第430話 不思議な来訪者 2 アプティの消失様




「引き抜きかぁ。そういう話が来るぐらいジゼリィ=アゼリィが大きくなったってことなのかなぁ」



 夕方、ディナーの海鮮鍋をみんなで囲む。



「大きいどころか、今世界が注目しているお店がこのジゼリィ=アゼリィなんですよ、師匠。あ、葉物野菜の追加お願いしますね」


 アンリーナがもりもり野菜を食い、側にいた正社員五人娘のアランスに野菜の追加を注文。



「せ、世界ですか……なんだか信じられないお話です。港街の小さな酒場だったのが、いつの間にやら王都に支店を出し、今や世界に名が通っているとは……」


 左隣りの宿の娘ロゼリィが冷やした紅茶をみんなに振る舞いながら言う。


「おぅ悪いなロゼリィ。くあーっ魚のつみれがうめぇな! さらに白身魚に大根、最後にご飯を投入して、と……おほーこりゃたまんねぇ!」


 正面に座っている猫耳フードをかぶったクロが、もうお椀にご飯を入れている。


 はぇえって、シメは最後だろ。いや、我慢出来ない気持ちは分かるが。


「世界ね~……あ、社長~次はどこ行くの~? ラビコさんのお勧めは水の国かなぁ~ほら、こんだけ暑いとさ~涼し気なとこ行きたくなるでしょ~? 湖の真ん中に浮かぶ街とか最高じゃない~?」


 ラビコがこちらも最後にやろうと思っていた茹でた麺を投入。ずるずる美味そうにすすっている。


 まぁ食べ方、楽しみ方は自由なんだがね。


「次って言われてもなぁ、何も考えていないぞ。そういや以前、水に囲まれた街の旅行パンフ見たな。あれが水の国なのか?」


 確かラビコに土下座してお金借りて初めて王都に行ったとき、途中の街の駅でそういうのを見た記憶がある。


「そうそうそれさ~。でっかい湖の真ん中にある島が王都になっていて~毎年イベントの時期に花火があがるんだけど、それが夜空と湖面の両方に写って最高の物が見れるのさ~。上からと下から両方から花火が来る花火サンドだね~あっはは~」


 夜空と湖面に広がる花火か。それは見てみたいな。


「あれは最高の景色ですわねぇ……ぜひ師匠と二人で抱き合いながら堪能したいものです。……それ本当にいいですわね……ふんふん、アイランド計画のイベント案に追加しておきましょう」


 ラビコの話を聞いたアンリーナが突如商売人の顔に。


 アイランド計画とはなんぞ。




「つかアプティ来ないな。さすがに呼んでくるか」


 いつもだったらいつのまにやら俺の背後にいて、ご飯のときは俺の正面に座り無表情で紅茶ポットを抱えているバニー娘アプティがまだ部屋から降りてこない。


 愛犬ベスなら俺の足元で美味そうに飯を食っているぞ。



「アプティー、飯だぞー」


 宿二階に作った我が自室に戻るが、部屋には誰もいない。


 エロ本は、ある。


「っかしいな。どこか行っているのかな」


 アプティ用に借りている部屋にも行くが、反応はない。


 俺が呼んだらすぐに側に来てくれるんだが、本当にどこかに出掛けたっぽい。





「へ~珍しいね~。でもアプティだって何かしら用事はあるでしょ~うい~っく、あっはは~」


 一階に戻り皆に報告するが、ラビコが酒瓶抱えて右腕に絡んでくる。こいつ、もう飲んでんのかよ。


 まぁアプティにだって用事はあるか。


「朝はいましたよね。そう言われればそれ以降見ていないような」


 ロゼリィが首をかしげ言うが、確かに朝以降見ていない気がする。


「アプティって結構神出鬼没だからなぁ、姿隠しも使うし、気配消すのも当たり前にやってるしよぉ。そういやアプティって何者なンだ、キング。あれ絶対高レベル冒険者だろ?」


