第417話 アプティとデートできゅーんきゅーん様
「アプティはどこか行きたい場所があるのかな?」
「……いえ、マスターと一緒ならそれで……」
「えーと、そのバニー姿は王都じゃ目立つから新しい服でも買おうか」
「……マスターの熱い視線の妨げとなるものはいりません……」
翌日、朝九時。
カフェジゼリィ=アゼリィからお出かけスタート。今日も愛犬ベスを連れて行くぞ。いや、今日こそ連れてこないと不安。
三番目の権利を得たのはバニー娘ことアプティさん。
いつものごとく無表情のバニー姿でご登場。水着がごとく際どいカットのバニー服に飾りバニー耳、そしてお尻にはキツネみたいなフッサフサの尻尾を付けている。
こっちの世界にもバニー文化があって嬉しい限りだが、一応デートでその恰好はどうなの……。いや嬉しいよ、すっげぇ胸の谷間見えるし太もも綺麗だし。
でもこれってデート用の服じゃなくて、イベントとかでエロくて目立つ恰好として作られた物のような。
適当に王都の街を歩いてみるが、まぁ男性の視線がすごい。
ラビコだって水着なのだが、あいつはペルセフォス王と同権力を持つ大魔法使いなので、見られはするが尊敬や敬意を含む視線が混じる。
が、アプティは別。
スタイルのいいお美人様がエロい恰好をしているぞ、とストレートに欲丸出しで見られる。
ああ、アプティにも言われたが、俺もこぼれるお胸様を普段からじーーっと見ている。気付かれようが構わず、な。怒られたらやめるが、今のところ怒られたことはない。
第三者であるラビコやロゼリィに怒られることはあるが、それは無視でいいだろう。
なんにせよ、他の男共にアプティをエロい目で見られるのは我慢ならん。
付き合っているわけでもない男が何を独占欲出してんだって話だが、一応今は俺とデート中。ならば多少アプティを守ろうと行動したっていいだろう。
「……大丈夫です、マスター。私にはマスターしか見えていませんので、他の視線は気になりません……」
俺が通行人の視線から守るように歩いていたら、アプティが無表情に俺を見てくる。さすがに周りの視線に気が付いていたか。
「……でもマスターから守られていると思うと、心の奥が不思議な感覚になります……嬉しい? ムズムズ? きゅーん?」
最後首をかしげながら言うが、最近アプティは変な言葉を使うようになったな。
こないだもなにかの物語の影響受けたような言葉使っていたし。確か無双ウエポンとか単語言っていたが、なんかのファンタジー物を読んだのだろうか。
今回のきゅーんとかはロゼリィが持っていそうな恋愛物っぽいな。どうも借りて読んだっぽい雰囲気。
「……マスターに敵意の視線を向ける男……許せません。蹴ってきます、か?」
アプティがグルンと後ろを向き、数人の若い男集団を無表情に見つめる。
敵意じゃなくて嫉妬っぽいぞ。
こんな美人さん連れてりゃよくあることだし、羨ましいって向こうの気持ちもよく分かる。
「だめだ。ほら行くぞアプティ、紅茶屋さん巡り行こうぜ」
「……私の蹴りならば一瞬で二桁人数の人間を……紅茶……行きます、行きましょうマスター」
足に付けているごつい武具をトントンと叩き出したので、慌ててアプティの手を掴み引っ張る。さすがに紅茶と聞こえたらすっとアプティの体から力が抜け、むしろ俺を引っ張るように歩きだした。
王都ペルセフォス。
広大な国土を有し、気候も温暖。人気リゾート地であるカエルラスター島などが有名だが、やはり王都が人気ナンバーワンで移住者が多いとか。
俺もこの異世界に来てお酒の国ケルシィ、魔法の国セレスティア、花の国フルフローラ、火の国デゼルケーノと見てきたが、このペルセフォスが一番暮らしやすくて好きかな。見比べれば人が集まる理由は分かる。
次点は花の国フルフローラかな。
あそこは花が綺麗でお茶の産地ってのがポイント高い。マイナスポイントはジゼリィ=アゼリィがないってこと。やはり美味しいご飯は生きていくうえで最重要だ。
「人が多いなぁ、さすが王都ペルセフォス。お店もいっぱいあるし環境もいいし、ここに住みたいって集まる人の気持ちは分かるなぁ」
俺が肌にじりじりと来る眩しい太陽の光に目を細めながら言うと、アプティがボソっと呟く。
「……ここはお勧めいたしません……ここだけはやめるべきです、マスター」
あれ、さっきまで紅茶屋さん巡りと聞いて無表情ながらウッキウキしていたのに、アプティがちょっと真面目な無表情だぞ。
「あれ、アプティはペルセフォス苦手か。人が多すぎかな? でも比較して申し訳ないが、デゼルケーノよりは暮らしやすそうだけど」
