【書籍化&コミカライズ】異世界転生したら愛犬ベスのほうが強かったんだが ~職業街の人でも出来る宿屋経営と街の守り方~【WEB版】
第462話 花の国の王都フルフローラ 9 死の国フルフローラと花の国フルフローラ様
第462話 花の国の王都フルフローラ 9 死の国フルフローラと花の国フルフローラ様
「ベッスベッス!」
「……う……どうしたベス……」
何やら胸あたりが重く暖かい。
何かと思ったら、愛犬が泥のように寝ていた俺に乗っかり散歩アピール。
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日に負けそうになりながらも、部屋内にある時計を見ると朝五時過ぎ。
ちょ……散歩したい気持ちは分かるが早すぎねぇか、愛犬よ。
部屋内にはロゼリィ、ラビコ、アンリーナ、クロもいるのだが、皆ピクリとも動かずベッドで寝ている。さすがに疲れているだろうしなぁ。
バニー娘アプティはいつものごとく、いつの間にか俺の隣で横になっている。目は閉じているが……多分起きているんだろう。
「ふぁ……ねむ……」
ローベルト様のご配慮で泊まっていたお城三階の部屋を出て、階段のところにいた警備の騎士さんと、お城の出入り口にいた騎士さんに挨拶をしベスの散歩へ。
「あ、しまった……そういやここって花の国フルフローラの王都だった……散歩ってもどこ行こうか……」
よく考えずに条件反射で愛犬の散歩に出てきたが、王都フルフローラの地理がさっぱり分からない。
迷わず行けそうなところっていったら、昨日カフェをやったお城近くのロゼオフルールガーデンか。
「あ、しまった……よくよく考えたら女性陣も疲れ切って泥のように寝ていたのだから、もっと寝姿を観察しておくべきだった……」
なんたる失態。
ラビコなんか水着だし、クロなんて大股広げて寝ていた。
もう俺の目玉がつくギリギリの超至近距離で女性陣のあられもない寝姿を観察すべきだった。しかもロゼリィが持ってきてくれていたカメラがある。こちらの世界のカメラ性能の限界を試すべく、超接写接写で旅の思い出を撮り、俺の今後の異世界人生の糧にすべきだったのだ。
「あわよくば触って……」
いや、それはいかんな。
それは紳士ではない。
紳士とは、誰にも気が付かれずにそっと速やかに自己欲行動を完結すべきで、触ってしまうのはルール違反である。決して触らず、一定の距離、最大でもミリ単位の距離から眺め楽しむのが紳士であって、さて散歩に行こう。
お城の門のところで行こうか戻ろうか悩みながらウロウロしていたら、門番の騎士さんの不審者疑惑視線が突き刺さってきた。
「早朝の桜もいいもんだな」
お城から西に歩くこと十数分。
到着したロゼオフルールガーデンは軽く朝靄がかかっていて、ちょっと幻想的。仙人でも出てきそうな雰囲気だぜ。
夜のように桜は光ってなく、太陽の下ではよく日本で見たような桜並木。
「ベッス」
少しガーデンの中に入って昨日の臨時カフェの賑わいを思い出していたら、ベスが入口方向に小さく吠える。
見ると、朝靄でぼんやりした人影がガーデンの前の道を西に進んでいった。
ベスが吠えるってことは知り合いか?
ラビコ……はないな。アイツは起こさなきゃこんな早朝には目覚めないし。早起きなロゼリィとか? しかしガーデンを超えて、行ったことのない西に行くか?
待てよ、そういやロゼリィは王都に着いた時、公園の花壇から花壇へと夢中で渡り歩いていたな……。
ロゼオフルールガーデンの西側にも公園とかあるんだろうか。
迷われても困るし……追いかけるか。
「ちょっと坂になっているのか」
ロゼオフルールガーデンを出て西に向かう。
早朝の誰もいない広い道。
さすがにお城周りの街道、しっかり石が敷き詰められ、余裕で馬車がすれ違える道幅になっている。道に沿って置いてある花壇も手入れが行き届いていて、これはロゼリィならまるで点々と置かれたエサを追いかける犬がごとく誘導されそう。
十分間ほど坂道を登ったところで急に視界がひらけ、目の前にだだっ広い公園が現れた。
公園と言っても特に目立った物は無く、なんにもない広ーい空間。
「……いや、なんかあるな」
最初朝靄でよく見えなかったが、少し日が昇ってきて、等間隔で置かれた高さ一メートルぐらいの十字の石版がぼんやり見えてきた。
すごい数。
石版はこの広大な公園全てに整然と並べて置かれてあり、数百数千規模……もう数え切れないぐらい。
「ここって……お墓か?」
中に入り散策するが、十字の石版の前には花が飾ってある。枯れているものもあるが、今置かれたかのような生き生きとした花もある。
枯れていない花が置かれた石版をたどると前方に動く人影が見えてきて、その人は背負った大きなカゴから花を取り出し、丁寧に花を置いていく。
女性だがロゼリィではないな。
「やあ君か、ずいぶん早起きなんだな」
女性が俺と愛犬ベスに気が付いたらしく、手を振り笑顔を見せてきた。
「おはようございます、ローベルト様でしたか。てっきりロゼリィが花に釣られて迷い込んでしまったのかと……」
