第432話 不思議な来訪者 4 主人公の消失様
「ふぁ~ねむぅ~……」
朝八時過ぎ。
水着にロングコートを羽織った女性、ラビコが大あくびをしながら宿の二階の客室から一階の食堂へと降りてくる。
「あ、おはようございますラビコ。モーニングはどうしますか?」
この宿の一人娘ロゼリィが宿泊客用の受付カウンターから立ち上がり、本日のメニューをラビコに見せる。
「ん~社長と同じでいいよ~」
「あ、それがまだ降りてきていないんです。いつもならとっくにご飯を食べ終わってくつろいでいる時間なのですが……」
ラビコがメニューも見ずに応えるが、ロゼリィが二階にある男性の部屋がある方を指しながら困り顔。
「あれ、社長まだ起きてないんだ~。まぁそりゃそうか~……最近夜中まで街中歩きまわってアプティ探しているからなぁ。疲れがたまっているのかね~っと、じゃあ夏野菜のオレンジソースがけセットね~」
注文のセットを受け取り、いつもの席へ座る。
「おぅラビ姉、今日はどの辺探すんだ?」
「おはようございますラビコ様。馬車の会社にもご協力いただきましたが、アプティさんの情報はありませんでした。あとは王都や他国も視野に入れないといけないかもしれません……」
先に座っていた猫耳フードをかぶった女性クロと、大きなキャスケット帽をかぶった商売人アンリーナがラビコに視線を送る。
「ん~それだけどさ、社長がしばらく待ってみるってさ。アプティにだって個人的な用事はあるだろうし、すぐに戻ってくるから何も言わなかった可能性もあるしね~」
「なるほど、確かにその可能性はありそうですわね。分かりました、今日は師匠のお疲れを癒やしてもらうよう務めましょう。ええ、では軽く一発目としてこの私が目覚めの接吻を……!」
ラビコの言葉に納得したアンリーナが何か良いことを思い付いたようで、鼻息荒く立ち上がり二階へ猛ダッシュ。
「お、さすがアンリーナ! いいなそれ、アタシも乗った! 婚約指輪を貰った女として当然の権利だよな!」
それにクロも続き、慌てたラビコとロゼリィも朝ごはんそっちのけで追いかけるはめに。
「待てお前ら~! そういうのはこの私がやるから指輪順位下位組は遠慮しろっての~!」
「さすがにお疲れのところはやめたほうが……あ、優しくすれば問題はないですよね。そしてラビコ、貰った順番で言うのなら、指輪順位一位のタイトルホルダーはこの私ですよ!」
女性四人が朝から大騒ぎで階段を駆けていく。
食堂に来ている常連の冒険者達は「始まったよ、いつものやつが」と、笑いながら宿ジゼリィ=アゼリィの日常を眺める。
「師匠、今行きますよ……妻としての義務を……! あ、鍵……ヌフフ……ええ、もちろん師匠の部屋の鍵は持っていますよ。なにせ工事を請け負ったのはこの私の会社なんですからっ!」
最初に部屋の前に辿り着いたアンリーナがポケットからハートのキーホルダーがいっぱいついた鍵を取り出し、興奮を抑えきれず乱暴に鍵穴にIN。
「うわぁ……キングの部屋の鍵って何個あんだよ。これじゃ全然個室じゃねぇよな、ニャッハハ」
アンリーナが取り出した鍵を見てクロが驚き、この部屋の主のプライバシーが皆無なことを哀れに思う。
「お待たせいたしました師匠! お疲れとのことですが、妻の刺激的なマッサージで元気に……」
「アンリーナは小さいのにパワーあんな! お? どした? キング全裸だったか?」
勢いよく部屋に入ったアンリーナの動きが止まったことに、クロが以前勝手に入ったら部屋の主が行為中(未遂)だったことを思い出す。
「ああ、キング朝から一人で……っと、いねぇな。あれ、っかしいな」
行為中なら余計に都合がいいとクロも部屋の中に入るがそこに部屋の主はおらず、呆けたアンリーナ一人しかいなかった。
「ん~どったの二人共……って社長いない……ね」
「え、いないんですか? それはおかしいですよ、夜寝てから下には降りてきていませんし……」
ラビコとロゼリィも到着し、部屋の中を見るが目的の男性はいなかった。
「窓が開いていてドアの鍵はかかったまんまで……ベスもいない、と。これは……」