デゼルケーノはいいところではあったのだが、街中に白炎とかいう魔法の火柱が吹き上がっていたり砂漠地帯で極度に乾燥していたり、かなり過酷な環境だったしなぁ。
「……ここは……この世界を壊そうとした者の眠る地……お勧め出来ません……」
はて、どういう意味だろうか。
アプティはたまに変な表現をするから、英語を直訳レベルの変換ミスワードなのかな。
忘れがちだがアプティは人間ではない。
蒸気モンスターという、この異世界に住む人間と長い戦いの歴史を刻んできた種族。その蒸気モンスターに関わるお話なんだろうか。
「ここかな、あったぞアプティ。紅茶専門店だ」
とりあえずさっきの話は深く考えず、今はデートだからそっちを満喫しよう。
自慢だが、無表情ではあるがこんな美人さんと……というか、この異世界で蒸気モンスターの女性とデート出来る人間なんて俺ぐらいだろ。
歩いていたらみつけた本屋で「究極厳選ペルセフォス王都ガイド」なる本を購入。俺もアプティもペルセフォスの地の利がないんでな、本に頼らざるを得ない。
王都在住の騎士ハイラがいりゃあ楽なんだが、いたらいたでトラブル起きて大変そう……。
本は余計なこと言わないし、暴走もしない。
うん、ガイド本一択。
「……保存方法が最悪です。茶葉にはそれぞれに適切な温度湿度があり、それらを考えず全部一緒に管理では美味しい紅茶は出来……」
「お、美味しかったです! ありがとうございました!」
お店に入ると女性の店員さんが笑顔で新入荷だという紅茶を試飲させてくれたのだが、それを飲んだアプティが無表情に静かな怒りモード。
俺は慌てて頭を下げ、アプティの手を掴みお店を出る。
忘れてた……アプティって紅茶に厳しいんだった。
つ、次行こう。
紅茶専門店二店目。
「……いいですか、紅茶本来の香りを引き出すには入れるお湯の温度、速度角度があり、茶葉ごとに切り替えて……」
このお店でも試飲があったのだが、アプティが店員さんからお湯の入ったポットを取り上げ、茶葉の入ったティーポットへのお湯の入れ方を実演。
店員のおじさんもアプティの紅茶好き覇気に圧倒され、そ、そうなんですか、なるほど、と真剣に聞く始末。
紅茶専門店三店目。
試飲のあるお店はダメだと、先に俺が入って確認。よし。
「……紅茶葉とは空気に触れると酸化が始まり品質が大きく変化します。開けた袋はなるべく空気を抜くように……」
紅茶葉だけを量り売りしているお店だったので安心したのだが、入った途端にアプティが店員全員を正座させ茶葉保存講座を始めてしまった。
俺には分からんが、どうにも許せなかったらしいです。
あーあ……アプティが暴走するとは……。もしかして紅茶好きなアプティを紅茶専門店に連れてきたのが間違いだったのか。
すいません店員さん達、怒ったアプティを止めることは俺には出来ません。ベス抱えて俺も一緒に授業受けますんで許して下さい。
「大変参考になりました! 自分達が知識不足だったことが分かりましたし、美味しい紅茶を煎れたい想いはアプティ様と一緒です! 今日は紅茶の神をお連れ頂きありがとうございました!」
一時間近くに渡るアプティの講座が終わり、俺がしびれた足を引きずっていると、店長さんらしき男性が俺に握手を求めてきた。
紅茶の神、アプティ様って……。
なぜ俺に言う、と不思議な顔で握手に応じるが、講義を終えた神、アプティ様はいつもの無言無表情に戻ってしまいウンともスンとも言わなくなったからか。
まぁ俺以外の人に話すこと自体珍しいことだしな。
それだけアプティにとって紅茶は特別な物なんだろう。
「アプティって紅茶すげぇ好きだよな。もしかして子供の頃から好きだったとか?」
紅茶専門店を出てお昼ご飯に軽食でも食おうと、カフェを探しながらアプティに聞く。
時刻は十四時過ぎ、紅茶講義があったので遅いお昼にはなりそうだが。
「……いえ、この飲み物、紅茶はマスターに分けて頂いたのが出会いです」
アプティが無表情に応える。
ああ、ベスの散歩で行ったソルートンの小高い場所にある公園。そこでイケボ兄さんが作ってくれたクッキーを食おうとしていたらアプティが突然現れ、俺の紅茶をぐいぐい飲み干したやつか。
「……この味の飲み物があるのだ……と驚きました……」
この味の飲み物? また分からん言い回しだな。
「そういえば子供の頃のアプティってどうだったんだ……って答えにくいか。ええと、好きな食い物とかあったのかな」
蒸気モンスターの子供ってのがどういうものを指すのかは分からないが、ちょっと聞いてみたい。
