第429話 不思議な来訪者 1 俺の家族計画とアンリーナの妄想パワー様




「せいっ! とぉっ! どうだキング、かっけぇか!?」


「あ、ああ。キレがあるな」




 猫耳フードをかぶったクロが、最高に楽しそうな顔で決めポーズを連発。


 その左手薬指にはさっき俺が買ってあげたシルバーの指輪が輝いている。


 結局クロにも感謝の指輪を贈った。





「も~! 社長ってば甘やかしすぎ~! なんでこうも簡単に指輪を贈るかな~……」


 宿一階にある食堂。


 いつもの席で紅茶をいただきながらはしゃぐクロを眺めるが、右隣に座っている水着魔女ラビコが超不満顔。


「まぁ、クロがいなければ俺達はここに帰ってこれなかっただろうから、こうして感謝の指輪を贈るのも理解できるだろ? 実際クロは俺とラビコの命の恩人なんだし」


「それはそうだけど~……いやそうじゃなくて、なんで指輪なのって言ってんのに~……」


 俺の説得にラビコは全く納得していない様子。


 指輪なのはクロがそれがいいって言ったからなだけだぞ。


 しかし指輪を女性に贈って、その指輪を見せつける決めポーズ連発させながら「かっけぇか?」って笑顔で聞かれたのは生まれて初めてだ。


 普通「に、似合うかな?(上目遣い)」じゃねーの。


 クロらしくていいけどさ。



 そしてなんでみんなこぞって指輪を左手薬指につけるのか。


 いや、指輪を受け取った女性がどこにつけようがその人の自由なんだけどさ。







 翌朝六時、俺は早起きして宿入り口横にある足湯の掃除を始める。



 足湯の注意書き看板にも書いてあるのだが、毎朝この時間は三十分ほど掃除の時間とさせてもらっている。それ以外は二十四時間いつでも好きな時間にご利用出来るぞ。



「しばらく宿を離れていたし、少しは従業員のみんなの役に……ってブラシ忘れたぜ。お湯張ってないんだから、俺がいないあいだに飛び込むなよ、ベス」


 宿の倉庫に一度戻らんと。


 掃除のために足湯のお湯は抜いてあるが、さっきから愛犬ベスが早く! 早く! と俺の尻を小突いてくる。


 うちの犬、温泉好きすぎだろ。




「よし、ブラシ確保」


 倉庫に戻りブラシを掴むが、なんとなくお湯の張っていない足湯の底にベスが丸くなってしょんぼりしている未来が見えるので早く戻ろう。



「……ッス、ベッス」


 朝六時過ぎで人のいない宿の通路をブラシ片手に歩いていると、外から愛犬の声が聞こえてきた。


 なんだろう、誰か従業員さんが手伝いに来てくれたのかな。


 今日は俺がやるってシフト表に書いておいたはずだが。



「どうしたベス。誰か来て……」


「……そうか、分かった。ではそなたの主に聞こうかのぅ」



 女性が愛犬ベスの前にしゃがみ込みボソボソと喋っていたが、ベスが俺に気が付き視線を送ってくる。


 するとその女性がすっと顔を俺に向け、眠そうな目でじーっと見てくるが……誰だろうか。



 冒険者なのか鎧をまとい、両手には異様にでかい鉄の鉤爪をつけている。まるで某格闘ゲームのキャラクターのようだ。


 鎧のせいで胸の大きさは分からないが、腰が細かったりスタイルは素晴らしい感じ。


 ……初対面でどこ見ているんだ、俺。



「お客さんでしょうか。足湯は見ての通り掃除中でして、もう少しお待ち下さい。宿の食堂でしたらもうすぐ開くかと」


 俺が足湯と食堂を指し言うが、女性は俺から一切視線を外さずゆっくり立ち上がる。



「わらわの元へ来ないか」



 まっすぐ俺の目を見て女性が言う。


「今より良い生活を保証するし、そなたの望むものも与えよう」


 ん? なんだ?


「その力、わらわの元に欲しい」


 女性が俺の返事も待たず、ぐいぐい言葉を投げかけてくる。


 わらわの元? 今よりいい生活を保証? さてなんだろう。


 うーん、他店からの引き抜きとか? いや、俺そこまで有名じゃないだろ。


 ここのお店の名前はジゼリィ=アゼリィで、オーナーはローエンさん。世間に名前が売れているのはこのアゼリィ夫妻になる。


 他にいつもお店にいて名前が売れているとしたら、神の料理人であるイケボ兄さんだろう。たまに他店っぽい人から誘われていたが、兄さんは全てキッパリ断っている。


 兄さんは昔、ジゼリィさんローエンさんに助けられた恩があるとかで、ここ以外で料理をする気はないんだと。


 昔に何があったのかなぁ、兄さんとアゼリィ夫妻。


 そのへんの昔話はいつか聞いてみたい。



 俺はプロデューサー的な立ち位置だろうが、基本俺の名前は出さないから有名ではないはず。でもソルートンにずっと住んでいたら俺のことは知っているかもしれないか。



「なんのことか分かりませんが、俺の家はここだし他のとこに行くつもりはないですよ」


 俺が首を振り言うと、女性は眠そうな目でじーっと俺を見た後ゆっくり口を開く。


「……そうか、また来る」


 そう言うと女性の姿はそこからいなくなっていた。


 え、目の前にいたのに消え……ちょ……おばけか何かなのか!?


 ベスが首をかしげているが、警戒はそれほどしていない様子。なら大丈夫か? 




