せめてその相手は好みの人間の女性がいいです……。


 モテない男が高い理想でわがまま言うな? 


 性別不明な着ぐるみーズで妥協しろ? 


 うう、確かにコイツら、見た目は可愛いけどさ……。



 ……『4』と刻まれたクマさんは小柄で肉付きは……薄い感じかな。掴まれている腕に伝わる中身のお胸様感触も少なめ。


 なんとなく、その異様で面妖な言動が商売人アンリーナっぽいか。


 ──目を閉じ指紋を取られないようグーパンチの姿勢で、アンリーナの裸などを想像してみよう。


 

 勝手にエロい想像をされる彼女たちには申し訳ないが、そうでもしないとこのビジュアルに俺の精神が崩壊しかねないの。



「はは、なんだ、今回は随分とおとなしいんだな。てっきりもっと抵抗をしてくるかと思っていたが。やはり薬と魔法が効いているのか? ……ならば好都合。さぁ、君には本では絶対に手に入らない至高の快楽と肉欲の世界をその身で味わってもらおうか……! そして結果強い子を……! 最低五人……!」


 ゆっくりと最後のクマさんが動き出す。


 ああ、『1』号さんが来たか……。


 このクマさんは隠密騎士アーリーガルを軽くあしらい、花の国フルフローラの盾騎士であられるローベルト=フルフローラ様と互角以上にやりあえる実力者なんだよな……。


 ついに俺は男女のアレをするのか……この着ぐるみクマさんズと。


 まぁ、見た目はあれだが、考えようによっては異種族であるバニー娘アプティとする、と思えば興奮出来るかな……。



 いや、無理。


 アプティは俺好みの美人さんだし、着ぐるみを着ていないし。



「じゃあ行きますよぉ、ドーーーーン! ってあれれあれれ、小さい、ですね」


 足に乗っかっている二号さんが勢いよく俺のジャージのズボンを引き下ろす。


「……そうだな。初めてで緊張しているのだろう。すぐにいつものあのサイズになるだろう。どれ、はは、私も初めてだから緊張……するな」


「二番手は約束通り私でお願いします。書類作成は失敗しましたが、まぁ、一番の目的はこちらですし……ヌフンジュルル……」


 リーダーであろう一号さんが俺に跨り、それを見守る4号さんが中でよだれをすする。



「いやぁこんな美しい女性たちに求められるとか羨ましいよ。まぁ君は英雄だしね、ああ、写真撮らないと」


 背後で俺を動かないように抑えている水色三号クマさんが、体と頭の間からカメラを突き出し構える。


 え、ちょ、相変わらず普通に着ぐるみの隙間から物出すのショッキング映像なんだけど、それってどういう体の構造って理解すればいいの。


 ……つかそのカメラ、俺が親友アーリーガル=パフォーマくんに大事な任務を告げて預けた魔晶石カメラやん!


 なんで水色クマさんが持っているんだよ! 


 ……もしやアーリーガルくんを亡き者にして奪ったとか……?


 くそ……おい水クマ! そのカメラの近くに写真は落ちていなかったか!? ほら、サーズ姫様のお尻が写った写真だよ!



 あと俺の目には美しい女性たちではなく、着ぐるみの可愛いクマさんたちが俺の股間に群がっている異様な光景、しか写っていないんだが。羨ましいか?



「……──助けて……アプティ……」



「……はい、マスター」



 せめてサーズ姫様のお尻写真を眺めながら身を任せようと思っていたが、その写真すら無く、俺は死んだ目から一筋の涙を流し最後の望みアプティの名を呼ぶ。


 するとバニー娘アプティさんが真横に立っていて、無表情に俺を見てきた。



「……どこまでがマスターの望みなのか分からず……呼ばれるのを待っていました……。今からゆるやかな敵、として認識します……」


 ア、アプティさん! 


 さすがっす、さすがっすよアプティさん! 


 俺の望み? いや、俺終始怯えていましたよ。


 ほら証拠にマグナムさんの大きさを見て下さいよ、小さいでしょう?



