第433話 キツネ達のエデン 1 ソルートンではないいつもの朝様
「……おはようござます、マスター」
「……ん……おはよう」
ふぁ、もう朝か。
いつものごとく、バニーガールのような姿をしたアプティに起こされる。
アプティが部屋の窓を開け、軽く掃除を始めたのを見ながらベッドから起き上がる。
あくびをしながら周囲を見渡すが、紛うことなくソルートンの俺の部屋。
忘れがちだが、アプティは人間ではない。
この異世界では人間の敵対勢力にあたる蒸気モンスターという種族。
よく考えたらいつの間にやら俺の側にいて、ずっと俺の身の回りの世話をやってくれているなぁ。
もはや俺の嫁なんじゃないかと思えるレベル。
美人さんでスタイルも最高だし、ぼーっと見ていたい。
「ベッス! ベッス!」
足元に元気よく絡んできた愛犬ベスの頭を撫で、アプティのバニー姿の揺れるお胸様やお尻様を引き続き熱心に眺める。
ベッドには俺の部屋完成記念に女性陣からもらったクッションがあり、とてもカラフル。
それぞれのテーマカラーで買ってくれたそうで、たまに夜一人で頑張るときに左右に並べ想像でアレコレしたりする。おっと、これは女性陣には秘密な。
紫がラビコ、白がロゼリィ、黒がアプティ、紅がアンリーナに水色が……誰だっけ。
「あれ、五個もあったっけ?」
クッションを数えると、五個ベッドに置いてある。
ああ、クロか……と思ったが、クロはそのときいないし貰っていない。
「……まぁいいや」
俺はベッドの正面の壁に飾ってあるエロ本様に手を合わせ、今日も良い日でありますように、と祈る。
「つかアプティどこ行っていたんだ。いなくなってみんな心配していたんだぞ」
「……申し訳ありません。緊急の用事がありましたので……」
掃除を終えたアプティがヘアブラシを持ち、俺の寝癖のついた髪をとかしてくる。
「そっか、まぁいいけどさ。今度から長い時間いなくなるときは俺に言ってからにしてくれよな」
アプティが無事帰ってきてくれたのならそれでいい。
宿のみんなや探すのを手伝ってくれた人に、早くアプティがこうして無事な姿を見せてあげないとな。
「さ、アプティ。みんなに挨拶に行くぞ」
心配かけたのは事実だ。
迷惑もかけただろうし、挨拶まわりをしないとならん。
「……はい。これからマスターのお世話をする新人も多くいます……マスターの好みと合うとよろしいのですが」
ん? 新人? 宿に新人さんが増えたのか? 俺は聞いていないが、まぁそのへんはオーナーであるローエンさんが動いたのかな。
「寝起きで喉乾いたな。挨拶の前にモーニングでも頂いていくか」
現在朝の八時前。挨拶に行くにしても早すぎる。
まずはイケボ兄さん特製のモーニングセットでも食べていこう。
「……はい、マスター。いつもの紅茶も仕入れてあります」
いつもの紅茶を仕入れ? なんかさっきからアプティの話がおかしいが……まぁいいか。
ご飯ご飯っと。
俺は朝ご飯をホットケーキ系の甘い系でいくか、焼き魚定食系か、いやシンプルにパンにスープ……と頭に自分の食べたい物を浮かべ、味を想像しちょっと笑顔で部屋のドアを開け放つ。
「おはようございます、ご主人様」
ドアを開け、二階から一階に降りる階段に行こうとしたが、部屋の前にずらっと短い浴衣みたいな服を着た女性が並び頭を下げてきた。
な、なんだ? ローエンさんがジゼリィさんを命懸けで説得して、ついに自分の欲を満たす制服でも実装したのか? そのお披露目とか?
人数は左右に十人ずつ、合計二十人。全員初めて見る人ばかり。
おいおいローエンさんよ……それにしても一気に追加しすぎだろ。
全員長い脚がすらっと見える短い浴衣姿。結構エロいなぁ……よくジゼリィさんを説得出来たものだ。
しかも全員頭にキツネ耳みたいな飾りとお尻にキツネの尻尾の装飾付き。
……色々属性乗っけたなぁ。
いや、いいと思いますよ。俺とローエンさんって結構好み合うかも。
「お、おはよう……し、新人さんかな。これからよろしく……」
状況の飲み込みにちょっと時間がかかり、歯切れ悪い挨拶になってしまった。
しかし何か違和感。
廊下を踏む感触が違う。天井の感じも違う。壁の色も違う。いや、建物自体がいつもと違う。
ってそんなわけないか、俺、寝ぼけてんのか?