部屋をざっと見渡し、ラビコが開けっ放しになっている部屋の窓を指し、部屋の主が大事に飼っている犬もいないことを疑問に思う。
そして昨日までの出来事を思い返し、男がこのあいだ早朝に不思議な女性に引き抜きされそうになった話、アプティがいなくなった時期を照らし合わせる。
「……やられた! その女……!」
ラビコがキャベツを杖に刺し、血相を変えて一階に降りていく。
「ラビコ、どういうことですか! ……彼に何が……」
「くそっ……! アプティがいないところを狙われたのか!」
宿入口から左右を見渡し空へ飛び立とうとするが、ラビコには全くアテがない。
彼女の最悪の予想はその女性は商売人ではなく、『蒸気モンスター』であること。
男は火の国デゼルケーノで王の眼の力とベスの神獣の力を使った。
それはとても大きな力で、おそらく近くにいた蒸気モンスターに見られ、目をつけられた。
いきなり襲うではなく、話をしに一回接触を図ってきたということは何か目的があるはず。
それは多分、男の王の眼を利用しようとしている。
しかし普段抜けているとはいえ、男が本気を出せばラビコ自身より遥かに力がある。さらにお供の犬ベスは男に忠実で、飼い主の危機には最大の力を出し抵抗するはず。
その女性蒸気モンスターが無理矢理男を連れ去ろうとしたのならば、大きな音も出るだろうし自分達も気がつくはず。
それなのに部屋には争った形跡すらなかった。
「無理矢理じゃなく連れ去られた可能性……まさか……あんの野郎、色香に惑わされた……?」
「おい、魔の女。わらわの王はどこか。朝から待っているのだが、出てこないのだ」
突如真横から声が聞こえ、ラビコは驚き反射的に杖を構える。
そこにいたのは異様に大きな鉄の鉤爪を両手につけた女性。
男から話で聞いただけなので初めて会うのだが、一見は普通の冒険者。
しかし十年近く蒸気モンスターと命を懸けた戦いの日々を送っていたラビコは、その動きや身のこなしが人ではないと直感する。しかも人型、さらに人の言葉を話すタイプ。
これは、上位蒸気モンスター……。
人型の上位蒸気モンスターは理由は分からないが、あまり人前には出てこない。
それがこうも堂々と出てきたということは、よほどの状況と思える。
男を取り返そうにも自分では勝てないレベル……考えれば考える程、悪い情報しか出てこない。
ラビコは蒸気モンスター相手には絶対に引きたくないし、引けない理由もある。だが今戦えば確実に負ける上に、男が大切に思っている宿ジゼリィ=アゼリィに甚大な被害が出る。さらに男が命懸けで守ってくれたこの街、ソルートン自体も……それは出来ない。
あいつを助け、あいつが帰ってくる場所をなにがなんでも守らなければならない……が、女性の後半のセリフにラビコは引っかかりを覚えた。
「王? 犬を連れた少年のことか? 待っているって、それはお前が連れ去ったんじゃないのか」
ラビコは冷や汗を流し、突破口を探る。
女性は、男が朝から待っているが出てこないと言った……いなくなったことに気が付いていない。
つまりこいつが連れ去ったわけじゃないのか?
「そうだ。人の王、そしてわらわの王。王と話し、数日待って欲しいと言われた。わらわは待っている、連れ去りなどしない。だが王に挨拶はしたいと思い、朝から待っていた」
ラビコに杖を向けられたまま、女性はピクリとも動かず言う。
追いかけてきたロゼリィ、クロ、アンリーナが目に入るが左手をかざし、「来るな」とラビコはサインを送る。
女性が嘘を言っているようにも見えず、どうも話が自分の想像とは違うようだ。
ラビコは感情を抑えつつ状況を語る。
「社長……その男なら朝までに誰かに連れ去られたよ。だから今から探しにいこうとしていたところだ」
ラビコの言葉を聞いた女性が少し思案するように動きが止まり、小さくつぶやく。
「いないのか。キツネめ、余計なことを。では島に直接押しかけるとするかのぅ」
キツネ、島……。
ラビコはそれを聞き、すぐに銀の妖狐の姿を思い返す。
あいつか……!