「……小さい頃、ですか……。物……だったでしょうか。何も考えない、考えられない、物……。言われたことを覚え、こなすだけの戦う、物……。食べ物とか、好きとか、楽しいとか思いもしない……何も考えていない、物」
物? 随分な表現だが、あまり楽しかった雰囲気ではないな。
「……マスターと出会って美味しい、楽しい、嬉しい、好きという感情の意味を知りました。……それまではそういう言葉がある、という認識だけで、意味までは興味がなかったです、ね」
おや、珍しく色々語ってくれたな、アプティ。
これ以上過去の詮索も失礼か。話したくなったらまたこうやってアプティから話してくれるだろ。
「そうか、なら今アプティは楽しいんだな? 紅茶を飲めば美味しいし、嬉しい。過去のことは知らないが、今俺の側にいて楽しいと思えているのならそれでいいんじゃないかな」
「……はい。それにマスターに私が好きと言われました……嬉しかったです。そういうことは初めて言われたので、胸の奥が暖かくなってムズムズきゅーん……でした」
本当に意味を分かって言っているのか知らないが、アプティが無表情にきゅーん、とか言うと可愛いすぎるんだが。
「ああ、俺アプティのこと好きだぜ。側にいてくれたら嬉しいし、何より楽しい。アプティがいない日々ってちょっと考えたくないな。出来たらこれからも俺の側にいて欲しい」
俺が笑顔でそう言うと、アプティが無表情のまま小さくジャンプを繰り返す。
アプティには命を救われた恩があるし、それをしっかり返さにゃならん。
「……きゅーん……きゅーん」
その後適当にパスタ屋さんに入ってお昼を済ましたが、すぐにカフェジゼリィ=アゼリィに戻って美味いパスタを食いたくなるレベル。ベス用にりんごも頼んだが、モッソモソの古い物だったらしく、ベスご機嫌斜め。
追加で頼んだ紅茶も薄味で美味しくなく、飲んだアプティが無表情にプルプル震えているのが面白かった。
食後、一応女性物の服屋さんを巡ってみたが、アプティが頑なにバニー以外拒否の構え。
まぁ、いいか……。俺にはバニーが目の保養になるし。
「ただいまー……パスタ、パスタが食いてぇ……」
「……私もマスターと同じ物で……」
夕方、時間通りカフェジゼリィ=アゼリィに帰還。
今日もアルバイトで入っていたアリーシャとロージにパスタセットを注文。二人が慣れた感じで応対してくれたが、もうお店に馴染んだのか。早いなぁ。
「ああああ~や~~~っと明日私の出番だ~! まさかの引き弱で焦ったけど~よく考えたら最後って一番美味しいんじゃ~? ね~社長~今までの三日間の記憶はぜ~んぶ忘れて~私とデートしたって記憶だけ残せばいいからね~あっはは~」
三階の予約部屋に入ると、待ちくたびれた感じの水着魔女ラビコが俺の右腕に絡んでくる。
そういやラビコが最後か。
どうりで初日から機嫌悪いわけだ。
「にゃっはは、ラビ姉さぁ……こーいうのって最初が一番記憶に残るンだぜぇ? だって初日が一番ドキドキするわけでよぉ、二日目以降は惰性デートだろ。にゃっはは! それに一番形に残るデートしたのはこのアタシだしよぉ」
猫耳フード装備のクロが自分の髪を指しラビコを挑発。
クロは美容院に行って髪型を変えたのだが、これがまた過去の偉人マリア=セレスティアさんそっくり。あとはこのヤンキー言動がなければザ・お姫様、なんだがな。
「はぁ~? 家出猫のボッサボサのしょぼい姿に見るに見かねた社長が仕方なく美容院に連れてっただけだろ~? 女として見られてないっての、あっはは~」
ああ、始まった……ラビコは絶対に引かない女だからな……。
「あ、私は昨日二人の心に一生残る思い出が刻まれたので、自分が何番とかわざわざ言う必要がないです。ふふ」
ロゼリィがラビコとクロの醜い争いを見て余裕の顔。
「んん~? ロゼリィってば余裕だけど~、社長は誰にでも優しいって忘れないほうがいいよ~? 自分だけが特別とか勘違いする女っていったた~」
あ~こりゃマジでラビコ不満たまってんな。ロゼリィにまでつっかかるとは。
明日はどうにかラビコの機嫌直してもらわんと。
ラビコも本気で言っているわけではないし、それをクロとロゼリィも分かっているだろうから大丈夫だろ。
「……きゅーん……きゅーん……」
正面の席では、揉めるラビコ達にビビりながらアリーシャとロージが持ってきてくれたパスタセットを紅茶と共に美味しそうにアプティが頬張っているが……。
それ、美味しいときにも使うようにしたんすか。
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