「どうにも頭がぼんやりしているようだな、俺。やはり朝ご飯をしっかり食べないとダメだな、うん」
自分の頭をコンコン叩き、苦笑いしながら新人さんの間を通って行く。
がっしりした石造りの階段を降り、一階の食堂へ。
「宿の階段って石だったっけ。木製だったような」
雰囲気としてはペルセフォスのお城みたいな堅牢な造り。それでいて艶やかな花模様の彫刻が施されていたり、見た目の美しさも兼ね備えている。
「……こちらのほうが長持ちしますし、管理も楽かと」
後ろを無表情に歩くアプティが答えてくれたが、まぁその通りか。
あ、いや、質問の意味は素材の違いの耐久年数差じゃなくて……その、ああそうか、ローエンさんが頑張って一晩で宿の階段変えたのか。
なんかおかしいが、細かい違いは気のせいだ。うん、そうに違いない。
まずはご飯、話はそれからだ。
宿一階の冒険者や常連さんで賑わう食堂へ……って誰もお客さんいないな。
まぁいい、そういう日もあるだろう。
食堂は以前リニューアルを行い中央に調理スペースを設け、料理人が手際よく作る工程も楽しんでもらおうと商売人アンリーナに頼んで作ってもらったんだ。
「あーなんか頭がおかしくて……兄さーん、一発で目の覚めるご飯下さーい」
「あい、らっしゃい! あったかいスープがいいかい? 焼き魚? 甘いパンケーキもあるよ!」
朝のこの時間は大体イケボ兄さんが担当しているのだが、そこにいたのは元気なキツネ耳をつけた女性。
なぜか白いナース服を着ていて、ニコニコと笑顔で俺を見てくる。
あれ……兄さんイメチェンした? すっげぇかわいい女性になってんじゃん。
一晩で性別ごと変えるとか、異世界越えてきた俺にも出来ない偉業だぞ。
「ス、スープで……」
「あいよっ、野菜ゴロゴロスープお待ち! 焼き立てパンもどうぞっ」
イケボ兄さんではないのは分かったが、新人さん……なのかな。
とりあえず席について、深呼吸。
うん、美味そうなスープだぞ。香りも嗅ぎ慣れたいつもの感じ。
「美味い。さすが兄さんのスープだ」
スプーンですくい、口の中へ。うん、ダシがきいていて、煮込まれた野菜もそれぞれの食感が楽しめて美味しい。
「……紅茶、美味しいです」
正面に座ったバニー娘アプティが美味しそうにいつもの紅茶ポットを楽しんでいる。俺の足元では愛犬ベスが美味そうにリンゴにかじりついている。
そろそろロゼリィやアンリーナにクロ、眠そうなラビコが隣に座ってくるんじゃないだろうか。
「隣、いいかい?」
突如耳に吐息を吹きかけられ、と同時に甘い男喋りが耳に入ってきて俺の背筋を震わせる。
驚き振り返るとそこには長く美しい銀髪からいい香りを漂わせ、大きなキツネ耳にキツネの尻尾、おとぎ話に出てくる豪華な着物みたいな服を着た端正な顔立ちのイケメンが立っていた。
「ふふ、久しぶりだね。ああ、君の情報は随時入ってきているから、会うのは久しぶりだね、が正解かな」
「て、てめぇは……銀の妖狐……」
柔らかな笑顔で俺を見てきたのは、過去にソルートンを襲い、街にかなりの被害を出した張本人、銀の妖狐。
こいつがジゼリィ=アゼリィにいるってどういうことだ。ベスもリンゴに夢中になっていないでこいつにかじりつけ。
まずいぞ、どうにかこいつを追い出さないとジゼリィ=アゼリィがやばい……と周囲を見渡すが、見慣れない壁、座り慣れない椅子、客が一人もいない天井の高い広い空間。
どう見てもここはジゼリィ=アゼリィの食堂ではなかった。
よく間取りは似ているが、置かれている装飾品や内装が全く違う。
ここ、どこ……。
「ようこそ、我が島グラントルトへ。歓迎するよ。ほら、そう固くならずに二人の時間を楽しもうよ」
銀の妖狐が俺の横にピッタリ体をつけて座り、頬を指で突いてくる。
あああああああああ……悪寒と震えと吐き気が止まらない。
そしてこいつ我が島って言ったか。
それってソルートンが襲われたときに見えた蒸気に包まれた島……ようするにこいつの根城ってこと?
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