「まぁいいや、掃除掃除っと」


 軽く掃除を済ませ宿に入ろうとしたら、入り口から無表情な視線が。


「……何か……されましたか? マスター」


 宿入り口に静かに立っていたのは、いつものバニー衣装を着たアプティ。


「何か? いや何もされていないぞ。それよりアプティ、喉乾いたからモーニング紅茶にしようぜ」


「……そうですか……紅茶……はい、今すぐに」


 紅茶と聞こえた途端、アプティがピクンと顔を上げ小さくぴょんと跳ねる。ほんと、アプティって紅茶好きだよなぁ。







「それは同業者の引き抜きですね、間違いないです」


 朝七時過ぎ、みんなが起きてきたのでさっきのことを話してみた。


「はっきり言いまして、ここのお店は世界的に見ても異常な売上を叩き出しています。同業者の耳には必ず入っていますし、興味を持った他店さんはこのお店の様子を見に来るでしょうし、実際もう相当数視察に来ています」


 一番に反応したのが、しばらくここに泊まっている商売人アンリーナ。


「引き抜きかぁ。でも俺の名前ってあんまり出していないはずだけど。それに見た目商売人ってか冒険者っぽかったが」


「甘いですね師匠。大きな企業になると、専門でライバル企業の調査をする優秀な人材がいるものです。何日も、時には数ヶ月そのお店に通い正確な情報を集めるのです。見た目も、ときには街の人を装って、さらに冒険者、騎士、学生、カップルなど変幻自在です」


 そうか、変装か。


 変装でカップル……か。それは仕事でデート出来るとかいう素敵な仕事じゃないだろうか。そういや「はい、あーん」「うん、おいしー!」みたいなド定番カップルを何組かお店で見たな。


 あれでお給料貰えるとか最高じゃないか。


「師匠達がソルートンにいないあいだ私は仕事で世界を巡っていたのですが、各地でソルートンとペルセフォス王都のジゼリィ=アゼリィという名前を聞きました。気になって調べましたが、同業ライバル企業がかなり動いているようです。おそらくそのうちの一社がついにジゼリィ=アゼリィの大躍進のきっかけである人物が師匠と気付き、行動を起こしたのかと」


 アンリーナはいつも仕事で世界を見ているからなぁ。その彼女がつかんだワールドクラスの情報に嘘はないだろう。しかも実際に調べたらしいし。



「だ、だめです! 行かないでください……あなたがいたからこそこのお店はここまでやってこれましたし、あなたがいたからこそ私は……私は……う、ううう」


 俺の左隣りで神妙な顔で座っていたこの宿の一人娘ロゼリィが急に立ち上がり、ポロポロと泣き出してしまった。


「心配すんなってロゼリィ、ちゃんと断ったよ。俺のホームはこのソルートンだし、帰ってくる家はこの宿にある。それにみんなを置いて俺がどこかに行くとかありえねぇ。みんなは俺の大事なパーティーメンバーだし、もっと言えば俺が守るべき家族だと勝手に思っている。俺はどこにも行きゃしないよ、ロゼリィ」


 俺も立ち上がり、泣き出してしまったロゼリィの頭を優しく撫でる。


 今言ったのは本音だぞ。


 突然異世界に来てしまい、途方に暮れていた俺を救ってくれたのは、間違いなくロゼリィ、君なんだ。


 この恩は俺の一生をかけてでも返さなければならん。


「大丈夫だってロゼリィ~。この少年にそんなことする勇気はないよ~あっはは~」


 右隣にいた水着魔女ラビコがゲラゲラ笑う。


 わ、笑うことはないだろ。勇気がないとかそういうことじゃないって。


「社長は絶対に出ていかない。だってこの少年はお金に執着していないもん。今よりいい生活? 望むものを与える? このジゼリィ=アゼリィにいるよりいい生活ってなんだろう~? 社長が唯一、暴走して欲を出して望むとすれば女を抱きたがるぐらいかな~。でも周りを見てご覧よ~この愛の指輪をつけた女性陣が五人もいるだろ~? そこは私達が応えるべきで、私は社長にならいつでもこの体を差し出すよ。私は社長のことが好きだし、心から信頼しているんだ~。社長も私達のことを家族だって表現してくれた。……私は社長のこの言葉を一生信じていられる」


 ラビコがじっと俺の目を見て優しく微笑む。


 うわ、ラビコのその笑顔はやばい……童貞の経験値不足少年には顔を赤くすることしか出来ない。



 ラビコも言ったが、ここジゼリィ=アゼリィにいるより良い生活ってなかなか無いだろ。確かに異世界に来たばかりのころは生きていく為のお金が欲しくて動いたが、今は宿からのお給料もあるし、ハイラが頑張ってくれたおかげのレース資金もまだある。


 これ以上のお金を求める生活は俺には必要ないだろ。


 俺はここ、ジゼリィ=アゼリィで一生を生きていく。


 部屋を作るとき、そう決めたんだ。



「へぇ、家族かぁ。いいぜ、その計画乗った。アタシもキングになら何されても受け入れるしよ。いや、こっちからガンガン攻めて行くってのもありだよなぁ、ニャッハハ」


「……マスター、ここは紅茶が美味しいので、マスターと紅茶がいるここがいいです」


 クロとアプティが指輪を見せつけてくるが、相変わらずアプティさんは紅茶ですかい。



「私は師匠にローズ=ハイドランジェに来てもらう計画をまだ諦めてはいませんが……師匠の意志は固そうですね。分かりました、それではここは私も折れましょう。ローズ=ハイドランジェ本社をいずれこのソルートンに移すことにします。ええ、そうすれば師匠はソルートンにいながら毎日私と愛を確かめ合う日々が……! 大きなベッドの上で二人は生まれたままの姿で……! そしてあれが……! ついに……とどめには……! ヌッファァァ!」



 結構いい話で締められるかと思ったのだが、アンリーナの妄想がそれを上書きしてしまった。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る