「ば、バカな……! 三号! 二重睡眠を仕掛けたのではなかったのか!」


 クマさんズがいきなり部屋内に登場したアプティに驚き、一号さんが狼狽え吼える。


「は、はい! しっかりと薬と魔法で無力化し、誰も動かないのを確認してからこちらに来ました……!」


 水色クマさんが責められビシっと身を正し言うが、残念ながら俺のアプティさんはその程度の仕掛けじゃあビクともしないっすよ。


 元魔法の国セレスティアの工作員だったらしいローエンさん仕込みの、普通の人間なら微量に吸っただけで数時間眠ってしまう薬ですら全く効いていなかったし。


 うちのアプティを眠らせたいのなら、火の国デゼルケーノに吹き出している『白炎』クラスの、千年燃え続ける魔力量相当の仕掛けが必要ですぜ。



 あとアプティさんは基本無表情なので睡眠が効いたように見えたんだろうけど、水色クマさんの行動に興味がなかったのと俺の指示がないから無反応で動かなかった、だと思います。



「うわわっ! 私この人苦手ですぅー!」


 俺の足を抑えていた二号さんが慌てて立ち上がり部屋から逃げ出そうとするが、アプティが目を怪しく紅く光らせその場で素振りのような蹴り。


 その風圧が着ぐるみクマさんの脳天にヒット。


「ほぎゃあああ……!」


 ピンククマさん二号の着ぐるみの頭部分が吹き飛び体から分離。二号さんが悲鳴を上げ通路方向に倒れ込む。


 おおおぉい……パッと見、首チョンパだけども……大丈夫なのこれ……。


「ひゃあああ、撤退、自己保身撤退ですぅー」


 二号さんが分離した頭部分を引き寄せドッキング。そのまま部屋から慌てて逃げ出していく。


 ……クマさん族の体の構造はよく分からないが、あれ分離してもダメージないのか。メインカメラは飾り、的な?



「こ、この……! いつもいつも私の愛の時間の邪魔をして……! これでも喰らいなさい!」


 新参四号クマさんがムクッっと果敢に立ち上がり、着ぐるみの頭と体の隙間から手を出し何か茶色い物が入った小袋を撒き散らす。


 手……普通に人間の手が中から出てきたが……。


「こ、今回はここまでですわ! 覚えていらっしゃい無表情女!」


 何か良い香りが部屋を包み、何の香りだろうと考えていたら四号クマさんが吼えダッシュで部屋を出ていく。



「……ショコラメロウ……です」


 バニー娘アプティが逃げる四号さんを目で追いながらボソっとつぶやく。


 ショコラメロウ? ああ、これって紅茶の茶葉か。


 確か花の国フルフローラのローズアリアで飲んだ高級品種だったような。チョコレートのような甘い香りの紅茶。


 しかし四号さん、なかなか上手い逃げ方だな。


 紅茶の茶葉の入った小袋を撒き散らして、それに一瞬気を取られたアプティの隙をついて逃げるとか、うちのアプティのことを事前に詳しく調べ上げたのだろうか。


 うむ、新人なのに素晴らしい情報収集能力だ。


 この小袋は回収して明日にでも飲もうか。



「──ちっ……やはりあなたか。あなたを倒さねば私の望む未来は手に入らないと……! 私は諦めないぞ……いつか必ずやあなたを越え彼をモノにしてみせる! 引くぞ三号!」


「は、はい! で、ではまたね」


 アプティが鼻をヒクヒクさせ、ばら撒かれた紅茶の小袋を残像が見える速度で回収。その隙に一号さんと三号さんが捨て台詞を残し部屋から走り去っていく。



 ……走る列車内だから追いかければ絶対に捕まえられるだろうけど、変に刺激して暴れられてもまずいし……深夜で他の車両に乗っている人たちに迷惑かけられないしなぁ。


 とりあえずアプティがいれば俺の身の安全は守られそうだし放っておくか。


 彼らも生きるのに必死なんだろうし、多分どっかの駅で降りるだろう。





 

 ──翌朝、最後尾のロイヤル部屋に行ってみると、サーズ姫様とハイラ、アーリーガルにアンリーナが正座で座らされ、水着魔女ラビコに何やら怒られていた。


 尋常じゃなくラビコが怒っているが……さてなんだろうか。


 巻き込まれるのも嫌だから、部屋戻ってアプティに昨日手に入れた高級紅茶でも入れてもらおう。アーリーガルくんも無事だったみたいだし。



 部屋にはカメラが置きっぱなしになっていたが、残念ながらサーズ姫様のお尻写真は無かった。



 ──ただ一枚だけ撮られた写真が落ちていて、そこにはピンクの着ぐるみクマさん1号のお尻がドアップで写っていた。













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