第553話 魔晶列車ソルートン延伸 6 集合たくましきクマ族様
俺は冷や汗を流しながらガバッと起き上がり周囲を確認。
時刻は深夜、王都発ソルートン行きの第一号記念列車内。
現在地は最後尾から数えて二両目の貸し切り車両の男二人部屋……で間違いないはず。
俺の動きに驚いた愛犬が起き、眠そうに見てくる。相部屋の残り一名、アーリーガルは……いない。
なんだか薬っぽいものと魔法的な弱い光で眠らされたようだが、俺は目の力で強引に眠気を吹き飛ばした。
そして目の前にいる水色の着ぐるみクマさん。
確かこいつ、ソルートンの砂浜で見た記憶があるが……。
こいつがいるってことはもしや残りの二匹、ピンクのクマさんもいるのだろうか。
しかしこの列車は王都での記念式典直後に出発したもので、式典にはこの国の王族であられるフォウティア様やサーズ姫様にリュウル様がいた状況なので、相当に厳重な警備体制だった。
そこをスルリと抜けて列車に乗り込めるものなのか……?
俺の身長より大きく目立つこの巨体だぞ。
「もうすぐ今回の主役たちが来るけど、その前に君を無力化しないと作戦が破綻してしまうんだよね……君とは拳を交えてみたかったし、ちょっと本気で仕掛けてみようかな……!」
水色の着ぐるみクマさんが腰を低く落とし構える。
え、ちょ……この狭い部屋でなんで戦闘態勢になってんだよ……! それを見た愛犬ベスはつまらなそうにあくびを一発、部屋の隅っこに移動して丸くなる。
助ける気ゼロかよベスゥゥ!
つか、ベスが無反応ってことはこいつは安全ってこと?
いやいやいや、見てくれよ愛犬! 正体不明の水色の着ぐるみクマさんが『君とは拳を交えてみたかった、本気でね』とか言ってんだぞ! 俺一人でどうすれってんだ!
しかももうすぐ今回の主役たちが来る?
それってやっぱ残りの二匹のピンククマさん勢ってことじゃ……やべぇって、こんな狭い列車内、逃げ場もないぞ!
「僕にも立場というものがあってね、個人的には申し訳ないと思うけど……今の僕は作戦を実行する無情なコマでしかないのさ! いざ、あの人の笑顔の為に……!」
水色クマさんの瞳が怪しく光ったと思ったら、その巨体が一瞬で俺の背後に移動。
は、早い……! こいつただもんじゃねぇ……絶対に訓練された系の軍隊クマさんだ。
作戦だの無力化だのあの人だのコマだの……こいつ自分の意志じゃない行動をさせられているのか?
そういやソルートンの砂浜で花の国フルフローラから来たローベルト様がクマさんと対峙したとき、その着ぐるみの呪いが、とか言っていたような。
呪い、呪い……呪いってどうやって解くんだっけ? えーと、聖水?
「ぅんごっ、い、いたた!」
「どうしたんだい? この程度で捕まるとか君らしくもない!」
背後から丸く可愛い手で羽交い締めにされ、ぐいぐい締め上げられる。
俺はお前と違って野生でも生きていけるよう鍛え上げられた軍隊クマさんじゃねぇんだよ! 一般的な高校生の平均以下の運動神経しか持ち合わせていねぇっての。
そしてなんでこいつら俺にロックオン状態なの?
この世界でこの着ぐるみの被害を受けた人って他にいないのか? 蒸気モンスターの被害はよく聞くし俺も遭遇するが……。
待てよ……俺とか蒸気モンスターにエルフがいわゆる異世界からの来訪者らしいけど、もしやこいつらもこの世界に来てしまった新たな異世界生物なんじゃ……!
「ま、待て……! 俺は君たちクマ族の味方だ! 何度か出会って、見知った俺に助けを求めているんだろ? 困っていることや、望みがあるなら聞くから……!」
蒸気モンスターみたく、この異世界で生きていくのが辛い状態なのかもしれない。
人間に危害を加えないという条件を満たしてくれるのならば、俺は喜んで手を差し伸べたい。
……すでに人間である俺は何度も襲われているけども……まぁそこは生きていくのに必死だったってことで大目に見よう。
「……ほぅ、それはとても良い心がけだ。ああ困っている、私は仕事の合間のプライベートが疎かになりとっっっても寂しく困っているぞ。そして私の直近の望みは、早く結果強い子が欲しい。それも何人も、だ」
ガチャリと鈍く重い音が鳴り、部屋の鍵が通路側から解除される。
そしてゆっくりと大きな巨体を揺らし、怪しくガラス製の目を光らせたピンククマさんが堂々ご入場。
え、ちょ、この部屋の鍵は俺とアーリーガルしか持っていないはず……どうやって鍵を……!
しかもナンバリング『1』……額の表記が『1』のやつが来たか……ローベルト様も苦戦していたし……こいつやたら強いんだよ……。
着ぐるみクマさん族のプライベートってどういうことするのかすげぇ興味あるけど……つかこの部屋の相棒アーリーガルどこいった。もうサーズ姫様のお尻写真は諦めるから、早く助けてぇぇ!
「無力化はどうした三号」
「も、申し訳ありません! 二重睡眠を試みたのですが、五分で突破されてしまいました。最後尾車両のほうは成功したのですが……」
ピンク1号さんが睨みを効かすと、背後の水色クマさんがビクンと反応。
最後尾? もしやロゼリィたちも眠らされているのか?
くそ……ラビコたちの助けは絶望か。
いや、大丈夫、この車両に乗っていらっしゃるサーズ姫様や、前の車両に乗っている王族様の警備で来ている騎士たちが異常に気が付いてくれれば……そして俺には同室の親友アーリーガル=パフォーマくんがいる! 多分来てくれるさ!
「さすがですねー結構強めの薬に魔法幻覚睡眠、それをたったの五分で……それでこそ私の勇者様ですねー」
「想像以上に動きにくいですわね、これ……。しかし問題ないでしょう。最後尾の邪魔者さえ無力化出来ればこちらの勝ち、ですわ。ヌフフ……」
『1』と額に刻み込まれたピンククマさんの背後から声が聞こえ、『2』と刻まれたピンクのクマさんが身軽に登場。
そしてその背後から額に『4』と刻まれた、動きにくそうにしている新たな機影が……っておいまた増えてるってウソだろ!
何体いるんだよこの一族!
むしろ順調に増えていっているんだから、俺に頼る必要なくね? そのまま大自然でたくましく生きてよ。
狭い列車内の部屋にデカイ着ぐるみクマさん合計四体。
正直絶体絶命、どうする、俺……。
ファンシークマさんと遊んでいるように見えたんだろうけど、マジ飼い主の危機なの。お願い起きて愛犬。
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