まぁそもそもロゼリィはお城の部屋で寝ていたしな。
「あはは、ロゼリィ嬢は花が好きみたいだからな。しかしここは花を楽しむ場所ではなく花を手向けるところだから、さすがにフラっとは入って来ないのではないかな」
ローベルト様が背負っていたカゴを降ろし、額の汗を拭う。
手向ける、やはりここは墓地か。
にしても数が半端ないな。
十字の石版を見ると、相当古い物から新し目な物まである。
「ここは共同墓地とかですか?」
「まぁ、そんなところだな。もう知っているとは思うが、この国は遥か昔『死者と墓で溢れた死の国フルフローラ』なんて呼ばれていてな。その語源の一つがここさ」
死の国フルフローラ。
それはラビコから聞いたな。
南にある火の山から蒸気モンスターが押し寄せ、相当の被害が出ていたとか。昔は今の花の国フルフローラとは真逆のイメージの呼ばれ方をしていたんだな。
「──数百年も昔の話だ。火の山に住むという蒸気モンスターの動きが活発だった頃、彼等はデゼルケーノを荒らしただけでは飽き足らず、北にあるフルフローラにも攻め入ってきた」
確かデゼルケーノの千年幻ヴェルファントムは、その名の通り千年前からいたとかだっけか。
火の種族が暴れまわっていたデゼルケーノも、相当の被害が出ていたみたいだし。
「当時のフルフローラも今と同じように財政難の状況で人口も少なく、蒸気モンスターに対抗できる戦力は限られていた。次々と攻撃系騎士達が倒れていき、逃げ出す国民も多く出てきた。しかし結束し立ち上がってくれた民もいて、そこからは残った防御系騎士と民が力を合わせ、攻めるのではなく、王都を守る戦いに徹した」
守る戦い。
王都中にあったあの巨大な石のオブジェ、テトラシルトがその名残りだろうか。
「守りの騎士と民間人、当然人並み外れた力を持つ蒸気モンスターに太刀打ちできるはずもなく、王都中に力尽きた騎士と民の死体が溢れ、それはもう……直視出来ないほど凄惨な状況だったそうだ」
最初に攻め入った攻撃系騎士がやられ、残った防御系騎士と民間人で……それは辛い戦いだろう……。
「魔法の国セレスティアのマリア=セレスティア様、龍の国ペルセフォスのラスティ=ペルセフォス様……現在大国と呼ばれる国には、歴史に名を残した英雄と称される人物がいた。だが残念ながら我がフルフローラに英雄はおらず、名も残っていない防御系騎士と民が力を合わせ、その生命をかけて王都を守ってくれたんだ。我が国の代表騎士が攻撃系騎士ではなく防御系の盾騎士なのは、そういうことさ」
お墓前にあるかなり古そうな石の板。
何事か文字が刻まれているが、よく見たら名前などの表記は無く『二十代男性、兜と左手甲』とだけ記されていた。
「だがある時を境に火の山からの侵攻は止まり、やっと……やっと長い蒸気モンスターとの激しい戦いから解き放たれ、一時的な平和が訪れた。当時、交戦中には簡易的な埋葬だった者達のお墓もこのように公的に作り、この国の平和を願い散っていった彼等の魂に少しでも安らかに眠ってもらおうと、今でも王族の者は国を守ってくれた名も無き英雄達に感謝を込め、定期的に花を手向けているんだ」
……なんというか、花の国フルフローラというメルヘンな感じとは正反対の過去だな……。
「死の国フルフローラから花の国フルフローラと呼ばれるようになったのはその辺りで、お墓に手向けるのに必要だった大量の花を、国を上げて生産していたからなんだ。そうしたら数年後、大きな戦いも終わり平和になったころ奇跡が起きてな。ほら、この墓地がある高台の下」
ローベルト様が墓地の端っこに行き、高台の下を指す。
見ると桜……ああ、そうか、この下がロゼオフルールガーデンになるのか。
「昨日カフェを開いてもらったロゼオフルールガーデンがあるだろう。あるとき、墓の下に位置するガーデンの桜が夜になると光りだしたんだ。どうしてただの桜が光るのか、いまだに理由も原因も分からないのだが、私には国を守ろうと志半ばに散っていった者達の想いが宿ったのではないかと思えるんだ」
想いが宿る、か。
いい話じゃないか。
「死の国と呼ばれているころに比べ、この国は平和になった。国民に笑顔も溢れるようにもなった。それを彼等が喜んでいるんじゃないか、と。あはは、私は変なことを言っているのかもしれないな……」
ローベルト様が頭をかき苦笑いをするが、俺もその考えに賛同だ。
正直俺はこの異世界の歴史のことはあまり知らない。
この花の国フルフローラが過去にどれだけ苦労したか、どれほどの犠牲の上に今があるのか俺には分からない。
それでも死の国なんて呼ばれていた時代を乗り越え、今では花の国フルフローラと平和的に呼ばれるまでになったのだから、彼等の願いは叶えられたのだと思う。
ロゼオフルールガーデンの光る桜。
いいじゃないか、世界に一つや二つ原因や理由が解明されていない不思議な現象があったって。
──だって彼等はずっと今のような、皆が笑顔で紅茶を飲めるような平和な毎日を夢見ていたのだから。
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