「銀の妖狐……! あいつ……!! うちの社長に少しでも触れようものなら、腕ごと吹き飛ばしてやる!」
「お待ちくださいラビコ様」
感情が抑えきれず、怒りのままに飛び立とうとするが、後ろから冷静な声がラビコを引き止める。
「お話の途中、失礼します。初めまして、私はアンリーナ=ハイドランジェ。何の戦う力もない、しがない商人でございます」
アンリーナが一人、ゆっくり歩き女性の前まで進む。
「情報の確認をお願いします。知り合いの男性がさらわれ、そして実行者はあなたではなく、銀の妖狐が仕組んだことである、ということでよろしいでしょうか」
大きな鉤爪をつけた女性に向かい、アンリーナはよく通る声で質問をする。
「…………おそらく、な。それを今から確認に行くところかのぅ」
鉤爪をつけた女性は突如話に割って入ってきたアンリーナという女性に少し驚くが、冷静でいて強い視線に負け問いに応える。
「ありがとうございます。お話から推測するに、あなたは男性が今どこにいるかご存知である。そして島と言いましたか。あなたが何者であるかという問題は置いておいて、海を行くのであれば私は大型の船を用意出来ます。あなたは目的の場所という情報を、そしてこちらはそこまで行ける船を用意する。どうでしょう、一時行動を共にするという交渉に応じてもらえないでしょうか」
アンリーナは冷静に、落ち着いたトーンで女性に交渉を持ちかける。
ラビコに来るなと止められた時点でこの女性がまともな人ではないとは分かっているが、その男を助けるためなら相手が誰であろうと自分の出来ることを全力でする。
男には命を救われ、この広い世界に自分は一人ではないんだと教えられた。仕事で辛かったらいつでも会いに来いと笑顔で言われ、あれがどれほど逃げ場のなかった心を救ってくれたことか。
「アンリーナ! そいつが何者か分かって言っているのか! そいつは……!」
「分かっていますラビコ様。ですが場所の情報も無しに、闇雲に師匠を探し回るわけにはいきません。一秒でも早くお救いしたい。この状況、私なら船という交渉材料を持っています。今だって怖い……必死に震えを抑え仮面をかぶり交渉に望んでいます。……そう、師匠を助ける為ならば、この命というカードすら切る覚悟が私にはあります」
ラビコが声を荒げアンリーナの肩をつかむが、アンリーナは真っ直ぐ、迷いのない視線を向けてくる。
「お願いします! あの人を助けたい……場所を教えて下さい!」
そこへロゼリィが駆け寄ってきて、その女性へ懇願する。
「キングを助けようとする方向性は一緒のはずだぜ。あンたが誰だろうと構わない。キングがいない世界なんて、アタシにはなんの魅力もない世界なンだ。ここで命張らずにいつ張るってんだ! なぁ、ラビ姉!」
クロがラビコの肩を叩く。
「…………くそっ、そんなことは分かってるよ! ああ、もう……! 悪い話じゃないだろう、この交渉。こちらは船を、そちらは情報を出し、お互い馴れ合わず目的地に向かう。行き先が同じで、立っている場所が近いだけと思えばいい」
ラビコが皆に説得され、女性に交渉に応じるように求める。
男が仲間と認めたアプティは受け入れるが、それ以外の蒸気モンスターなど倒すべき対象で憎むべき相手、一緒に行動などしたくもない。しかし男を助ける為、情報は欲しい。
だが場所が分かったとて、乗り込むのは銀の妖狐の本拠地。
そこには蒸気モンスターが多量に溢れ、この少人数で行ってそれを退けることが出来るわけがない。
戦いになれば、ものの数分でこちらは落ちる。
王都に支援要請を……いや時間が惜しい。
「…………よかろう」
ラビコが頭をフル回転させ思案していると、鉤爪の女性が静かに答えた。
「船があると言ったな。別に一人で走って行けるのだが、わらわは少々水が苦手でのぅ。海の上を長距離走るのは骨が折れる行程でな。こちらは場所の情報を、そちらには船を用意してもらおうかのぅ、ほっほ」
この蒸気モンスターの女性、もうこいつがなんとかしてくれることを願うしかない。
蒸気モンスターに頼るとかありえない発想だが、男を救う為なら何でもありだ、とラビコは覚悟を決める。
──夜。
「では我が自慢の船、グラナロトソナスⅡ号出港です。目指すは愛する師匠の元へ……いざ!」
アンリーナの号令と共に船が汽笛を鳴らし、ソルートン港を発つ。
目指すは銀の妖狐達の根城、海に浮かぶ動く島──
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