 クロが聞いてくるが……そういやアプティの正体って俺とラビコしか知らないんだよな。


「あのお方、恐ろしいまでの盗賊スキルもお持ちですわよね。ローズ=ハイドランジェが独自に開発した最新式の船のドアの鍵も一瞬で突破してきますし……ぎぎぎ。あれさえなければ師匠と毎晩のように愛し合えるというのに……ぎぎぎぎぎぎ」


 アンリーナが悔しそうに歯ぎしり。


 確かに自社開発の最新式の鍵がいとも簡単に突破されたらキツイよな。


 すごい憎しみが込められた歯ぎしりだが……どんだけ悔しいんだ。あと前半の鍵のときより、後半の愛し合うだのあたりの歯ぎしりが一番力がこもっていないか。







 夜、まだアプティは俺の前に現れない。



「うーむ、これはチャンスと見るかどうなのか……」


 寝る前にソロカーニバルでも存分に楽しむか……!


 俺は慣れた手順で着ている服を脱ぎ去る。


 今日は派手に下半身どころか上半身まで脱いで、まさに全裸で、全てのしがらみから解き放たれた魂のごとく、それは大空を自由に飛び回る鳥のごとく……! 



「…………うーん」



 おかしいな、あまり気分が乗ってこない。


 誰に見られる心配もなく、存分に楽しめるはずなんだが……来ないな、気分が。


「…………はっ!」


 もしかして俺、アプティに見られていること含め楽しんでいたんじゃ。


「…………ああ……俺、変態だったんだ……」


 衝撃の事実……俺、いつの間にか女性に見られて興奮する変態さんの仲間入りをしていたようだ……。


 なんてことだ。


「ベッス、ベッス!」


 俺の落ち込みとは逆に、我が愛犬が俺が脱ぎ去ったジャージに絡みついて大興奮。ベスにはいつも見られているからいいんだが……。



「…………アプティどこに行って……はっ」


 いや、違う。


 今の俺は大事な仲間であるアプティがいないことに気分が落ち着かず、それどころではないんだ。


 よかった、俺はノーマルで正常だった。







 翌朝。


「……ふぁ……アプティ窓開けてく……」


「ベッス! ベッス!」


 朝六時、眠い目をこすり起き上がる。


 いつものクセでアプティを呼ぶが、応えてくれたのは愛犬のみ。


「…………」


 ぼーっとベスを撫でながら待ってみるが、アプティは来ない。





 ベスを連れ宿の入り口に行ってみる。


 足湯の掃除はもう終わっている様子。まだ利用客はなく、宿前の道も早朝なせいか誰も歩いていない。



「いないな、アプティ……」



「……わらわの元に来ないか」



 誰もいないと思いぼそっと呟いたら、真横にいきなり人影が現れた。


「うわっ……!」


「そなたはこんな小さな場所にいるべきではないと思うがのぅ」


 驚き見るが、そこには昨日の女性が立っていた。


 じーっと俺の目を真っ直ぐに見て、直立不動のまま動かない。


 両手に付けている異様に大きい鉄の鉤爪、着ている鎧、それには相当に使い込まれているような細かな傷が無数にある。


 本当にライバル他店の商売人さんなんだろうか。


 身のこなしとか装備とか、ベテラン冒険者っぽいんだが。



「大きさの問題ではないよ。俺はこのジゼリィ=アゼリィが好きなんだ」


「……この世界のことを想うのなら、わらわの元へ来るべきかのぅ。手遅れになる前に決断するとよい。周りをよく見て、そなたの立っている世界とこれから起こりうる未来を考えてみるとよい。今でも少しは見えるのであろう?」


 女性はごつい鉤爪で俺を指し、そして次に俺の後ろの宿を指す。


 この世界? 手遅れ? 少しは見える……? 


「……また来る」


「ちょ……! 待って……」


 どういうことか聞こうとしたが、女性の姿は俺の目の前から一瞬で消えさった。



「……」


 多分、彼女は商売人ではない。


 普段から戦い慣れている人種。


 雰囲気は王都の隠密、リーガルに近いだろうか。






 その後、夜まで街を歩き回り探すが、アプティの姿はどこにもなかった。











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